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小説「夢千夜」

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浅見 杳太郎著。おれは、ぼくは、私は、男は、 ―こんな夢を見た。夜に見るあの「夢」。その奇妙で脈絡がなく不条理な、しかし、確かに暗示的でもある(時には神話的でさえある)ヴィジョン… もっと読む
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【夢小説 014】 夢伍位「気分屋ロリヰタ そらを飛ぶ(2)」

浅見 杳太郎  僕らの陰鬱な行進は続く。  早く、宿舎に行き着いて酒が飲みたい休みたい、と思うから、辛くても、つい早足になる。次第に団員同士、競走しているかのような錯覚に陥る。そして、その錯覚は疲労や空腹と共にすくすく育ち、ついには、一人でも先んじて宿に着かねばならぬ、という強迫観念となる。  加えて、鬱気を誘う風景に、加速度的に沈んで行く太陽、さらに、いつ雨粒を落とすか知れぬ不穏な黒雲。皆、無口になるのも無理はない。特にファゴット男は、確かに気の毒だった。裸で楽器を持

【夢小説 013】 夢伍位「気分屋ロリヰタ そらを飛ぶ(1)」

浅見 杳太郎  まるで行軍のようだ、と思う。  空には今にも雨粒を落として来そうな灰色の雲が、ある所では厚く、そしてある所では薄く、そんなふうに自儘に斑模様を作っていて、夕べの陽の光を意地悪く覆い隠してしまっている。  磯の香りがするけれど、海は見えない。風に運ばれて来るその香りを、すうーっと鼻腔を拡げて吸い込むことで、僕は辛うじて、海の気配を知る。磯の近さを感じる。  大人数でぞろぞろと、寂れた集落の中を足早に歩く。潮騒はこの圧倒的な靴音の重なりの中に力なく埋まり、

【夢小説 012】 夢肆位「飛行機と半券(4)」

浅見 杳太郎  しばらく、こんなふうにはしゃぎながら通路を進んで行くと、突然右側のカゴから、おぎゃあという声が響いた。  驚いた。何だろうとカゴの中をのぞいてみると、そこには赤ちゃんが横になっていた。赤ちゃんと言うには少し大きすぎるような気がするけれど、オムツを着けているのだから、やっぱりこれは赤ちゃんなのだろう。  ぼくは他のカゴものぞいてみた。すると、さっき公園で遊んでいた子も寝ていた。この子は赤ちゃんの格好はしていなかった。さっきと同じ服装のまま、気持ちよさそうに

【夢小説 011】 夢肆位「飛行機と半券(3)」

浅見 杳太郎  このフロアには、シートが、朝礼できをつけをする生徒みたいにきちっと並べられていた。  リクライニングがきく上等なシートで、真っ白な革張り。隣との間隔も充分で、足も伸ばし放題だから、すごく座り心地がよさそうだ。  そして、その各々の座席の前には大きな液晶のテレビが備えられていた。薄型のとても高そうなやつだ。そこに映っている映画も、子どもの好きそうなファンシーなキャラクターが飛んだり跳ねたり歌ったりしているもので、とっても観たくなる。  はっきり言ってすご

【夢小説 010】 夢肆位「飛行機と半券(2)」

浅見 杳太郎  でも、ぼくはもう六年生だ。あのころのぼくじゃあない。  ぼくは妹の手を引き、階段をカンカンと昇って行った。伯爵はいい人、じゃなくて、いいヤギに決まってるさ。ちゃんと頼めば、きっと乗せてくれるとも。そうとも、自分の気持ちを伝えるんだ、伝えるんだ、と呪文のように口の中で繰り返しながら、ぼくは一段一段つまずかないように昇って行った。  しかし、昇るにつれて、何だかタマまで一緒に腹の方へせり上がって来るようで、妹の手を握っていない方の手が、あそこへと伸びて行くの

【夢小説 009】 夢肆位「飛行機と半券(1)」

浅見 杳太郎  飛行機が、ぼくの目の前に座っていた。今の今までこの公園で遊んでいたというのに、まったく気がつかなかった。  こんなおっきなものが、何の前触れもなく、その白くてつやつやとした尻を公園の芝生の上に乗っけているなんて、おかしな話だ。このどこにでもあるような公園に、ジャンボ旅客機が場所もわきまえずに姿を現したということは、ひどくぼくを恥じ入らせた。  こんな突拍子もない光景は現実のものであるはずがなく、そういったヘンテコな空想にふけるなんて、もっと小さな子のする

【夢小説 008】 夢参位「鼻血女(4)」

浅見 杳太郎  何という妙な場所だ。おれは愈々耄碌したのか。そう言えば、さっきから頭が重い気がする。  そうして、おれがこの現実離れした光景にただただ狼狽していると、すぐ横の個室の白い扉が、出し抜けにぎいいと鈍い音を軋ませながら開いたのだ。  驚いて目をやると、そこには一人の女が、白い洋式便器の便座の上に座っていた。黒いデニムパンツを下着と一緒に足首まで下げ、胸元に赤黒い染みをつけた青いシャツを着ている痩身の若い女であった。  目が妙に離れていて、口幅もいやに広く、魚

【夢小説 007】 夢参位「鼻血女(3)」

浅見 杳太郎  あの目を刺す西日が何時の間に沈んだのか。  夜になると、何だかんだ言って冷える。歳のせいだろうか。おれは、草臥れた黄土色の背広のポケットに両手を突っ込みながら、事件現場のホームに立って、線路を見下ろしていた。  「またか」とつい独語してしまう。ゴツゴツとした石と二本のレール、平行に秩序立って並ぶ枕木。そこに先刻まで、あの若い男の肉体がばら撒かれていたのだ。飛散したかつて人体だったものの数々。赤黒い血液に混じって、透明な脳漿だかリンパ液だかが、かなりの広範

【夢小説 006】 夢参位「鼻血女(2)」

浅見 杳太郎 「ちょっと、待って。あなた誰?」  彼女は起き上がりながら平坦な口調でぼくに話しかけてきた。そして、兄のベッドの上で脚を斜めに投げ出す格好で、しなりと座り直したかと思うと、次の瞬間、急に鼻血をどろりと漏らした。  白い濁りの混じった血の固まり。  その今までに見たこともない程の大量の白濁混じりの鼻血は、彼女の唇を容易に乗り越え、形のいい顎の先で少し留まって、粘り気のある紅白の玉となった。それは重力に抗うようにふるふると細かく震えたが、やがて、ぼたりと椿が

【夢小説 005】 夢参位「鼻血女(1)」

浅見 杳太郎  ……ぬわぁんわんわんわ……ぬわぁんわんわんわ……。  腕っ節の強そうな男である。肩幅も広いし、胸板も厚い。健康そうに日に焼けた大学生くらいの男である。その男が駅の構内を猪のように脇目も振らず、ホームへの階段を二段跳ばしで駆け上がって行く。もうそろそろ残業のない勤め人が帰路に付く頃だ。大分日が長くなった。この時間でも、まだ夕日は赫々と西の空に留まり、街を暖色に染めている。  ……ぬわぁんわんわんわ……ぬわぁんわんわんわ……。  男は、階段の人垣を太い腕で

【夢小説 004】 夢弐位「掘るという事」

浅見 杳太郎  私は海に居る。砂浜で遊んでいる。  砂浜の奥行きは異様に長く、私の居る処からは海が見えにくい程だ。  その砂浜はずっと向こうにある海を目指して一直線に伸びており、緩やかな下りが五百メートルも六百メートルも彼方に続いていた。  そのくせ、横幅はせいぜい三十メートルあるかないかの寸詰まりで、その一定の幅を律儀に波際まで保っている。この妙に直線的で縦長な長方形をした砂浜は、あまりにも人為を感じさせる代物で、自然のものとは到底思えない。  私たちは、そこで砂

【夢小説 003】 夢壱位「能楽堂鍼灸治療院(3)」

浅見 杳太郎  そうして、物を掻き分け、頭上が崩れている処は屈みながら、先へ先へと進むと、少し開けた大部屋に出た。そこの土間は、まだ瓦礫やゴミなどで取り散らかってはいたが、一段高い畳張りの十畳くらいの和室まで行くと、新鮮な藺草の匂いが漂い、健やかな生活の香りがしてきた。  そこには、少し恰幅が良すぎるきらいはあるが、見るからに愛嬌のある一人の和装の女性が、営々と食事の支度に精を出していた。旦那の夕食の準備だろうか。丸い卓袱台の脇に、美味そうな湯気を立てる白米の入った半切桶

【夢小説 002】 夢壱位 「能楽堂鍼灸治療院(2)」

浅見 杳太郎  社を出るとすぐに、海沿いの県道に出た。  ぼくは早くアパートに帰りたかったが、それよりも一刻も早く医者に見せなければならなかった。血が一向に止まらないのだ。事によると動脈をやられてしまったのかも知れない。  バスを拾うにも、ここから県道を北に十五分ほど歩かなきゃならないし、運行も一時間半に一本という僅かな本数しかない。ましてや車だって殆ど通らない。タクシーなんて通る訳がない。何せこんな処では商売になりやしないのだから。  時間を確認してみると、どうやら

【夢小説 001】 夢壱位 「能楽堂鍼灸治療院(1)」

浅見 杳太郎  ぼくはまた叱られた。  まさか学生を終えてから、こんなに叱られるとは思ってもいなかった。今日は、定物定位置の原則を破ったという廉で酷く叱られた。先輩のIさんが、主任のTさんに、ぼくの不手際を誇張して云い付けたようなのだ。そして、Tさんはぼくを辛辣に苛めた。 「使ったものは元にあった処に戻す。これは、小学校で何を措いても最初に習うことのはずじゃあないか。法則と云ってもいい。それが出来ないのは、社を軽んじている良い証左だ。根本的な倫理観の欠如だ。いや、もっと