洞窟旅行記(プロローグ)

 こんにちは。旅行者です。

 前回からの続きで無くて申し訳ないのですが、私がその『別の北半球』と呼ばれる所に行くまでを書かせていただこうとおもいます。興味がない方は②を引き続きお読みください。

また、説明が曖昧な文章になってしまいますが、当時の友人の個人情報や、現地の方々への配慮を考えてですのでご了承下さい。


 私は四、五年前に親との対立から起きた事件が原因で家を飛び出しました。最初はとにかく自分が知る場所や物を避けましたね。電車や建物や文字など、幼少の頃から馴れ親しんだものが憎くてたまりませんでした。

 歩きを行動手段にしていたのですが、徒歩の範囲ではどうしても既視感のある風景からは逃れられなかったもんで。飛行機に乗ったんです。パスポートとバックに入るお金は以前、自身で手に入れていました。

しかし。私は外国はめっきり知識がなく、気分でフランスにしました。飛行機に乗るまで沢山の部屋に移動するし待つし、未経験な事はかなり愉快でしたね。

  飛行機を乗り換えたりして、半日経って、フランスに着きました。非常に困りました。

 もちろん、フランスは良い所です。日本と違って、石や煉瓦?を使った建物が多いし、都市も栄えていました。普通の町中が驚きと未知に溢れていましたし、分からない言葉を話す現地の人々は生き生きとしていて素敵でした。

 途中で日本から持ってきたバックを盗まれてしまいましたが、それはベンチの隣においてしまった私が悪かったのでしょう。空っぽでしたし、構いません。

 何故私困ったのかというと、その世界は完全な未知では無かったことです。日本では感じられない一秒一秒の時間でしたが、どこか映画やゲームや本や他人から伝え聞いた物が感じられる時もあります。

 私が求めるのは脳が破裂するほどの、完璧な未知です。見たこと無い、聞いたこと無い、視界に写る全てが新しい未知を求めていました。もはや、私は人がいる世界を未知と呼べなくなっていたのです。

 現地の人と仲良くなってドイツやらオーストリアやらに二年半かけて行ってみましたが、同じ結果でした。人と仲良くなるのは得意でしたので、運が良かったです。そうそう、ドイツとフランスを行き来する為にはいろいろ大変な事があって困りましたね。言葉もあそこだとドイツ語とフランス語で違いますし。

 日本に帰る気にはならないし、どうしたものかと思っていたら、ドイツの友人に言われたんです。

「『別の北半球』に行く方法知ってる?」

と。その友人曰く、この地球のどこかに『別の北半球』に行ける穴があって、北半球そっくりの気候だけど地球じゃない、全く別の世界に通じてるらしいんです。友人はそれを話した後に、口が滑ったみたいな顔をして話さなくなってしまいました。

 訳が分からない内容ですよね。当時自分はホームレスで友人の家を渡り歩いて泊めさせて貰っていたのですが。そのいくつかの友人に尋ねても「なにそれ?」なんですよ。

 俄然興味が湧いて、後日その友人に詳しく話を聞きに行ったんです。そしたら、「いいよ、自分は『別の北半球』に行く気にはなれないけど、穴に連れてってやる。」って、話になって私は『穴』に連れていかれたんです。その友人は車を持っていたので車に乗って。

 車内で、

「何で穴の場所知ってるの?」と聞けば、

「うちの家の昔話だから。」と答え。

「何で私に教えてくれたの?」と聞けば、

「お前なら興味もつかな、って思った。」と答えられました。

 後から考えると、その友人は奇妙な昔話を他人に話す機会がなくてむず痒い気持ちを長年していたのかもしれません。

 あまりにも乗車時間が長いので、途中で私は助手席で寝てしまいました。連れてこられたのはドイツなのかも分からない、深い森でした。

 森に行く機会は少なかったので、その風景は良く覚えています。

 うっすら霧がたち混んで、湿った匂いがしていました。真っ黒で細くて高い木があちらこちらに生え、何故かほとんどが倒れています。『穴』に向かうまで手のひらよりも大きいキノコを沢山見かけました。地面にはずいぶん昔の木の葉が少しだけあり、黒っぽい草が生え、高低差があり得ない程ありましたね。山や森は馴れていないもので足をくじきかけたりもしました。

 数時間位歩いた所、『穴』に着いたんです。

私は床にぽっかりあるものと思っていたのですが、それは洞窟のような横穴でした。辺りにある森とは雰囲気が少し違って、砂利が固まったみたいな壁の穴です。大きさは人二人分位の高さ。横幅は車の横幅と同じくらい。縦長の穴でした。

 私だけ穴の廻りをぐるっと見てみました。横穴は小さな山?丘?くらいの地面の側面にできていて、穴の先は地下にでも行かない限りは…どれくらいかは詳しく覚えていませんが最大50m程で行き止まりになるように見えました。その間、友人はスマートフォンを片手にタバコを吸ってたような気がします。

私は友人が持ってきた懐中電灯を持って中に入ってみることにしました。30分経っても出てこなかったら友人に助けて貰おうという話で。

しかし、私は途中で激しく後悔しました。

中は真っ暗。足元は水?で濡れ、たまに足首が浸かる程の水位になっている。少ししか進んでないはずなのに、あっという間に声も光も届かなくなり。挙げ句の果てに水で滑って転んでどっちが入ってきたほうか進むほうか分からなくなってしまったのです。

 ホームレスの私は携帯も持っていませんでしたし、連絡手段も無いんです。30分は経ったのか、友人に何かあったのか、考えて考えて不安になりました。本当は足を止めるべきなのですが、恐怖からかずっと足を動かしました。

おかしなことに自分は数時間、いや、数十時間歩いた気分になってるわけです。歩数を数えてみたりいろいろするんですが、50mなんてとうに歩いている筈なんです。なのに入り口にも出口にも着かない。とうとう疲れて、お腹がすいて、もう歩くのを止めようとしました。

 すると、次の瞬間、私は水溜まりに体をとられました。水溜まりの深さが急に深くなったのだと気付いて体を浮かせようと必死になりました。しかし、一度沈んでから上に上がっても水面に戻れないのです。いつの間にか掴んでいた壁も離してしまい、失いました。目を開けても閉じても真っ暗。いくら泳いでも壁にも着かないし、何かに触れることもない。感覚としてはとてもとても狭いところにいる気分でしたね。

 苦しくて、体も思うように動かず、沢山の苦痛を肌で感じました。今自分は落ちているのか流されているのかも分かること無く、鼻も痛い、目も痛い、耳鳴りもする…で。何より息が続かない。自分は長くても40秒位しか息を止められません。とても長い40秒でした。

 いっそ口を開けたほうが楽なのかと馬鹿なことを思い、口を開いたら、体をあちらこちらから圧迫されているような痛みに襲われました。水の中口は開けてはいけませんね。

 そして私は多分、気絶しました。

 良く分からないんです。眠りにつくようにその瞬間の事は曖昧ですから。

…もしかしたら、私はあそこで死んでしまったのかもしれません。それすら、今では分かりません。


 私は奇跡的に目が覚めました。目が覚めた瞬間、この上ない安心と恐怖を味わいました。あの地獄を味わったことを瞬時に思い出したからです。

 そこは薄暗い場所で、私は不安定な水辺にいました。良く見ると広い洞窟で、私の全身はびしょ濡れのまま、黄色の地面の上に半身水に浸かっていたのです。辺りは生暖かくて、所々蒸気があふれていました。

私は落ち着きを長い時間をかけて取り戻すと共に、喜んでいいのか、まさにここは『未知』であることを理解しました。

それが私の洞窟旅行のはじまりになります。

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