見出し画像

神隠し・東三河(後日譚)と幽体離脱について

前回の、神隠し・東三河での詳しい話を、怪談作家の幽木武彦さんに話していた時のこと。

「こわいですね」という内容のことを言われて、「こわいですか?」と不思議に思いました。私はこの件を、怖いとは思わなかったのでそういわれて驚いたくらいでした。

幽木さんの話によれば「もし戻れなかったらと思うと」怖いということで、確かにそういわれてみればそうだなと思いました。が、それでも怖いとは思いきれなかったのは、その世界が暖かく優しい感じがしたからだと思います。

夕方にこの話【神隠し・東三河】を書いていたのですが、時間切れで「鬼木路(おにきろ)」について書ききれなかったので今から書きます。

この事件(?)のあと、この話を息子にしたら、「ママふりむいたらやばかったよ。そのときうしろからくろいのがついてたよ、そういうのとつねにとなりあわせなんだよ、そこはおにきろなんだよ」という意味のことを言い、おにきろとはなんだと聞けば白龍天が「鬼木路」と答えたっていう後日譚です。

この日だったかこの日と別の日だったかわすれましたが、わたしの実弟で現在のわたしの生家の屋敷(と一族)の当主である人物の話。

「最近既視感が多く、それがあるたびに不安になって、、本宅母屋にばあちゃんと父さんの息を確認しに行くんよね。姉ちゃんはそういうことない?」「デジャブが不安を誘発するってこと?ないなあ。」

「例えばだけど、子供と嫁さんとメシ食ってて、ああ、ずっと前もこういうことあったなって思うといきなり不安になる。実際にはないからデジャブなんだけど。で、ばあちゃんとか父さんが・・・もういないんじゃないか、死んでるんじゃないかって思ってしまう。で、たまらなくなって確認しにいかなきゃ気が済まないってなる」

そこでわたしはつい先ごろの自分が消えてた(らしい)話をして、でもそういうとき全然不安もなにもなくて、むしろそこが、そちらが、心地よいと思っている・・・という話をした。

眠っていると、体が動かなくなって「あっ、来る」とわかる。すぐに耳鳴りが始まり、ものすごく強い風が吹いてくる。そうするとわたしは体の力を抜いてずっと遠くへ飛んでいく。幽体離脱とか明晰夢。なににもたとえられない。もの凄く気持ちいい。幽体離脱しようとか、明晰夢をみようとかいうコントロールはできないが、やってくるとわたしはからだを任せて楽しむ。

でも弟も、わたしの配偶者も、「来る」とわかるととても恐ろしいという。しっかり力を入れてあっちに飛んでいかないように、眠ってしまわないように頑張るという。「もしも飛んで行って、からだと意識をつないでいるなにかがぷつんと切れてしまったら?ふと真っ暗な空間で、「心臓麻痺」「夕べまで普通だった」「いつも通りお休みといって寝室へ・・・」などという言葉が浮かぶ。なるほどそういうことか・・・

先出の幽木さんの思うところも、「幽体離脱で帰ってこれないこともあるらしいじゃないですか、、結局「死」ということになるのでしょうか?そういう場合は?)」と、恐ろしい怖いようなイメージをお持ちのようでした。

わたしはそんなこと思いついたことなかった。思ったこともなかった。ただ気持ちよくて、暖かくて、、もしくは涼しく心地よい・・・みなさまはどうですか?

今おにきろのこれを書くために調べていたら、3月のことでした。

おにきろも、幽体離脱?も、魑魅魍魎もそこかしこにいてべつに珍しいものでもなんでもない。生と死は隣り合わせってことをあらわしているのかと思います。過去に戻れない(と思われている)のと同じで、ほんの少し道を曲がったらもう帰らないということは、わりとそこらへんにあるかもしれないと 思いました。

なんかつらつらと書きましたが 相変わらずオチはないです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?