「首を跳ねよ!」と、女王は言った。

「この者の首を跳ねよ!」

と、女王様は言いました。
彼女が即位してから斬首刑の宣告を受けた人は、これで44人目になりました。

しかし。
彼らは果たして、命をもって贖わなければならないほどの”悪”を成したのでしょうか。

ある者は、自らの家族の命を守るために、小さな罪を黙殺し。
ある者は、自らの領民を救いたい一心で、ほんのわずかな不正に手を染め
ある者は、愛する人と結ばれるために身分や地位を金品で賄い。

それは、確かに「罪」ではあったのでしょうが。
ほんのわずかな、髪の毛一筋の過ちすら許さない……そんな女王の断罪は、少しずつ、その国と女王自身を歪めていったのです。

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むかし、むかし。
ある国に。

大層美しくて賢い、年若い女王様がいらっしゃいました。

彼女は、女王に即位する前だけでなく即位してからも何人もの教師や専門家を出入りさせ、「国のため、国民の幸せのため、清く正しい自分であろう。そして、清く正しい政治をしていこう」と、日々学び、努力をすることを怠らない、大層真面目な女王様でした。
女王様は大変珍しくて美しい、月の光のような白銀色の髪をお持ちだったので、即位とともに「月光王」と呼ばれるようになりました。

そんな月光王が若くして女王様になって、間もなくのこと。
大臣の一人が、大きな不正を隠して私腹を肥やしていたことが発覚しました。

女王様のお父様だった先王の代から長く使えていた大臣でしたが、実はそのころから、長年税金の一部を私財とし続けていたことがわかったのです。
大臣は懇願し、改悛の意思を見せ、自分は隠居して息子に後を譲るから……と、涙ながらに女王様に訴えました。
女王様にとっても、長年まるで二人目の父親のように自分をかわいがってくれていた大臣だったのですが。
これを見すごして甘い処置をしてしまったら、他の臣下達への示しがつきません。
そして、まだ若い女の身で王になった女王様としては、厳しい態度を取らざるを得ませんでした。

「この者の首を跳ねよ!」……と、女王様は命じ。
この大臣は、月光王の命令の下で、はじめて斬首された人物となったのです。

そして、それで終わりではありませんでした。。。


幾年かが過ぎた、ある時のこと。
女王様のまだ幼い異母弟が、女王様の暗殺を企んでいたことが発覚しました。

首謀者は、女王様のお父様だった先王の、愛妾だった女性で。この異母弟の、母親でした。
男の子を生んだのを良いことに、自分の息子を王にしようと計ったのです。

女王様は、先王の愛妾が前々からその企みを持っていたことに気づいてはいました。
とは言え、相手は父王の愛した女性です。
優しい心根を持たれていた女王様としては、ただ企みごとをしているだけの彼女を排除する気にはなれませんでした。
そしてまだ幼い異母弟のことも、女王様は可愛いがっていらっしゃいましたから。

しかし。
先王の愛妾が女王様の死を企て、その異母弟でもある自分の息子を王にしようとしていたことは、目の粗い織物がときほぐされるように、スルスルとわかっていってしまいました。
女王様が様々なことを学んできて多くの教師達や有識者達を城内にいれていたことが、幸か不幸か愛妾の企みの証拠をつかみ裏付けを取ることの役に立ってしまいました。

まだ幼い異母弟の名前も証拠品の中から上がってしまい、「幼いから」と彼を見逃すことも難しそうでした。
「月光王」などと呼ばれているとはいえ、若い女の身ひとつで王国を支えている女王様としては、証拠の残る形で自分の命を狙っていることがわかった以上、彼らを生かしておくことはできなかったのです。

「この者達の首を跳ねよ!」

月光王の命令の下、先王の愛妾とその息子(女王様の異母弟)は、罪をその命で贖うことになりました。

そして、それで終わりではありませんでした。。。

徐々に……徐々にですが。
女王様はだんだんと周囲に厳しく、疑い深く、清く正しいことを過剰なまでに要求するようになっていったのです。

遂には。

自らの家族の命を守るために、小さな罪を黙殺した者。
自らの領民を救いたい一心で、ほんのわずかな不正に手を染めた者。
愛する人と結ばれるために、身分や地位を金品で賄った者。

そういった者の全てが、ひとたび女王様の前で罪を暴かてしまったら、その命で罪を贖わねばなりませんでした。

「斬首王」

女王様は、次第に「月光王」と呼ばれるかわりに、そんな名で世に呼ばれるようになり。
その頃にはもう、即位した頃の美しさ・賢さ・年若さの面影を、すっかり失っていかれていたのです。

やがて。
反女王の勢力が、女王様への反逆の狼煙を上げました。

その筆頭に立っていたのは、女王様が一番はじめに斬首刑にした大臣の息子。
そして、先王の愛妾とその息子が斬首された時にはまだ赤ん坊だった、妹王女でした。

戦の狼煙。剣戟。炎。血しぶき。悲鳴。
戦火は何か月も続き。
次第に女王様の側の戦力が弱体化してゆく中で、さらに女王様は何人かの”反逆者”を捕らえ、斬首刑に処してゆきました。

やがて、反逆運の軍勢が城外にまでせまってくる中で。
王家に使える斬首役人に、またもや斬首の命令が届きました。

命令書に記載された日時に斬首役人が斬首上に行くと、そこにはただ、斬首台の前にひざまづいて台上に頭を下ろして大人しくしている、頭から全身すっぽりマントを纏った人物の姿がありました。

最近では見送りに来る身内や部下達もなく、本人も何も言わず、ただ大人しく首を落とされる”罪人”ばかりだったので。
斬首役人は何の疑問も抱かず、いつものように相手に近づいて、機械的に斧を振り下ろしたのです。

そして、鮮血の中に落ちた生首を拾い上げて、斬首場の一番外壁で城外からも見える位置にある、斬首者の首をさらす台に乗せた時。
その頭からマントの布がすべり落ち、大層珍しくて美しい月の光のような、白銀色の髪がこぼれ落ちたのです。

「……女王陛下っ!?」

斬首役人の絶叫が、城内に轟きわたりました。
そう。それは、「月光王」とも「斬首王」とも呼ばれた女王様、その人の首だったのです。


後に。

女王様本人の遺筆が、自室から発見されました。
彼女は自分の厳しさ・正しさが、次第に自分を含めた周囲を追い詰めていっていることに、いつからか気がついてはいたのです。

しかし、今さら後戻りができないところまで、来てしまっていました。

女王様は、最後まで貫けるところまで自分を貫く覚悟を決めて、この戦いに臨んでいたのです。
そして、自分の側の戦力が日に日に弱体化していく様を味わい、反逆運の軍勢が城外に迫ってくるのを見届けて。
自分自身への、最後の斬首命令を出したのでした。。。

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「この者の首を跳ねよ!」

と、女王様は言いました。
彼女が即位してから斬首刑の宣告を受けた人は、これで44人目になりました。

そして、最後のその言葉は、女王様ご自身に対する物だったのです。

それは、むかしむかしの物語。
ある国の、大層美しくて賢かった、女王様のお話でした。

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