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「38年後」の『Saravah!』

昨夜、東京国際フォーラムCホールで行われた、高橋ユキヒロの「Saravah! 40th Anniversary Live」に行ってきた。

40年前、すなわち1978年の6月21日に発売された『Saravah!』 を初めて聴いたのは、その2年後、1980年の秋だった。そう、自分は当時大ブレイクしていたYMOから高橋ユキヒロを知った、まだ15歳の少年だった。

その年の夏、通っていた地元の私立高校を辞めて、東京の高校を受け直そうと考えた自分は、早稲田ゼミナールの夏期講習に参加するため2週間ほど上京した。泊まったのが、本郷にあった追分旅館。そこで、大学受験のため同じ早稲田ゼミに通っていた、高校2年の男子高校生たちと同じ部屋を振り分けられたのだった。予備校は昼間だけなので、夜はヒマになる。外へ出るにも田舎者の集まりなのでわからない。なので、誰かが持ってきたラジカセで音楽を聴きながら部屋でトランプしたりして遊ぶのが日課となった。そのなかで、秋田高校に通っていたSさんという人が持ってきたカセットテープの音楽がとてもカッコいいなと思った。それが、6月に出たばかりのYMOの『増殖』だったのである。

9月になり、当時、調布市のつつじヶ丘にあった中学浪人専門予備校に通うため再度上京した自分は、もういっぱしのYMOファンになっていた。アパートを借りた仙川の商店街にあった「Meto」というレコード店で『Solid State Survivor』を買い、『増殖』を買い、ファーストを買う……だけでは飽き足らず、夏に実家で聴いた、糸井重里司会によるNHK FMのYMO特集でかかっていた各人のソロにも食指を伸ばし始めた。その中で一番よく聴いたのが、『Saravah!』だった。まさか、その全曲を再現するライブを、38年後に聴けるとは……。

ファンには先刻ご承知のことだが、「高橋ユキヒロ」時代のソロライブというのはない。自分も渋公に行ったが、ソロライブは「高橋幸宏」名義となった後の1982年の『What Me Worry?』ツアーが最初である。YMOのワールドツアーでソロの曲をやることはあったが、それも『音楽殺人』からのものだった。『Saravah!』は坂本・細野とYMOのメンバーが全面協力しているとはいえ、曲の雰囲気からしてもそぐわなかったからだろうと思う。

この夜の再現ライブで一番感じたのが、このオリジナルの『Saravah!』の演奏クオリティのとんでもなさだった。この夜のバンドだって、林立夫に佐橋佳幸にDr.KYONに斎藤有太に矢口博康にゴンドウトモヒコ……ベテランから中堅まで、当代一のミュージシャンズである。だが、彼らをもってしても、1970年代後期独特のセンスを兼ね備えたテクニック(センスとテクは不可分だけど)は当然ながら再現できない。なにしろ当時はディスコ、レゲエ、サンバ、ボサノヴァなど、リズムだけでもまだ目新しく魅力的な時代で、このレコードにはそれらをリアルタイムで吸収し、自分たちなりに消化していた凄腕のミュージシャンが集結しているわけだから。

そして、自分が、このアルバムでこよなく惹かれるのが、シンセの音色である。『Saravah!』のアレンジャーである坂本龍一が作曲家・プレイヤーとしても超一流なのはご存知の通りだが、あまり言及されないのが、シンセの音色選びのセンスのこと。クレジットでは、シンセはKORGのPS-3100とARP Odysseyだけで、この年の1月に発売されたばかりだったProphet -5は使っていないようだが、このシンセの音色が、各楽曲にとってとても重要なのである。「C'est Si Bon」のバッキングや「La Rosa」の間奏、「Sunset」のイントロが全然違った音色だとしたら、今こんなに再評価されるアルバムになっていなかったかもしれない。

あと、もうひとつ、あまり言われていないのが、ラジのコーラス。もちろん山下達郎や吉田美奈子は大貢献しているけれど、特にオーラスを飾る名曲「Present」は、ラジなくしては考えられない。また、ユキヒロのヘタウマなヴォーカルとよく合うのである。

で、そのヴォーカル、確かにオリジナルは音程があやふやで、本人が録り直したいと思ったのはじゅうぶんわかるけど、自分はやっぱりこのアルバムにしかない声と歌い方が好きだ。バックが上手な分、このヘタウマヴォーカルがうまくバランスを取って、ちょうどいい加減だと思うのだ。

……なんだか『Saravah!』のアルバム・レビューになって、この夜のライブのことをまったく書いていないけど、悪かったわけではない。矢口博康はソプラノ、バリサク、アルトと使い分けて大活躍だったし、Dr.KYONのアコーディオンもよかった。おそらく今後も見ることの少ないだろう、ユキヒロと林立夫のツインドラムも聴けたし。あと、このライブは曲数が少ないこともあってゆるゆるで、ユキヒロとバンマス佐橋佳幸の漫才みたいなMCが面白かった。

ただ、ハードディスクで当時のトラックを再生しながらだったので、余計に生の演奏と比較せざるを得なくなって、この日のメンバーには不利だったと思う。特にベースの有賀啓雄さんは、オリジナルで全曲弾いている細野晴臣の超絶技巧ベースと比べられて気の毒だった(特に「Sunset」)。細野さんは最後にゲストで出てきたが、ユキヒロも本当はライブを通して細野・林のティンパンコンビでリズム隊をやってほしかったんだろう。

ともあれ、『Saravah!』全曲を生で聴けて、しかもアンコールでは「四月の魚Poisson D'avril」まで聴けた。10代の頃の自分に教えてあげたいと思う。生きていれば、いいことあるよ。


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