拝啓 和泉宏隆様



出会い


 あなたに初めて出会ったのは、12歳の冬でした。もちろん出会ったと言っても、それは一視聴者としてあなたの演奏を映像で見ていただけですが、私はあの瞬間をよく覚えています。当時、私は小学校6年生でした。あの頃は、小学校の音楽発表会でF1中継のテーマ曲として有名なT-SQUARE(以下、スクエア)の「TRUTH」を合奏することになり、ちょうどフュージョンという音楽ジャンルにはじめて触れた時期でした。「TRUTH」のカッコよさに感動した私は、家でひたすらYouTubeにある演奏動画を聴き漁っていました。その映像の中でキーボードを弾いていたのがあなたです。

 しばらくすると、母親が、スクエアの他の曲を勧めてきました。その曲は、「宝島」。何を隠そうあなたの代表作です。そして、ギターアンサンブル出身の母親が知っている、数少ないスクエアの楽曲でした。新しい音楽の世界に触れて好奇心が爆発していた当時の私は、すぐにYouTubeで検索をかけ、一番上に表示された動画を見ました。


 初めて聴いた瞬間、私は感じたことのない感情に襲われました。楽しいような、懐かしいような、そしてどこか切ないような。今思えば、おそらく人生で初めて音楽で感動した瞬間だったのだと思います。あの瞬間から現在まで、世の中の全ての曲の中で一番好きな曲は、あなたのつくった「宝島」です。

没頭


 中学生になっても、私は「宝島」を聴き続けました。それに留まらず、スクエアの他の楽曲にも次々とハマっていきました。その中には、あなたのつくった「OMENS OF LOVE」や「EL MIRAGE」もありました。あなたのつくる、美しく、どこか切ないメロディが、私の「好きな音楽」になっていきました。
 中学生になってから、私は吹奏楽をはじめました。きっと、迷うことなく音楽の世界に飛び込んだのは、12歳であなたの曲に心を奪われたからだと思います。ちなみに、吹奏楽の世界でも「宝島」が愛されていることを知るのは、吹奏楽を始めてからしばらく経ってからのことでした。
 吹奏楽という音楽は、自分にぴったりでした。クラシック、ジャズ、ポップス、民族音楽、さまざまなジャンルの音楽を扱う吹奏楽は、あなたの活躍していた、複数の音楽ジャンルが融合する「フュージョン・ミュージック」の世界とよく似ていました。吹奏楽に魅了された私は、6年間、全ての時間と力を吹奏楽に注ぎました。その間にも、いつもそばにあったのは、あなたの音楽でした。

 高校生になってから、スクエアの元メンバーとしてではなく、コンポーザー、そして、一人のピアニストとしてあなたの音楽を聴き始めました。河野啓三さんも言っていたように、あなたの奏でるメロディはとてもロマンチックで、美しいものでした。アップテンポでも歌心があって、スローテンポでも立体感があって、いつでも一瞬で「和泉さんって素敵だな」と思わせる演奏を聴かせてくださいました。

 中高6年間、吹奏楽の本番の前には、必ず12歳のときに出会った「宝島」の演奏を聴いていました。そして、これは今も同じです。自分に初めて音楽の楽しさを教えてくれた演奏を聴き、本番でも100%音楽を楽しめるようにしていました。高校3年生のとき、はじめて定期演奏会で「宝島」を演奏出来たとき、選曲してくれた後輩への感謝とともに、どんなアレンジでも失われることのないあなたの音楽の美しさに感動しました。6年来の「宝島を演奏をしたい」という願いが叶ったあの瞬間、私は世界で一番幸せだったと思います。

 高校を卒業して、私は大学受験浪人の道を選びました。1年間、完全に音楽の世界を離れました。大学に入ったあとも、コロナ禍の影響でなかなか吹奏楽の世界には戻れませんでした。でも、そんなとき、あなたの音楽を聴いていつも元気をもらっていました。スクエア、トリオ、ソロ、HIROMITSU、いろんな形であなたの音楽を聴きました。どれも本当に素敵でした。おかげで「この辛い日も報われるときがいつかきっと来る」と、ロマンチックな気持ちに還元して、前を向いて頑張ることができました。

後悔


 大学生になり、私は迷わず吹奏楽の世界に戻ってきました。コロナの影響はしぶとく、活動には厳しい制限が伴いましたが、それでも大学での吹奏楽は自由で楽しいものでした。そして、自分にとっての"冬の時代"に聴いたあなたの音楽が、自分の音楽観やセンスを豊かにしてくれていることを実感しました。
 2年前の10月に私は20歳になり、ついに成人となりました。大学に入り時間に余裕ができた私は、10代の大半を音楽で支えてくれたあなたに、どうしても会いたくなりました。そう、演奏を生で拝見したくなったのです。きっとそれが、あなたへの恩返しになり、あなたへ感謝の気持ちを届けられる機会だと思ったからです。

 しかし、それは実際にはなかなか難しいものでした。スケジュール、予算、場所、さまざまな壁が私の前に立ちはだかりました。ただの一大学生があなたの演奏を見に行くのは、少しハードルが高かったようです。いくつかライブに行くことを検討しては諦めていくうちに、いつの日にか、「絶対に和泉さんを生で見たい」という気持ちは心の奥底に沈んでいってしましいました。

 そして、その知らせは突然やってきました。2021年4月26日、あなたは突然この世から去ってしまいました。まだ62歳。日本人の平均寿命まで、まだあと20年近くありました。翌日の朝、自宅でTwitterを見ているときに、私はその知らせを知りました。その瞬間、思わず言葉を失いました。それから数日間、悲しみが常に自分につきまとっていたことを、今も覚えています。

 私は後悔しています。あなたの演奏を生で見ることができなかったことを。少し時間や予算に無理を強いてでも、あなたの演奏を見に行けば良かった。あなたに感謝を伝えたかった。あなたの音楽に一番近くで触れたかった。今でもその後悔の念は消えることはありません。

決意


 あなたが旅立ってしまってから少しして、私はある決意をしました。「会いたいと思った人には、すぐに会いに行こう」。本当に小さな決意です。あなたのような偉大なアーティストだけでなく、同じ街に住む友達、少し離れたところに住む旧友、広島にいる家族、すべての人に会いたいと思ったときに会いに行くことを決めました。失ってからでは遅すぎるということを、あなたから学びました。

 今年の2月、本田雅人バンドのライブに行きました。これが私にとって初めての、生で見るプロのフュージョン・ミュージシャンのライブでした。本田雅人さん、須藤満さん、則竹裕之さん、3人ともあなたとスクエアで活動をともにした素敵な仲間ですが、彼らにも、僕は幾度となく音楽で元気づけられていました。実は、あなたを失ってから、私は彼らに最初に会いに行くことを決めていました。なぜなら、もう後悔はしたくなかったからです。

 ライブでは、冒頭から本田さんのハイパーサックスプレイヤーぶりが炸裂していました。が、途中で少し雰囲気が変わりました。本田さんが、ライブであなたのことを話し始めたのです。思えばあなたが旅立ってから数ヶ月後、本田さんがあなたのことをライブ配信で熱く語っておられました。本田さんがスクエアにいた8年間、いつもキーボードの席にはあなたがいました。きっと本田さんにとって、あなたはかけがえのない存在だったのだと思います。

 一通りあなたのことを話し終わったあと、本田さんは「宝島」の曲紹介を始めました。「僕の曲と違って、宝島は、誰もが笑顔になれる曲。たくさんの人を元気づけてきたと思う。」会場にいた全員の思いを言葉にしたようなMCでした。
 本田さんが曲への思いを語ったあと、本田バンドによる「宝島」の演奏が始まりました。フュージョンで聴く生の宝島は初めてでした。軽快な16ビート、爽やかなAメロ、転調して一気に盛り上がるサビ、どこか切ないウインドシンセのメロディ…。今まで画面とスピーカーからしか体験したことのなかった光景が、目の前に広がっていました。生で見る憧れのアーティストは、画面の中よりも何倍も輝いていました。ああ、あなたを生で見ることができていれば…。いや、今この瞬間は、自分にとってかけがえのないアーティストの演奏を生で浴びていることを楽しもう。宝島の演奏を聴きながら、そう感じました。あの日のライブは本当に素敵な時間でした。

 今年の8月には、もう一度、本田バンドのライブに行きました。メンバーは少し違ったものの、相変わらず素晴らしい時間を過ごすことができました。そして、今年12月、私は初めてスクエアのライブに行きます。会場は、和泉さんが何度も演奏した、スクエアの聖地、神戸チキンジョージです。あなたの演奏に出会ってから10年、やっとスクエアに生で触れることができそうです。

誓い


 あなたの音楽に出会ってから、私は音楽が好きになりました。言葉にはできない数多くの感情を感じてきました。元気ももらいました。勇気ももらいました。笑顔にもさせてもらいました。本当にあなたに感謝しています。ありがとうございます。

 あなたのことは絶対に忘れません。本田さんがライブのMCでこう言っていました。「和泉さんが亡くなっても、和泉さんの音楽はなくならない。永遠だ。」あなたの残した音楽は、きっとこれから先も受け継がれていくでしょう。私もそのリレーの中の一人として生きていきます。私には、これからもあなたの音楽が必要です。私はあなたの音楽を聴き続けます。そして、きっと何回も演奏することでしょう。

 突然一方的に愛を伝えてしまって申し訳ありませんでした。ただの一ファンからのファンレターだと思って、どうか笑って受けとってやってください。
 これからも、あなたと、あなたの音楽を愛し続けることを誓います。なので、どうか見守っていてください。

ただの一ファンより。

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