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Analogfish 『SNS』を弾く

 新アルバム『SNS』でのギター



私Ryo Hamamotoは2017年10月からAnalogfishというバンドでサポートギタリストとしてギターをほぼ毎ライブ弾いている。前アルバム作では何曲か参加しており、その後の彼らのセルフカバー作品、そして今日2021年12月8日リリースの今作では、一曲を除きほぼ全曲ギターを弾かせてもらっている。

ところで、僕にとって最大の関心ごとはソングライティングだが、他者の楽曲のためにギターを弾くというのは、まったく違う作業である。曲書くのは場合によっちゃしんどく、その分達成感がある。一方他の人の曲でギターを弾くことは単純に楽しく、曲を書く時とは違う苦しみもあるが、決して苦にはならない。本作でもそうだった。とにかく僕のギターの弾き方(作曲者との向き合い方)は、ソングライティングをしないギタリストのそれとは少し違うかもしれない。


さて。今作が前作と大きく違うのは、曲作りやアレンジの時点から一緒にできたのところだ。曲の始まりから、スタジオで試行錯誤したり、ライブで鍛えたり、あるいはレコーディング間際に奇跡的に完成したりするところまでしっかり関わらせてもらった。それぞれの曲に物語があり、いろいろな局面が思い出される。

僕自身としては、幅広いギタープレイに挑戦できたし、いちサポートとしては度を越してるくらいにアイデアや意見を言わせてもらった。ここで転調させてはどうか、とか、こういう音色にしてはどうかとか、思いついたらすぐ弾いて、すぐ提案したり意見するようにしていた。メンバーとの会話の中のキーワードに触発されてフレーズを弾き始め、それが最終的に曲の取りかかりになったりとか。そうして功を奏した局面も多かったし、作品としても、自身のプレイにも、手応えを感じている。

自分の曲ではなく、他のソングライターの楽曲のために演奏するというのは、しかしトリッキーなものである。何を弾くためにも、どんなアイデアのためにも、まずは”自分はこうしたい”という欲が必要なのだが、そうして思いついたアイデアやプレイも、時として湯水のように捨てる身軽さが大事だからだ。自分の作家性やプレイヤーとしての自己が必ずしも(誰かの)楽曲にとって重要ではない、ということに100%OKじゃないといけない。音楽でも何事であってもだが、愛情は深い方が良いが、執着しないことが大事だと僕は思っている。

でも、もしまったく執着がなかったとしたら。結局何も生み出せない可能性もある。いつまでもこねくり回すしつこさがないと、完成しないものもあるのだ。というか、作品なんて往々にしてそうだろう。

とにかくトリッキーなのだ。

今作ではソングライターではなく、サポートのギタリストとして関わらせてもらったわけだけど、それだけでも充分トリッキーな作業だったりする。しかし今回、僕が無事そこそこいい感じでそれを遂行できたのは、ひとえに彼らのバンドとして、ソングライターとしての素晴らしさと、そこに対する曇りのない信頼ゆえだろう。


自分はどういう場でも割と遠慮せずアイデアや考え、思いつきを言うようにしているけども、それらに耳を傾け、可能性に賭けて毎度トライさせてくれた佐々木、下岡、斉藤のメンバー3氏には感謝しています。そして僕のプレイの本質を汲み取って完成させてくださったエンジニアの吉田仁さんにも多大な感謝を。

みなさんも、僕が関わり楽しんだのと同じように、この作品を楽しんでもらえたら嬉しい。

そんじゃまた、ライブでー。


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