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「虹獣(コウジュウ)」3章:ルフゥ 3話:風雷(フウライ)

 ルフゥは棲み処の周囲をくまなく歩き回り困っている同胞を探し出す事にした。人や他の動物から虐げられているもの、暴行をされていたり食べ物を奪われているもの、そして食べ物を必要としている弱きもの。ペットフードの袋を咥え歩き回り、一匹ずつ話し合いペットフードの袋を噛んで穴を開け、穴を開けた部分とは逆の部分を咥えて左右に軽く振り食べ物を分け与えていった。

 そうこうしている内にルフゥは近隣一帯で知らぬ獣はいないような顔役になっていた。ルフゥは心地良い気持ちであった、嬉しかった、幸せであった。ルフゥ自身が生まれてきて存在する意味がここにはある、しっかりとある。他の獣から必要とされる存在、満たされた承認欲求、ルフゥは生き甲斐を充実を目一杯感じていた。

 しかし、もちろんそれを快く思わない勢力もいた。ペットフード・平水の経営者である平水佐和(ひらみ さわ)、以前から近隣一帯を縄張りとしていた獣、弱い獣を糧にして生きていた獣、そういった類のもの達からルフゥは疎まれ時に命を狙われる危険にさらされるようになっていた。

 平水佐和、低価格のペットフードを販売し、戦後のペット業界を牽引してきた一人である。だが、その低価格さは常識を逸しており、陰で黒い噂が流れるオーナーである。廃棄物の食材を再利用しているのでは?衛生管理がしっかりしていない某国の食材を扱っているからでは?色々な憶測が平水のもとには届いていた。それだけ低価格を売りにしていたのである、戦後貧しい時代であった。平水の目の付け所は一定の成果を上げ、「ペットフード・平水」の会社は相応に潤ってはいた。

 潤ってはいたが低価格を売りにしていただけあって、経費をとことんまで削る経営方法を取っていた。その為、管理も杜撰になりルフゥに付け込まれる隙を作ってしまっていた。多くの在庫が盗まれた事により、平水は警察に被害届けを提出し、部下の者に戸締りをしっかりするようきつく注意するのであった。そんな事は全く知らずに、ある意味のんきに椀飯振る舞いを繰り返すルフゥ。資源は有限、ましてや盗んできたものであるから尚更である。ルフゥは気前良く食糧を分け与えながらも、そろそろ備蓄の確保をせねばならない、と考え出していた。そんなルフゥの下には二匹の猫が付き従うようになっていたウェンス、ルンテの二匹である。

 二匹は居場所がなく行く当てもなく、ルフゥに誘われルフゥと共に行動をするようになっていた。ウェンスは貧しい野良の出身であったが体格に恵まれていた。が、その体格ゆえに食糧を多く必要とした為、家族に疎まれ蔑まれていた。やがてウェンスは家族と離れ一匹の野良猫として日々を過ごしていた。ルンテも貧しい野良の出身であったが家族仲は良かった。しかしルンテの弟は生まれつき障害を抱えており機敏な動きが出来ず野良として絶望的な個体であった。ルンテはそれを助けるように機敏に動き家族の生活を助けていたが、やがて自立し一匹の野良猫として過ごすようになっていた。ウェンスもルンテも自立はしていた。しかし毎日が空腹で空腹で気がおかしくなりそうだった、神経の張り詰めた日々が続いていた。そんな中、同胞を助けんとするルフゥに出逢ったのである。ウェンスもルンテも自活していく事への難しさを重々感じ出していた、ルフゥからの誘いは天からの授かり物のような喜び、好機を感じ二匹は個々に即答した、ルフゥの仲間として共に生きる事を。

 ウェンスとルンテは棲み処をルフゥと同じ場所へと移した。雨風をしのげる空間、落ち着いた佇まい。何よりも、ある程度の備蓄された食糧がある事。これがとてもとても大きかった。ウェンスは体格が大きい為か、力はあっても動作はのっそりとしていた。その為に動くものを捕らえて食べる事が出来ず、もっぱらゴミ漁りや草花を食べる日々であったが、体格に合っただけの食糧を得る事が出来ず、常に空腹に悩まされていた。ルンテは機敏な動きで動くものを捕らえて食べてはいたが、季節の影響により動くものの数が減少した結果、食糧が減り常に空腹に悩まされていた。ウェンスもルンテも空腹に悩まされていた、そんな時に出逢ったルフゥが救世主に思え、食の保障をしてくれるルフゥを崇め称えるのであった。ルフゥは嬉しかった、わずかな事であっても食糧を供給している、その事で自分を必要としてもらえる、自分の存在意義が満たされる、承認欲求を満たしてくれる。順風満帆に進むルフゥの道のりは、後に風向きが変わる事など予想だにしていなかったのであった。

 食料の椀飯振る舞いを繰り返したルフゥは食料の備蓄が底をつきかけていた。そろそろ食料の新たな確保と思い以前に食料を奪った方法をウェンス、ルンテの両名に伝えるのであった。ウェンスもルンテも今まで人との縁など無かった、飢えを凌ぐには何かを奪う事が当然のように生きてきた、生きる為には何かの命を奪うのが当然の事であった。そんな二匹は奪う事に罪悪感など感じてはいなかった。むしろ、そんな簡単に食料が手に入るのか、そんな簡単に生を保つ事が出来るのか、と驚きつつも喜びルフゥを尊敬の眼差しで見詰めるのであった。

 話し合いも終わり決行の夜がやってきた。人も動物も深い眠りに誘われ川沿いの塀の上には流れる水の音が静かに響いている。そんな中を歩くルフゥ、ルンテ、ウェンス。ルフゥは慣れによる安心もあったが、それ以上に二匹を連れて初めての事であったから緊張した気持ちの方が強く、果たして本当に二匹が協力してくれるか?裏切らず着いてきてくれるか?などといった不安を抱えていた。そんな不安をよそにルンテ、ウェンスの二匹はまだかまだかと到着を心待ちにしていた。二匹とも生まれてこの方腹いっぱいのご飯を食べた事などなく、ルフゥの話に夢や希望を大いに抱いていたのである。

 やがて例の建物へと辿り着きルフゥは二匹に周囲を警戒するよう促した。緊張し始めるルンテとウェンス、別の意味で緊張するルフゥ。ルフゥは誰かを連れての奪取は初めての事であった。上手くいけば良し、上手くいかなければ…。ルフゥはルンテとウェンス、二匹の期待も背中に背負っていた、その分緊張度は必然的に高まりルフゥの冷静さを脅かしていた。緊張を隠しつつルフゥは以前のように扉を鼻先で開けようとする…が、扉はピッタリと閉まっており鼻先を入れる隙間がない。どこか隙間はないものかと前足を上げ扉をこする、ドアノブをこする、しかし反応は空しくルフゥの前足はドアを前にただただ滑り落ちるだけであった。そんな様子を後ろで眺めていた二匹の内ルンテは、やや高みにある窓が開いている事に気付いた。
「あそこからなら中に入れるかも?」
ルンテは一生懸命扉と格闘していたルフゥと、更に後ろにいるウェンスにそう呟いた。ルフゥはなるほど、と思いつつも少々の高さがあるのをネックに感じた。と同時に体格の良いウェンスが踏み台になってくれれば…とも思った。
「ウェンス、ルンテの踏み台になってやってくれないか?」
ウェンスは無言のまま頷き前へと進み出て窓の下で壁に向かって立ち上がり、しっかりと重心を落としてバランスを整え構えた。その構えを見るや、やや遠くへ離れ助走してきたルンテは器用に飛び跳ね窓から中へと侵入するのであった。侵入したルンテは初めての環境への少しの戸惑い、そして微かに匂う餌の存在、歓喜のあまり叫びたい衝動を必死に抑えていた。そんな時にドアの外でルンテに小声で話し掛けるルフゥの声が聞こえた。
「ルンテ?どうだ?中からドアを開けられるか?」
そう問い掛けられたルンテは、
「あいよ!」
と気軽に答えた。無意識にそう答える事で自らの緊張を解きほぐそうとしたのかも知れない。ルンテはドアノブをガチャガチャとこすり回し始めた。回すだけで開錠するドアだった為、難なくドアは開きルンテはルフゥ、ウェンスの両名を建物内へと招き入れた。ルフゥ達は開ける事の出来ない缶詰には目向きもせず、開けやすいプラスチック袋に入った餌に標的を絞った。ルフゥもルンテもウェンスも、各々がペットフードを咥え建物から棲み処へと慎重に運ぶのであった。何往復もし、食糧の備蓄を貯め込んだルフゥ達は嬉しさでいっぱいであった。ルフゥは興に乗りペットフードの一つに穴を空け逆さにしウェンスやルンテに餌をかけるように振り回した。ウェンスもルンテも食糧をたくさん確保出来た嬉しさのあまり興に乗った。乗りながら食べた、たくさんの食糧を。ルフゥが開けた一袋全てを皆で食べ尽くした。記憶に無い満腹感、記憶に無い充実感。ルフゥはウェンス、ルンテと共に生きる喜びを、ウェンス、ルンテは満腹まで食べられる喜びを、深く深く味わい一時の幸せを永遠のように感じていたのであった。



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