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徳膝太鼓 (膝入れ火焔太鼓)

わくにでございます。
最近は、すっかり膝から遠ざかっておりまして、
大変ご無沙汰しております。

今回の徳膝太鼓(とくひざだいこ)は、自分の大好きなお話「火焔太鼓」に
膝入れをさせていただいた作品となっております。
火焔太鼓の部分を膝太鼓(膝枕太鼓)に入れ替えただけなんですが、
少しでも、皆さんに落語に興味を持っていただきたい。
気軽に読んでいただきたい、なんて言うのは 今、考えたんですが。

お話に出てまいります、膝枕とは?
私も大変お世話になっております、音声SNS Clubhouse におきまして。読み継がれております。脚本家 今井雅子先生の短編小説「膝枕」(通称「正調膝枕」)の派生作品となっております。
「こちらは2021年5月31日からClubhouseで朗読リレー(#膝枕リレー)が続いておりまして・・・ご興味がわきましたら参加してください。

二次創作noteまとめは短編小説「膝枕」と派生作品を、朗読リレーの経緯、膝番号、Hizapedia(膝語辞典)などの舞台裏noteまとめは「膝枕リレー」楽屋をどうぞ。

短編小説「膝枕」と派生作品|脚本家・今井雅子(clubhouse朗読 #膝枕リレー )|note


徳膝太鼓  古典落語 火焔太鼓 膝入れ わくに


その昔、江戸時代にはいろいろと珍しい商売もあったようでございまして、同じような商売ごとに集まって商いをしていたそうですな。
金物屋さんは金物屋さんで、八百屋さんは八百屋さんで、一箇所に固まっていた。
今どきの大型ショッピングセンターみたいに、一箇所でなんでも売っているなんてぇことがごく当たり前のご時世ですが、その当時はそうじゃなかったようで。
瀬戸物を探すなら日本橋瀬戸物町へ、本が探したければ古本屋さんが多い神田神保町。楽器ならお茶の水とか、BLほしけりゃ池袋乙女ロード、秋葉原には地下アイドルとメイドさんが多い、とか...これは関係ないかもしれませんが...
日本橋膝物横丁辺りにはずらりと古膝屋さんばかりが軒を並べて商売をしていた街があったそうですな。

古膝屋さんというのは、色んなところから、古い膝枕を探してきては、綺麗に装飾を施して売る商売で、これは一朝一夕になれる商売ではございませんで「いい仕事してますねぇ」なんて言わるようになるにはそれなりの修行が必要ですな。なぜかって言いますと「名人が名人をしる」という言葉もございます通り、名人の仕事が「ああ、名人の仕事だなぁ」と分かるには腕の方はともかくとして目利きだけは名人と同じ域に達してないとだめなんだそうですな。

客 邪魔するよ。どうだい、何かいいの、入った?
膝屋 いらっしゃい。いや~なかなかいい膝枕が入らなくって。
いい出来の膝枕はあなたが全部持ってっちゃうから。あたしゃ、他のお客から責められっぱなしなんですよ、ははは...そうだねぇ...古い時代の源氏物語膝枕なんてのはどうです?

 お、源氏物語。いいねぇ。十二単を着せた膝枕なんてのは床の間に飾るとたいそう映えるものなんだよ。で、どんな膝枕だい?ちょっと見せておくれ
膝屋 これは珍しいですよ。なんせオヤジ膝枕が十二単を着てますからね。 
 ああ、そりゃぁ面白いねぇ! オヤジ膝枕が十二単って...って、 そんな色物売れるわけないだろ!
膝屋 ええ、そりゃもう。めったに売れ無いから値打ちがあるんですよ

なんてバカにされてるようなものですな。
ただ、こんなお店には、何かの間違いでとんでもない掘り出し物があったりもしたんだそうですな。古い卑弥呼の膝枕なんて、大変な値打ち物じゃないかなんて、なにやら見事な勾玉なんかの装飾をつけまして、膝枕屋とさんざん交渉して、ようやく買い求めて帰った。さて、うれしや、何と書いてあるのか、と、明るいところでホコリを払ってよく見ると「メイド・イン・チャイナ」なんて書いてあったりして...

ま、こんな店がずらりと並んで商いをしている。なかに、綿を詰めただけの見た目だけ膝枕だとか、穴の開いたレンコン膝枕だとか雑然と置いてある一軒の古膝枕屋。いっこうに装飾をしようとか修理しようとかいう気も無い。
そもそも商いをしようという気も無いんですな、そういう有り様ですから。ついでに生きてるなんていうようなポーッとした人でね。なんかきっかけがあったら一攫千金しようなんて、そんなことばかり考えてる。こういう家はおかみさんの方がしっかりしておりまして...

おかみ お前さんが、お客と話しているのを聞くとね、もうね癇癪が起きるよ、どうしてお前さんはそう商売が下手なんだよ!
膝屋 な...何がだよ?
おかみ 何がじゃないよ! 何だっていまの、あのお客を逃がしちゃうの!
膝屋 何だって...逃げちゃうものはしようがないだろ、えぇ? 当人が逃げるって言ってるものは仕方ないじゃねぇか。ふん捕まえて、無理に売りつけるってぇほど強い商売じゃないんだ...

おかみ 何を言ってんだよ、お前さんが逃がしちゃったんだよ。
あのお客はね、うちのお店の膝枕をみて惚れ込んで入って来たんだよ、少しでも買いたいと思ってお前さんのところへ行ったじゃないか。そんでもって、お客が「おやじさん、この膝枕、いい膝枕だねぇ」って言ったとき、お前さん、なんて答えたよ。
「ええ、いい膝枕ですよ。うちに13年ありますから」...そんなことを自慢する人があるかい? 13年も売れ残ってる膝枕を買う人がどこにいるよ!?
「ちょっと頭を乗っけてもいいかい?」ってったら
「いえ、これがすぐに乗っけさせるくらいなら、とうに売れてます」
「じゃ乗っけさせてくれないのかい?」
「いや、乗っけさせてくれない訳じゃないんですけど、こないだ無理に頭のっけてをくっついちゃった人がいまして」
「そんな危ない膝枕は買うわけにゃいかないね」って言われてお前さん、何てったよ。
「そんなことはありませんよ。腕のいい外科医も紹介しますよ」...どうしてそういうバカなことを言うの? 
あんまりバカバカしいから、あのお客さん、「えっ?」て言ったきり、お前さんの顔をじっと見て固まっちゃったじゃないか。お前さんはお前さんでお客の顔をボーッと見てたろ。ふたりでしばらくの間、見詰め合ってた。そのうちにお客の方がハッと我に返ってプイッと出ていっちゃった。

本当にしょうがないねぇ。売れるものを売らないで、そのくせ売らなくていいものを売っちゃうんだから。
え? なにがったってそうじゃないか、去年の大晦日だよ。お向かいの米屋の旦那がうちに遊びに来たときに、うちの座敷で使ってるぽっちゃり膝枕みて、「膝右衛門さん、この膝枕はいい品だねぇ」って言ったときに「じゃぁ、売りましょうか」って売っぱらっちゃったろう。
おかげで、うちは膝枕が無くなっちゃって、寂しくって仕方がないから、お向かいに膝借りにに行ったりして...お向かいの旦那、言ってたよ。「膝右衛門さん付きで膝枕買ったような気がする」って。
ほんとうに仕様が無いんだからねぇ。どうせまた損するんだよ。あたしゃねぇ、お前さんと一緒に居てね、満足に物を食べたことがなよ、えぇ?お前さんが儲けないから、あるものなんでも食べちゃって。本当にこの頃、胃が丈夫になっちゃったよ。

膝屋 ぐ、ぐずぐず言うんじゃないよ。亭主のすることにいちいち口を出すんじゃねぇ
おかみ 何を言ってんだよ。お前さんが一人前の人だったら、あたしだって何にも言いやしないよ。うっちゃっとけないから何か言うんじゃないか! 今朝も膝の浜の市に膝を仕入れに行って来たんだろ。いったい何を仕入れて来たの? 見せてご覧
膝屋 え...いや、何でもいいじゃねぇか...
おかみ よかないよ! よかないから、言ってご覧! 言わないか! やい!
膝屋 な、なんだよ、その「やい!」ってのは...言うよ、別に悪いことをしてきたわけじゃねぇや...膝太鼓だよ。
腹んところ叩くとポーンっていい音がするんだ。ポンポン聞きながらいい夢が見れるって、結構な膝枕じゃないか。
おかみ 膝太鼓!? それがお前さんはおかしいって言うんだよ! 膝太鼓ってぇ物は際物と言ってね、お祭りだとか初午だとか、そういう膝太鼓を使う行事がある時でないと売れないんだよ。もーっ、弱ったもんだねぇ...で、いったいどんな膝太鼓を拾ってて来たのさ、こっちへお見せ! お見せなさい! お見せなさいよ!
あたしが普通に言ってるうちに見せたほうが身のためだよ

膝屋 ...ほ、ほんっとうにヤな女だねぇ...えぇ? 見せるよ。今見せるよ。ったく...ほら、これだ! ど、どうだ
おかみ ゥンッマァ~ッ! きったない膝太鼓じゃないかぁぁぁぁぁっ!!!
膝屋 いや、それがおめぇは素人だってぇんだ。いいか、これは汚いんじゃないんだ。これは時代が付いてるってぇんだ。いいか、これだけ古いものだってぇときっと儲かるぜ
おかみ そんなことないよ! お前さんが古いもの買ってきて儲かったためしがあるかい? こないだだってそうだよ。光源氏のひざ掛けての買ってきて大損したじゃないか!
膝屋 いや、あれは...だけどさ、おれが古いので損をしたって言ったら、たいしたことないよ、その光源氏のひざ掛けだろ...聖徳太子の腰巻だろ...宮本武蔵の草履だろ...
おかみ ばかばかしいからおよしよ!!膝枕屋なのに肝心の枕がありゃしない。もう、ほんっとーに...でっ、今回はいったいくらでもって仕入れて来たんだい?

膝屋 ...にぃ~、・・・二分だよ
おかみ に~、二分・・・?
そんなもの、店に出しといたって売れやしないよ!
膝屋 売ってみせるよ! おれが仕入れて来たんだ、ガタガタ言うな! おい、久五郎! ヒザ公! その膝枕ァ表出してほこりを払いな。
おかみ だめだよ! ホコリ払ったら、膝が無くなっちゃうよ! その膝枕、ホコリが固まってできてんだから
膝屋 バカいうな! いいから、とっとと表へ持ってってホコリ払え!
久五郎 へーい...伯父さんと伯母さん、のべつケンカしてんだもん...ヤんなっちゃうな。けど、これほんとに汚そうだなぁ...はたきで、えぃっ...うわぁ、凄いや、ホコリで向こうが見えなくなっちゃった...伯父さん、これホコリが凄いや

膝屋 うるせぇ! おめぇまでホコリ、ホコリ言うな!
久五郎 へーい...怒られちゃった。ホコリはたこう...
(ドンドンドンドンドンドンドン)
あれ? 面白いや。
(ドドドン、ドドドン、ドドドン、ドン)
膝屋 何を遊んでるんだい、どこを叩いてるんだよ、お前のおもちゃに買って来たんじゃない! ホコリをはたけ!
久五郎 いや、伯父さん、ちゃんとはたいてんだよ。太鼓叩いてんじゃないんだよ。膝枕お腹のところを叩いてんだよ。それなのにこういう音がするんだよ。これなんだか太鼓みたいな膝枕だよ。いいかい
(ドンドンドンドンドンドンドン...ドンドンドン...ドン)
ほらね(ドドン、コ、ドン、ドン...ツードンドン)
膝屋 遊んでるじゃねぇか!

侍1 ああ、これこれ
膝屋 ヘッ...これはいらっしゃいまし...久五郎、お前はこっちへひっこんでろよ...
侍1 いま、膝太鼓を叩いていたのはその方の店であるか?
膝屋 へぇ...うちのような、無いような・・・
侍1 お上 がお駕籠で御通行のおり、膝太鼓を叩いたのはその方の店に間違いはないな?
膝屋 へぇ...いやぁ、あたしじゃないんです。あそこのいるやろうが叩いたんですがね、ええ。はたきなよって言ったのにたたきやがって、ロクなことをしねぇんだ、馬鹿野郎...こっちへ引っ込んでろ...ったく...
いや、うちの子って訳じゃなくて親戚の子なんですけどね、なまけてばっかりでどうしようもないんです、へえ。人間がどだいバカですから。顔をごらんなさい、バカな顔してましょう? 「バカ顔」と申しまして、夏になったら咲いたりするんです。とにかく「はたけ」と「叩け」がわからない。もうこの界隈一のバカなんです、この辺の小僧の中で...こんな大きななりしてましょ? でもほんとは十一なんですよ。まだほんの子供なんです。こんな子供のしたことですので、どうぞご勘弁を...

侍1 いや、別に膝太鼓を叩いたことをとやかく言っておるのではない。その方で叩いた膝太鼓の音をお上がお聞きになって、どのような膝太鼓か見たい、とおっしゃっておる。ことによるとお買い上げになるやもしれんぞ
膝屋 ...あ...あぁ...へへっ、うまく叩きゃぁがったな...へへっ。いや、あいつが叩いたんです、へぇ、うちの親戚の子なんです。こいつが、よく働くんです、えぇ、へへっ。いい顔してましょ? なんせ人間が利口なんです。この界隈の小僧の中で一番利口なんです。年より小さくみえましょう? 今年、十五になるんです
侍1 さきほど十一と申さなんだか?
膝屋 十一のときもあったという話しで 
侍1 何を申しておる! はっはっは、面白い奴じゃ。屋敷は分かるか?
膝屋 へい、お屋敷はどちらさんで? ...あぁ、よく存じております。へい、へい、かしこまりやした、へぃ! どうも、ありがとうございましたぁっ! へぃっ、では後ほどうかがいやすっ!
へっへっへ...どうでぇ...店に出すか出さないかのうちに、もう売れちまったじゃねぇか。ざまぁみやがれ
おかみ 売れちゃいないよ! お前さん、あれで売れたと思ってんの? だから、お前さんは甘いってんだよ! えぇ!? 損ばっかりしてるくせに! いいかい、お前さん、よーく考えなさいよ。お殿様はお駕籠の中で音だけ聞いたんだよ。金蒔絵かなんかしてあるようなどんなきれいな膝枕だと思ってるところへあんな汚いホコリの固まりみたいなもの持ってってごらんよ、「こんなむさいものを持って来た無礼な古膝屋! 逃がすでないぞ!!」御家来衆も急に機嫌が悪くなって、お殿様のご機嫌をそこねちゃいけないと思うから、「はっ、かしこまりました! 古膝屋! こっちへ来い!!」
なんて寄ってたかってズルズル引きずられて庭へ引き出されたりするんだよ。途中でぶたれたり、蹴られたり、酷い目に合わされて...

ああいうところってのはお庭に大きな松の木が植わっててさぁ、その枝に吊るされて、お前さん当分そのまま晒し物だよ。そうするとね、クモが顔のうえをこう、這ったり、アリやハチに刺されたり、ヘビが出てきてお前さんの首に絡み付いたり、足の裏を舐めたり、いろんな目にあうんだよ...お前さん、ヘッ...面白いねぇ。
いっといで!

膝屋 ...おれ、やだ。もうおれ、よすよ!
おかみ ふっ、そんなことはないよ。無いけどね、お前さんが「売れた、売れた」なんて浮かれてるからクギを刺すためにそう言ったんだよ。
いいかい、何でも人間てものは物事は内輪、内輪に考えるの。いいかい、あのお侍は「ことによるとお買い上げになる」ってそう言ったんだよ。
いいかい、「ことによると」ってぇことは「ことによらない」とお買い上げにならないってことなんだよ。だから、売れたと思うといけないの。膝太鼓を見せに行くんだって思いなさいってこと。で、万が一「古膝屋、この膝太鼓はいくらだ?」なんて言われたとき、また欲の皮つっぱらかして儲けようなんて考えちゃだめだよ。「この膝太鼓は二分で仕入れました。口銭はいりません。二分で結構でございます」と、こう言いなさい。
いいかい。そうしないと、ここでこの太鼓売りそこなったら、もう二度と売れないよ。もうこの太鼓、ずーっとあるよ。あたしとお前さんが死んじゃってもこの太鼓だけジーッと残るよ。何百年でもここにあって、この店の主になっちゃうよ。終いにはしっぽが生えて、化けるよ

膝屋 そ、そんなことあるわけねぇじゃねぇか!
おかみ それくらい大変なことになるってことだよ。だから、いいかい、この太鼓売っぱらっちゃいなさい
膝屋 分かったよ、じゃ、おれ、行ってくるよ。膝枕しょわしてくれ
おかみ もう、世話が焼けるねぇ...よいしょ...
膝屋 ああ、おれに任せとけ。ちゃんと売って来るから
おかみ いいかい、頼んだよ。さっきも言った通り、あたしゃここんところまともに物を食べてないんだから。おへそが背中に出ちゃうよ。もう、今日お前さんが損をして帰って来るようなら、お前さんにも当分なにも食べさせないよ
膝屋 ど、どうしてだよ
おかみ 口で言っても分からないんだから、食べ物で教えるんだよ!
膝屋 犬じゃねぇ!! こん畜生!
おかみ いいかい、何でも内輪、内輪で考えるんだよ! だいたい、お前さん、自分で一人前だと思ってること自体が図々しいんだから。いいかい、お前さん、バカなんだから、バカが今膝枕をしょって歩いてるってことを...
膝屋 やかましい!!
ったく...「バカが膝枕をしょって歩いてる」たぁどういう言い草でぇ。畜生、亭主のことを何だって思ってやがんでぇ。冗談じゃねぇや。だいたい、下手に出てるからああやってのさばるんだよ。ちょっと脅かしてやろうじゃねぇか...
ぅるせぇや! こん畜生! 女なんてなぁ世間にいくらでもいるんだ! ガタガタ抜かしやがっと向こう脛かっとばっぞ! って...へへへ、こんちわ... 人が変な顔で見てるよ...

えー、お頼みもうします

門番 む、何だ、その方は
膝屋 へい、古膝屋でござんす
門番 おお、その方か、聞いておるぞ。よいから奥へ通れ
膝屋 へい...

へへ、おれが来るのがちゃんと分かってんだよ。へへ、恐れ入ったね、どうも...
へぇ、きれいなもんだねぇ...こういうお屋敷へ入ったのは初めてだけどねぇ、へぇ、砂利なんか一粒ずつ揃えたようだねぇ。きれいなもんだ、うん。大変だよ、こういうのは...植木の手入れなんかも、手間も暇もかかるよ...屋敷がきれいな割にゃぁ...膝枕、汚いなぁ...こりゃ買わないかもしれねぇなぁ...
まぁ、いいや。今日は見せに来ただけなんだから...
あぁ...大きな松の木があるよ...はぁ...ヤなこと言いやがったなぁ、カカァの野郎...でも帰ってもいずれ迎えが来るんだろうなぁ...ま、いいや。「この無礼者!」ときたら「ごめんなさい」って、膝太鼓置いて逃げて帰っちゃおう...ったく、人を脅かしやがって...
えー、お頼み申します!

侍2 どうれ! む、なんじゃ、その方は
膝屋 えぇ、ど、古膝屋でございます
侍2 なに、古膝屋とな...ちょっとそこへ控えておれ
ええ、古膝屋が参っておりますが、どなた様か...

侍1 ああ、拙者じゃ。いや、いつもの通り、殿が...はっはっは。いやぁ、これは先ほどの古膝屋。よく参った。まあ、こちらへ上がれ。遠慮せずともよい。上がれ
膝屋 いや...ここの方が、いざというときに...
侍1 何を申しておる。で、膝太鼓は持って参ったか?
膝屋 も...持って来ましたよ...持って来ましたよ、持って来ちゃぁいけねぇってんですかい!?
侍1 な、何を怒っておる。たいそう気が高ぶっておるな。いや、拙者の方が持って参れと申したのじゃ。お前ひとりが来たのでは何もならん。今一度、拙者があらためる。こちらへ出しなさい...ほほぅ、さきほど店先で見たときよりも一段と時代がついておるな

膝屋 じ、時代...へぃ、時代とくりゃあ、この膝太鼓は他のにゃグウの音も出させねぇんで...なんせ、この膝太鼓から時代とるでしょ、そうするとね、太鼓が無くなっちゃう、それくらいのもんで
侍1 おかしな世辞を申すな...うむ...よし。ではさっそく殿にお見せしよう
膝屋 え!? この膝太鼓、殿様に見せるんすかぁ!? よしましょうや、そりゃだめだ。殿様しくじっちゃうよ。よそうよ...ね、お侍さん、あぁた、買ってください
侍1 いや、拙者か買うわけには参らん。殿がお求めになる。とにかく殿にお見せする間、ここで待っていなさい
膝屋 重いでしょ...重いのと汚いのは請合います...おもきたないってやつで...
ありゃあ、だめだ...買わねぇな...「こんな汚い...」ってのが聞こえたら、ダーッと逃げちゃおう...あ、帰って来た...
どうでした...殿様、怒ってたでしょう、買わないでしょう?

侍1 いや、まことに御意に召してな、お買い上げになる
膝屋 え...ほんとですか!? ...はぁ
侍1 な、なんじゃ、気の抜けたような声を出して。たいそうがっかりしておるな...売らんのか?
膝屋 いや、売ります! 売りますよー
侍1 で、いくらなら手放すな?
膝屋 へ? いくら...? いくら、というくらいだから、ああた、いくらか、ということを聞きたいんで?
侍1 そうじゃ。いくらなら、手放すな?
膝屋 いくら、というのは...いくらくらいでしょうな?
侍1 何を訳の分からんことを...あぁ、言いそびれておるな。いやいや、このようなことを言うてはお上に対して申し訳ないが、商人というものは儲けるときに儲けておかんと後で損がいくからな。いいから、手いっぱい申せ
屋 手いっぱい...ですか? じゃ、じゃぁ、手いっぱい言いますから、そのかわり、まけろってぇのなら、いっくらでもまけますから、そう言ってください...じゃ、これだけ
侍1 なんじゃ、手いっぱいと言ったからといって、手をいっぱいに広げて。いったいいくらじゃ?
膝屋 えぇ...と、ン両・・・。
侍1 はっきり申せ
膝屋 十万両 
侍1 それは高いではないか
膝屋 へぇ、手いっぱいですから・・・。そのかわり負けるのはいくらでもまけ放題ですから、どんどん値切ってください。トントン、トントンまけて今日一日まけてもよござんす。
侍1 変な売り方だな・・・。では、どうじゃ、古膝屋。拙者、あの膝太鼓、三百金で買い受けたいと思うが、どうじゃ。手放す気はあるか?
膝屋 な、なんです? いま、何とおっしゃいました?
侍1 三百金ではどうだ
膝屋 あ、そうでござんすか。さんびゃっきん...と言いますと、どのような...さんびゃっきんで...
侍1 分からん男じゃな。三百両じゃ
膝屋 あぁ、なるほどね...さんびゃくりょうね...さんびゃくりょうというのは...えぇ、いったいどういうようなさんびゃくりょうで?
侍1 何を申しておる。早い話しが小判で三百枚の三百両じゃ
屋 えぇ、小判て言いますと、こう、小判型をして、ピカピカ光ってて、なんか物が買える、あの小判でさんびゃくりょうでございますか?
侍1 そうじゃ
膝屋あぁ、あの三百両でございますか、はっはっははははは...さんびゃ...は...うは...うぇ...うぇっ、うぇっ...
侍1 な、なんじゃ、泣いておるのか?
屋 うぉーぃ、おぃおぃ...三百両! 三百両下さい!
侍1 これこれ、すそを引っ張るな! その前に受け取りを書きなさい
膝屋 受け取りなんぞいりません!
侍1 こっちがいるんじゃ! 
膝屋 あぁ、そうですか...あ、判子持って来て無いんで...あなたのを押しといてください。
侍1 何を申しておる・・・その方の爪印でよい、
膝屋 あぃスイマセン...へぃ、あ、ここに...いくつくらい押しましょうか? 一個でいい? あの、おまけでもう十個くらい...ポンポンポン...あ、要らない? そうっすか... へい、じゃ、これでお願い申します
侍1 なんじゃ、これは...真っ赤ではないか...まぁ、これでいい。よし。では金子を渡すによって、よう確かめよ。その方に三百金、渡すぞ。間違いの無いようにな
膝屋 へい!
侍1 さ、まずは五十両じゃ! 
膝屋 へい...ご、五十両...
侍1 百両
膝屋 はぁ・・・ヒャウァ・・・(百両といえない)
侍1 百五十両!
膝屋 あはぁ・・・あり、ありがとう・・ござ・・・(涙声でのどを詰まらせる)
侍1 泣かなくてもよい。ああ。二百両じゃ!
膝屋 にひや、にひゃ・・・ぅぅぅっ...ぅぅぅぅっ
侍1 また泣いておるな。それ、二百五十両じゃ!
膝屋 に...ひ、ひ、ひゃく...ごじゅううぅぅぅぅっ
侍1 どうした?

膝屋 あ...は・・・み、水をいっぱい...
侍1 世話の焼ける奴じゃな...それ、これを飲め
膝屋 へい、ありがとござんす...(グィグィグィ)こ、これで終わりですか
侍1 まだあるぞ。あと五十両 締めて、三百両じゃ!!
膝屋 さんびやくりよううぅ!
侍1 これこれ、しっかりいたせ! そこの柱に捉まれ
膝屋 こ、こ、こ、これ...ほ、ほんとうにあたくしがもらってっていいんでござんすか?
侍1 
その方の商いによって得た金子じゃ。持って帰るがよい
屋 ああ、そうですか...あ、あの、断っときますが、うちの店はいちどお売りしたものはもう二度と決して引き取らないことになってますから、よろしゅうございますか? ...これはじいさんの代からのしきたりでごさんすから、よろしゅうございますね!

...で、ちょぃと教えてもらいたいんですが...あんな汚い膝太鼓がなんで三百両で売れたんでございましょうか?

侍1 なんじゃ、その方も知らんのか。拙者もよくは分からんがな、お上はこのようなものにたいそうお目が高い。あの膝太鼓はな、徳川様の家紋の入った「徳膝太鼓」と申すもので世に一つ、二つという銘器だそうだ。よく掘り出したな
膝屋 は、じゃほんとに売れたんっすね...ありがとうござんす...失礼いたします
侍1 これ、風呂敷きを忘れて行くな
膝屋 あなたに上げます
侍1 いらん!
膝屋 あ、そうっすか...へい...どなたさんも失礼さんで...
侍1 大丈夫か、しっかりいたせ。金子を落とすな
膝屋 冗談言っちゃいけねぇ! 自分落としたって金は落とさねぇ
門番 おお、先ほどの古膝屋がフワフワ飛んで来た。どうじゃ、古膝屋。商いになったか?
膝屋 へぃ、おかげさまで
門番 いくらに売れた?
膝屋 大きなお世話で!
冗談じゃねぇや、人の懐狙ってやがる...カカァの馬鹿野郎、二分で売れって言いやがった...ざまぁ見やがれ、腹が減ってしょうがねえってやがる。見てやがれ、これからたんとおまんま食わせて、動けなくしといてから、くすぐってやるんだから!

やい、こん畜生め! いま帰った!

おかみ まぁ、この人は、顔色変えて。しくじったんだろう、いいから早く、裏へお逃げ、裏へ。あたしが上手い具合にごまかすから
膝屋 そうじゃねぇゃ、畜生め! やい、あ、あの...あ、ああ...まぁ、落ち着け!
おかみ お前さんが落ち着きなよ
膝屋 あ、あぁ...いいか、お屋敷に行って驚くじゃねぇか。あの膝太鼓は大変な膝太鼓なんだ...なんとかいう膝太鼓で、この世に一つ、二つてぇ銘器だってぇじゃねぇか
おかみ で、お前さん、二分って言ったんだろ
膝屋 言おうと思ったら、舌が突っ張らかって言えねぇんだよ
おかみ 肝心の時になると舌が突っ張るんだねぇ、この人は...こんど、舌抜くよ
膝屋 何言ってやがんでぇ! 舌抜くたぁどういう言い草でぇ! こっちがなにも言えねぇでいるとね、向こうが「手いっぱい申せ」ってぇんだよ。それでね、おれ、こうやったんだ
おかみ なんだよ、それ。高いこと言わなかったろうねぇ
膝屋 いや、十万両って
おかみ バカだねぇ、お前さん、バカが固まっちゃってるよ!
膝屋 向こうが高いって

おかみ 当たり前だよ!
膝屋 それからトントン、トントンまけてな、三百両で売れちゃった!
おかみ この人は...なんでそういうウソをつくかねぇ...ははぁ、損して帰ったってえとおまんまが食べられなくなると思って...そんなにおまんまが食べたいかねぇ。まあ、お前さんも可愛いところがあるよ
膝屋 このやろう...ここに持ってんだ、おれは。懐が膨らんでんだろう?
おかみ ほんとに? うそなんだよ、どうせ。持ってるなら見せろ。早く見せろ、このバカ
膝屋 バカァ!? このやろう...よーし、いま見せてやる! おれぁ、ここんとこに三百両並べてみせてやる! てめぇ、ビックリして座りションベンしてバカになるなよ!
おかみ 大丈夫だよ
膝屋 へっ、さ、どうだ! 五十両だ!
おかみ ま! お、お前さん、本当なの!?
膝屋 
ほんとなんだ、どうだ。 百両だ!
おかみ まぁ、百両だなんて...ヤダァ
膝屋 ヤダァじゃねぇや、こん畜生め! そら、百五十両だ! ほれほれ、百五十両だ。どうだ
おかみまぁ、百五十両だなんて...弱るよ、あたしゃ...あ、あぁぁぁぁ
膝屋 おいおい、しっかりしろ、後ろの柱に捉まれ
おかみ え? こ、こうかい?
膝屋 ああ、それでいいや。いいか? それ、二百両だ!
おかみ あぁ、お前さん、商売上手!
膝屋 何を言いやがる! そら、二百と五十両だ!
おかみ あらー、やっぱり古いものはいい!
膝屋 へっ、さぁ、三百両だ!
おかみ まあ~ぁっ...お前さん、水を一杯飲ませておくれ!
膝屋 それ、見やがれ! おれだって水飲んだんだぞ。久五郎、もって来てやれ! ...さ、どうだ?
おかみ
(グビ、グビ、グビ)はぁーっ...お前さん、ありがとう...けど、よくあんな汚い膝太鼓が三百両で売れたねぇ。これからもう、音のする物にかぎるねぇ
膝屋 そうともよ、だったら喋る膝枕だったらもっと高く売れるな。もう迷わねえ、俺ァ、今度、ナビ子膝枕買ってきて、叩き売って・・・
おかみ ナビ子膝枕?いけないよ、あれは路頭に迷う!


いや~落ちない、長い
こんなの誰が読むんですかね?

最初想定していたのは、半分くらいの長さだったのですが
資料を調べていくうちに、どんどん長くなっちゃって・・・

むつかしいですね、まんま「火焔太鼓」・・・火焔太鼓といえば
「半鐘はいけねぇ、おじゃんになるから・・・。」
下げのおじゃんは、半鐘を打った時の音色の表現と、物事がおじゃんになるを掛けた、超有名な下げ。
さすがにこれを超える落ちは思いつきません。
何で、これを選んだんでしょうね。

まぁ、これを通じてね、本家の「火焔太鼓」に興味を持っていただけたらななんてね。
校正で何度も読み返しながら、自分の創作性の無さに、恥ずかしくなり発表はよそうかな、なんて思いましたが、せっかく手を付けたので発表しようかな?なんて、気の迷いでした
ごめんなさい。

膝マクラーの皆さん、これをたたき台として、もっと端的で楽しいお話を書いてください。
私も、素敵な落ちがあれば、いくらでも書き直しますんでね。
よろしくお願いいたします。 


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