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長女がオーデションを受けた!

オーディションて芸能人にでもなるの⁇って言うのが私の感想なんですが、学校でみんなのリコーダー演奏にピアノの伴奏を担当する人を決める、それをオーディションって言うんだそうです。
ピアノを習ってなかった私にとって、その位置に立候補する選択肢がなかったからかもしれないけれど、伴奏したい人がたくさんいて選ばれた人しか出来ない⁉︎、みんなそんなにやりたいのか‼︎、っていう衝撃。頼まれて渋々やってるんだと思ってた…

それに立候補すると言う我が娘。

人生初のこの展開に、ぼやっとした情報しか持ってこない子と、それをぼんやり聞いてる母。故、のんびりとピアノの先生にオーディションの事をお願いしたらば、オーディションの告知からその開催の日取りの早いこと早いこと。おそるべしオーディション。

我が家の長女、年中さんの頃から本人の希望で習っていたピアノだけど、あんまり練習も好きではないし、あんまり向いてないのかなと思ったりしていた。オーディション開催までの日数がほとんどない上、その時点で明らかに自分よりも上手くほぼ完璧に弾ける子がいる(仲の良い友達)と聞いて、「やめとく?」と聞いてしまった。
私だったら100%立候補しない案件。伴奏って失敗しないのは普通で、ミスしたら「あれ?」ってなって、プラスなしのマイナス可能性のみっていう私のイメージ。その上自分より確実に上手い立候補者がいる。無い無い。

なのに、なのに、オーディションやめる気ない我が子!

え??
やる意味あるの⁉︎
っていう心の声を封じたの、えらい私。

子供と自分は違う、別々の人間。
鬱々とした気持ちを抱えながらも、経過を見守っていると…。
今までになかった姿が!自分からピアノを練習していて、関係ない曲も何やら弾いている‼︎

事後談。結果オーディションには落ちたのだけど、それを境に我が子は自分でピアノの練習をするようになって、先生にも褒められたり、何よりピアノを弾くのが楽しそうになった。

私からしたら、意味のない徒労の様に感じて止めようとしていた数日が、娘にとってはとんでもない意思改革の数日だったんだと、変わった娘を見て初めて気付くわけであります。

私が選ぶはずの無かった解を、選んだその先の世界を見て、自分の傲慢さに気付くこともさりながら。その他の解にも、それぞれの素晴らしい未来があることを、感じさせてもらえる事。本当に感謝します。

自分の思考以外のものを感じてみる事は、それまでの価値観ぶっとぶのでとても面白いです。

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