聖女と守護者の物語 ~或る、終わりの始まり~

少年がひとり。
吐血して真っ赤な血にまみれ、崩れ落ちるように倒れてゆきました。。
陶器のように美しい顔に血の気はなく、その背にはズタボロになり薄汚れてしまった白い翼。

「嫌!!ダメよ!!」
必死の形相で叫んで彼を膝に抱いたのは、やつれ果ててはいるものの、以前は美しかったであろう若い娘でした。

空には、幾筋もの稲光が閃光を放って、轟音を轟かせては暴れまわり。
少年と娘の背後には、命亡き者達の無数の不気味な影がゆらめき立つ。

それは、ある国の終焉の、はじまりの光景でした。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼>は、ある国の聖女に、天から遣わされた守護者で。
たいそう美しい少年の姿と、淡い光を放つ純白の翼の持ち主でした。

その頃、その国で王に使える最高司祭の娘が、聖なる癒しの力を持っていることがわかったのでした。
<彼>は、そのことを天が承認し聖女を守護する存在として、天から、聖女である彼女のところにやってきたのです。

聖なる癒しの力を持つ聖女に仕える守護者になったということに、<彼>は喜びを持っていました。
その役目をもらう前の<彼>は、決して天にとって有能な存在ではなかったからです。

そして。
娘が、癒しの力を持つ聖女として生まれてきたこと。
その娘に、天から守護者が遣わされたこと。
それは、彼女の父親である最高司祭にとって、最高の政治的な武器となりました。

最高司祭とはいえ、国内外に対して万能の権力を持っているわけではなく。
特に、王や議会が司祭達や神殿を軽視していることに、最高司祭は常々大きな不満をもっていたのです。
しかし、聖女の聖なる癒しの力という有無を言わせない奇跡の力があることで、最高司祭はこれまでよりも司祭達や神殿の政治への発言力を上げることができました。

元々が大人しくて謙虚だった性格の聖女は、どんどんと父である最高司祭の言うがままに政治の道具となり、かけひきの材料となり、父親の手足となってゆき……。
やがては、王も議会も神殿も、何もかもが少しずつ、最高司祭の意思に逆えなくなっていったのです。

そんな中で。
隣国が、その国に侵略の手をのばしてきました。

父である最高司祭の命令で、聖女は戦闘の最前線に赴くことになりました。
負傷者を癒し、最前線の兵士たちの士気を高めるための役割です。

もちろん、最前線での聖女の存在には、一定の効果はありました。
聖なる癒しの力で、負傷者の傷をいち早く癒すことができましたから。

しかし。
それは、「聖女」のもたらす奇跡的な効果として、父である最高司祭が期待したものには、遠く及びませんでした。
なぜならそれは、負傷を手早く治療し回復時間を短くする程度のものでしかなかったから。

”負傷者が即回復し、前線に復帰できた”
”負傷で失った体の部位が、即刻回復した”

その土地に伝わる、そんな、おそらくは誇張され美化されすぎたのであろう伝説上の歴代の聖女の業績と比べて、現在の聖女ができることはほんのわずかで。

”何のための、聖なる癒しの力なのか”
”守護者までついているくせに、どこまで役立たずなのか”
”そんな程度で聖女だなどと、恥ずかしくないのか”

等々、等々……。

父である最高司祭は、はじめのうちはただ娘を怒鳴り、ののしるだけでしたが。
次第に、彼女に手を上げ、暴力を振るうようになり。
殴る、蹴る、監禁、絶食……どんどんと、そういった行為をエスカレートさせていったのです。

拳で殴られ、顔を腫らし、蹴られて傷つき、血を流し、足を引きずり、飢え、涙し、嘆き……たとえそういったことが起こったとしても、守護者が後から聖女の傷や飢えを回復させること自体は、たやすいことではあったのですが。
それでも、聖女の身体の痛みはすぐに癒えても、心の痛みが癒えるわけではなく。

日に日に痛々しさを増していく聖女に、だんだんと守護者の<彼>の側が耐えられなくなってきました。
聖なる癒しの力を持つ聖女に仕える守護者であるにもかかわらず、あまりにも無力な自分。
そして、自分を彼女のもとに遣わした天自体にも、無力感と不信感と絶望感を募らせるようになっていったのです。

とはいえ、守護者は他者を、特に守護する相手とその味方を傷つけることの許されていない存在だったので。
<彼>は徐々に、聖女の癒しの力に加担しはじめました。

”負傷者が即回復し、前線に復帰できた”
”負傷で失った体の部位が、即刻回復した”

もしかしたらこれらの伝説も、当時の聖女に当時の守護者が加担した結果だったのかもしれませんが。
それらが本当に、現実となっていったのです。

そうして。

父である最高司祭の望み通り、最前線の兵士たちの士気は爆発的にあがっていきました。
聖女も、守護者も、しばらくの間はおだやかな気持ちを取り戻すことができたのです。

聖女にとっての<彼>は、元々守護者でもあり自分の体の傷をいやしてくれる相手でもあり、唯一安心のできる特別な存在でしたが。
このことで一層、<彼>は聖女になくてはならない存在となりました。
それは、<彼>なしでは自分の聖女としての存在がおびやかされかねないという、恐怖にも似た思いを孵化させることにも繋がりました。

それでも、それで戦闘が終結し、終わりであれなば良かったのですが。
残念ながら、終わりというわけにはいきませんでした。
隣国の侵略が、さらに激化を増していったのです。

癒しても、癒しても、終わりはない。
そして、死者の数も増え続ける一方。。。

死者の数が増していくとともに、ふたたび、父である最高司祭の聖女への暴力が増えていきました。
守護者の力ですぐ癒されるとはいうものの、耐えず与えられる身体の痛み。
そして、決して癒えずに深まっていくばかりの、心の痛み。
聖女は、日に日にやつれていくばかりでした、

遂には、父である最高司祭は聖女に暴力を振るいながら、こんなことを言うようになったのです。

”聖女なら、死者ぐらい蘇らせてみろ”
”聖女なら、敵に神の鉄槌でも食らわせてみろ”

聖女はただただ、その暴言と暴力を耐え。
無力で非力で、父親の期待を満たせていない自分を責め。
寝る間も惜しんで、精いっぱいの癒しの力を負傷者たちに注ぎ。
力尽きて<彼>の腕の中に倒れ込んでは、<彼>に命じて自分を回復させては、また立ち上がることを繰り返し……。

遂には。
聖女のあまりにも痛ましい姿を見かねた<彼>は、遂に、禁忌を冒してその力を暴走させてしまい。

冒頭の光景と、なったのでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼>は、吐血して真っ赤な血にまみれ、崩れ落ちるように倒れてゆきました。
陶器のように美しい顔に血の気はなく、その背にはズタボロになった翼。

「嫌!!ダメよ!!」
聖女は必死の形相で叫んで膝まずき、彼を膝に抱きました。

<彼>を、もし、失ってしまったら。
自分は、何もかも、全ての物を失ってしまう。
その恐怖が胸の奥から激しく突き上げてくる中、聖女はただ夢中で、<彼>の青白い血まみれの体を抱きしめていました。

空には、<彼>の呼び出した”神の鉄槌”が、幾筋もの意思を持つ不滅の稲光と化して閃光を放っては、轟音を轟かせて暴れまわり。
<彼>と聖女の背後では、”蘇った死者”が無数の影となってゆらめき立つ。

他者を、特に守護する相手とその味方を傷つけることのできない守護者が、その禁忌を犯す力を発揮した時。
守護者の力は、相手を問わず暴走しはじめ……。

それは、その国の終焉の、はじまりを告げる光景となったのでした。

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