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「虹獣(コウジュウ)」5章:ルノア 5話:表奇(ヒョウキ)

 この前とは違って大きなお店のゴミ箱を漁ったお蔭か食べ物は美味しいものばかりであった。美味し過ぎてルナは無我夢中で食事にありついていた。そんなルナの様子を眺めながらマイペースで食べ物を口へと運ぶエティ、いつもゆったりとしていたエティがどことなくほんわかと嬉しそうな笑みを浮かべ食事を続けていた。パラはというと相変わらず全体を見渡せるような位置で食事を行っていた。そんなパラを見兼ねてルノアは近くへと寄りパラと共に食事をするのであった。
「パラ、度々の助言をありがとう。いつも嬉しく思う」
ルノアはパラに対し率直にお礼を述べるのであった。
「あ…、あたいはただ…皆が幸せになれるようにと思ってしただけさ」
パラは突然のルノアからのお礼に動揺し照れながらそう答えた。パラは今までお礼など言われた事がなかった。人間に利用され他の獣に利用され、そんな利用され続ける中でかすかな生を掴み取ってきていた。それが常識のように思えていたパラにとって、ルノアの言動はパラをビックリさせ時にドキドキした気持ちを起こすようになっていた。
「パラは私の母さんと似ているところがあるな…。人間に利用され、捨てられ、孤独をさ迷い…。けれども野生の心を失わず誇り高くて優しい獣。何だろう…親近感が湧くよ!」
ルノアは暗く言葉を発し始めたかと思えば、後半には明るく活き活きと話し、不器用ながらも率直な想いをパラへと投げ掛けた。
「そ…そうか…。ルノアの母上はあたいに似ていたのか…。ルノアの母上はどんな獣だったんだ?」
突然のルノアの言葉に更に動揺しつつも返答に応じるパラ。
「母さんは…、とても厳しい獣だった、そしてとても優しい獣だった。厳しさも全ては私の事を想っての事だったのだ。そんな母さんの気持ちが解らずに、私は母さんに失望していた事もあった。それでも母さんは最期まで私の幸せを一番に願っていてくれたのだ…」
ぽつぽつとしんみりと母の事を語るルノア、そんなルノアの情感に感化されてかパラは、
「あたいも将来子供を持つ事が出来たら…ルノアの母上のようになりたいな…」
ルノアに感化されてかパラは率直に想った事をルノアの目を見詰めながら恥ずかしそうに呟くのであった。
「にゃっはー!」
と叫びながらエティの背中からジャンプしたルナは、ルノアとパラの下へと回転しながら飛んできた。しんみりしつつも少し良い雰囲気になっていた二匹は突然の事に驚き咄嗟に左右へと間合いを取る。間合いを取られた事でルナはそのままの勢いで壁へとぶつかってしまうのであった。
「いったぁーい!」
二匹に避けられ壁へとぶつかったルナは、自分の思惑通りにいかなかった事への不満を抱きながら八つ当たりのように痛さを主張した。
「ごめんごめん、いきなりだからビックリして思わず避けてしまったよ…」
咄嗟にルノアがルナを気遣う。
「だ、大丈夫かい?怪我はないかい?」
パラもルノアに続いて驚きつつもルナへと気遣う発言を投げ掛けた。
「もー!二匹があたし達を無視している感じだったから驚かせようとしたのにー!」
壁際で座りながらルナは痛みに耐えつつ二匹へと文句を告げた。
「うぅ…うぅぅ……、ルナ…ルノアさんやパラさんに迷惑を掛けてはいけませんよ…」
ルナの突然の行動に動揺したエティは動揺しつつもルナを窘めようと言葉を掛けた。
「大丈夫だ、ルナはいつも元気な姿が似合っている。それにその元気は私達皆の心を明るくしてくれるムードメーカーだ。ルナ、これからも元気にいこう!」
ルノアは叱られたルナが萎縮して長所を失ってしまうよりかは、長所をより良く活かしてもらおうと気遣いの言葉を掛けた。
「にゃっほっほー!あたしはいつも元気でいっちゃうのだ!」
ルノアの言葉を聞いたルナは、少し調子に乗りつつ明るく元気に応じるのであった。そして、エティの背中の上で宙返りをしたり排水路の中を所狭しと駆け巡り、時にはおっちょこちょいな面を晒しながらルノア達を笑わせるのであった。
「さて…皆そろそろ眠ろうか」
食事を終え食後の団欒も楽しみ頃合いを見計らったルノアが皆へと声を掛ける。
「賛成ー!あたし、もう眠くなっちゃったよ…」
動き回って疲れたのかルナがすぐさまルノアの提案に応じ、寝座っていたエティの腹部へと寄り掛かり眠りへの姿勢を示す。そんなルナに応じてエティはルナを囲むように姿勢を変え同じく眠りへの姿勢を示すのであった。そんな二匹を微笑みつつ排水路の端っこで眠りに入ろうとするパラ、そんなパラを気遣ってパラの傍に寄り近くで眠ろうとするルノア。
「ど、どうしたんだい?ルノア…?」
ルノアの接近に驚いたパラが戸惑いながらルノアへと声を掛ける。
「ごめん…、パラはいつも一匹を好むところがあるから、少しでも傍にいてあげたくなったんだ…」
パラの事を気遣いパラに惹かれつつもあったルノアは率直な想いをパラへと告げた。
「そ、そうか…、ありがとう…。まだグループに慣れてもいないし…それに…少し恥ずかしいから…」
パラはルノアの好意に気付きつつもあったが、一匹の雌として大切に扱われた経験が無かった為に、どうしたら良いのか戸惑いつつ語尾を濁した。
「…。解った。私はこの場所で眠る事にするよ。適度に距離感があるからパラも安心だろう?」
ルノアはパラの警戒心と安心感、それらが入り混じった葛藤による感情を感じ取り、近過ぎず遠過ぎず適度な距離がある場所で腰を下ろし眠りへの姿勢を取るのであった。
「ありがとう…ルノア…。おやすみ…」
未だ戸惑いつつもルノアからの気遣いに心打たれたパラは、ぼそぼそっとルノアにお礼を述べるのであった。
「うん…、おやすみ…」
それを聞いてルノアもパラへのおやすみの挨拶を掛け深い眠りへと誘われていくのであった。

 静寂に包まれた排水路、目覚めたルナが元気良く叫ぶ。
「じゃっじゃぁーん!ルナちゃん登場なのだ!」
まだ眠っているエティの背中に乗って元気良く目覚めの挨拶をするルナ。
「皆ー?起きろ?起きろー!朝だぞ?というか夕方だぞー!」
ルナは自分が起きたのにまだ寝ている皆に対し不満を感じ大きな声で他の三匹を起こそうとするのであった。
「うぅ…。ルナ…もう少しゆっくりしなさい…」
まだ眠気のあるエティは、あまりに元気の溢れるルナを寝ぼけながら窘めるのであった。
「ん…、朝…か。いや、夕方か…」
ルナの元気さに触発されてパラも目覚めだす。目覚めたパラはふとルノアの方に目をやる。が、ルノアの調子がどこかおかしい。パラはそんなルノアを心配して眠っているルノアに優しく声を掛ける。
「ルノア…?大丈夫か?」
ルナの叫び声や、パラからの心配の声によって目覚めたルノアは、自身の体が重く感じる事態に気付いた。と同時に感じる体温の上昇、発熱。
「ん…。どうやら私は風邪をひいてしまったようだ…。すまない…」
ルノアは自分の状態を的確に分析し皆へと伝えた。
「風邪ー?ルノアは超獣で風邪なんかと無縁だと思っていたよー!」
ビックリしたルナがルノアの風邪を疑問視する言葉を投げ掛けた。
「うぅ…。ルノアさん…風邪でありますか…。暫く安静にして下さい。うぅ…そしたらすぐに治るでしょう」
エティはルノアの体調を深く気遣い快方を願った。
「大丈夫かい?ルノア…。あんた頑張り過ぎるところがあるからな…。偶にはゆっくり休む事も大切だぞ…」
心配しつつも悪い点を的確に述べ、そうした上でルノアの健康を気遣う言葉を掛けるパラ。
「皆…ありがとう…。今日の食糧調達は一緒に参加出来そうにもない…。エティ達の三匹で食糧を確保してきてもらえるとありがたい…。よろしく頼む」
ルノアは皆にあまり心配を掛けないようにと気遣いながら、なるべく元気良く意思表明を告げた。
「うぅ…解りました、ルノアさん。今日は私達で出来る限りの事をやってみます。うぅ…ルノアさんが早く元気を取り戻せるよう美味しい食べ物を確保してきます、待ってて下さい」
エティは覇気に欠けるところがあるが一番の年長者であった為、しっかりした面や包容力に長けていた。そして、そんな特徴を活かしルノアの調子が悪い今、副リーダーとしての立場を買って出たのである。
「ルノア兄ちゃん!あたしも頑張って美味しいもの手に入れてくるかんね!」
とルナはいつもの調子で明るくルノアを励まそうとした。
「ルノア…。あんたはいつも頑張る事を意識し過ぎてしまい、休む事を疎かにする傾向がある。頑張った分だけ休む事も大事だ。休む事は怠けではない、次なる行動への充電期間だ。良い機会だから休む事を能動的に意識するようにして欲しい…」
パラは淡々と厳しく発言しながらもルノアの事を心から想いやり発言を述べた。
「…。皆…ありがとう…。私は仲間に恵まれた事を大変嬉しく思う。今日の食糧調達はエティを中心とし頑張ってきて欲しい。私は一刻も早く風邪を治すよう心掛けたいと思う」
ルノアには常に自分が優れた存在でなければ他の獣から認められないという思い込みがあった。けれども実際に調子を崩した今、それを支援してくれる仲間達がいる。その仲間達の存在に深い温かみを感じ嬉しさに満たされるのであった。
「よーし!そうと決まったら早速行動しよう!」
行動的でせっかちなルナは皆へと行動を促すのであった。
「うぅ…ルナ。もう少し時間が深まるのを待ちましょう。うぅ…人が眠りにつく頃こそ我々が自由に活動出来るチャンスです」
エティは副リーダーの任をしっかりと勤め上げるかのように、逸るルナを自制させつつもルノアのやっていた事をしっかりと継承するように心掛けた。

 やがて闇も深まり絶好の活動時間帯を得た獣達。排水路の出口付近で空や周囲の様子を伺っていたパラが皆へと声を掛ける。
「…、そろそろ、頃合いだと思う…」
「おーし!ほんじゃいっちゃおぅ!」
パラの発言を聞き、待ちくたびれていたルナが大きな声で応じる。
「うぅ…ルノアさん、それでは言ってまいります。どうかお大事に…」
エティは出発の旨を伝えつつもルノアの体調を気遣う言葉を投げ掛けた。
「ルノア…。美味しいもん持って帰って来てやるからな、待ってろよ」
パラはルノア一匹を排水路に残す事を心配しつつも、暗くならないように明るく期待させる言葉を投げ掛けた。
「…ありがとう…。エティ達の活躍を心待ちにしながら体調の回復に努め大人しく待っているよ」
ルノアは横たわりながらもエティやパラにあまり心配を掛けぬよう気遣う言葉で応じた。
「ルノア兄ちゃん!行ってくんね!美味しいもの期待しちゃっていいよ!」
ルナが出発直前にルノアへと明るく励ます。
「うん…。ルナの活躍を期待しているよ…」
そう応じたルノアを尻目に三匹は闇夜の中へと進み往くのであった。どこに行って食糧調達をするか?エティ達はルノアがいない事もあって、住宅街の飲食店にて少量を調達する事を決定した。エティ達なりに低リスクな手段を取ったつもりであったが、いざゴミ箱の蓋を開けてみるとめぼしい食べ物は殆ど見付からないのであった。そんな中でも必死にエティが食べられそうなものをゴミ箱から外へと出し、出されたものをルナとパラが仕訳していく。
「…これだけじゃ…とても足りない…」
仕訳しながらパラが思わず呟いた。
「うぅ…取り敢えず、ここでの確保はこれで終わりにしよう…」
エティはそう告げると出された余分な袋をゴミ箱へとしまい蓋を閉めるのであった。エティ達三匹は食べ物の入った袋を咥えながら排水路へと足取りを進めた。これだけの食糧では足りない、ルノアの病気の為にも質の良い食糧を確保したい、どうしたものか…。そう思案しながら歩みを進める途中に畑の側を通り掛かる事となった。エティはそこで以前にルノアが食糧確保についての説明をしていた事を思い出した。その時ルノアが挙げた四つの手段の内、下から二番目の手段である、リスクは相応に低かろう。エティは畑から食糧を確保する案をルナとパラに話す。そして賛同を得たエティは三匹で畑へと侵入するのであった。
「うぅ…私が大体のものを掘り返します。うぅ…それなので細かな収穫などはルナとパラさんにお願いしたいのですが…」
エティは自らの体の大きさを活かし適役と思われる掘る事を自ら進んで買って出た。そして細かな切断や袋詰めをルナとパラにお願いするのであった。
「エティ!わかったのだ!ルナ頑張っちゃうぞ!」
ルナは張り切って元気よく応じた。
「了解した。適切な役割分担だと思う。エティさん、こちらこそよろしくお願いします」
パラは冷静にエティの案を判断し同意した。二匹の返事を確認したエティは早速畑に埋まった野菜を掘り出すのであった。掘り出された野菜は紫色で長くサツマイモと呼ばれるものであった。エティが掘り出したサツマイモをルナとパラが茎を噛み切り袋へと詰めていく。大した時間も掛からず袋は一杯になるのであった。
「エティさん、もう十分です。袋が一杯になりました」
袋詰めをしていたパラが一生懸命掘っているエティへと声を掛ける。
「うぅ…そうでしたか…。良かったです。うぅ…これでルノアさんを安心させてあげる事が出来ます」
エティは、ほっとした表情を浮かべ自分が持つべき大きな袋を咥えるのであった。
「ほいじゃー帰ろ!ルノア兄ちゃんが待ってるかんね!」
ルナが元気よく帰還を促す。頷いたエティとパラと共に三匹は排水路への帰路を急ぐのであった。

 排水路で一匹療養の為に留守番をしていたルノアはエティ達がうまく食糧を調達してきてくれるかどうか心配していた。何事も無くうまく事が運べば良いが…、特に人間との対立に発展するような事があってはいけない。人間と対立してしまっては恐らく私達は滅ぼされてしまうだろう…。強者である人間から独立した生き方をしつつも、その人間のおこぼれを頂き生を得て動物達の獣生を保全する。出来る事なら人間に叛旗を翻してしまいたい、しかしそれだけの実力は獣には無い。しかし勝てないからといって従属して奴隷や家畜のようには生きたくはない。人間に従属しないからこその自由がある、そしてそれは同時に厳しさをもたらす。自由と厳しさ…自由を得る事と平穏を得る事…本当の幸せはどちらなのだろうか…。人間に適切に飼育された猫は十五年や二十年を生きると聞く、しかし野生の猫は三年程度で寿命を迎えてしまう…。自由を失う事での長寿や平穏、自由を得る事での短命や危険…。比べる事が愚かな事なのであろうか…しかし…。ルノアは人間という為政者によって支配されてしまう動物達に想いを馳せていた。為政者達は自分達の平穏の為に他の動物達に相応の平穏を与える。しかし、その理由は為政者達が自らの立場を維持し、より大きな平穏を維持する為の偽善行為だ。その証拠に為政者達は自分達の平穏が危うくなってくると冷徹に自分達より弱きもの達を切り捨て犠牲にする。全ての為政者がそうだとは言い切れないが大多数がそうである現状を踏まえれば、安易に人間に従属しようなどという気持ちは抱かなくなってしまう。人間なんかに幻想を抱いた動物達は自由の無い狭い空間に閉じ込められ見世物とされ、自由の無い狭い空間で飼育され人間の食糧にされ、更に酷な事は人間の都合で殺処分されてしまう…。同じ一つの命であるはずなのに人間は生殺与奪を自由に動物へと行使する、行使される側の気持ちなど考えもせず、自分達の平穏が維持されていればそれで世界は平和だと思ってそこから先の事は考えない。人間は平和を声高く訴えるが、その内容は主観による平和であって自分や自分が大切にするもの達が平和であればそれで良いものと思っている。しかし現実は、誰かにとっての平和は誰かにとっては平和ではなく、その平和では無いと感じる立場に立たされるものは人間だけに限った事ではないのだ。そんな事も解らずに人間社会で自由を失った人間が、より弱きものを虐げる事で鬱憤を晴らそうとすらする。まったくもって世の中というものは…。ルノアはエティ達の帰還を待つ間に生きてきた軌跡による溢れる想いが脳裏に浮かび不満を一匹ぼやいていたのであった。

「ルノア兄ちゃん!ただいまー!元気になったー?」
排水路へと辿り着いたルナが元気よく奥に居るはずのルノアへと向かって叫び声を掛けた。その叫びと同時に排水路の中へと入り奥へと進む三匹。
「皆お帰り。苦労を掛けたね、ありがとう」
ルノアは座っていた状態から立ち上がり三匹へ向かって苦労を労うのであった。
「たくさん食糧を調達出来たんだ、これでルノアも元気になれるさ」
パラは嬉しそうにそしてルノアを喜ばそうと想いを込めて言葉を投げ掛けた。
「うん、それは楽しみだ。いつまでも不調のままでは居られないからな」
仮にもリーダーである立場な以上、無理はしなくても相応に頑張り皆の獣生を充実したものにする責任がある。ルノアは自分が不調である時に快く動いてくれた仲間達に感謝しつつも、なるべく早く復帰したいと願っていた。
「うぅ…ルノアさん。食糧調達はリスクの低い方法を選択し、始めは住宅街の飲食店に行きましたが量は少なく…。うぅ…次善の方法として次にリスクの低そうな畑で食糧を調達してきました。そこでたくさんの調達に成功しました…うぅ…」
エティはルノアの基本方針に則りリスクの低い方法を選んで実行してきた。そして成果を上げたのでルノアには満足してもらえるものと思い報告したのであったが、
「畑…か…。足跡はしっかりと消してきたであろうか…?」
エティの報告を聞いたルノアは、成果よりも今後の危険について意識が向きエティへと疑問を投げ掛けるのであった。
「うぅ…足跡…。うぅ…すみません、そこまで気が回らなかったです…。うぅ…何か問題がありますでしょうか…?」
エティはルノアの為に皆の為に、考えられる最善の方法を取ったつもりであったが、それに難色を示したルノアの発言に少しショックを受けつつ返答した。
「ん~……。獣の足跡が残っており農作物が無くなっていたとなると、人間は獣に対して警戒を抱くようになる…。そうなると次回からは何かしらの対策を講じられると思う…」
エティの低姿勢な説明を受けて、そして自分の為に頑張ってきてくれた心遣いを感じ、ルノアはエティを責める気持ちにはなれず淡々と今後の危険性について説明するのであった。
「うぅ……、その点まで考えに及びませんでした…。いますぐ畑に戻って足跡を消してきます」
エティは自らの失態を挽回するべく、そう発言しながら排水路の出口へと向かおうとしたが、
「エティ…。畑に住まう人間達の朝は早い。今から向かうと下手すれば人間と鉢合わせになってしまう。…過ぎた事は仕方がない、それよりもエティ達が頑張って調達してきてくれた食べ物を今は皆で楽しく食べよう。たくさんの食糧、ありがとう」
ルノアは冷静に状況を分析しつつも、悔やんでいるエティを労いネガティブな気持ちを緩和するように言葉を掛けた。
「うぅ…ルノアさん、ありがとうございます」
エティは言葉に詰まりながらもルノアの寛大な言葉に礼を述べた。
「さぁ、皆腹ペコだろう?早速分配して食べようじゃないか」
ルノアとエティの話を見守っていたパラがタイミング良く話を切り替え明るく振る舞った。
「うんうん!あたしお腹ペコペコだよー!早く食べよ!食べよ!」
難しい話はよく解らないルナは食事の話になった途端に明るくなり皆へと食事を急いて促すのであった。パラやルナの発言に促され皆で食糧の分配を行う四匹達、食糧の殆どがサツマイモであった為か分配は迅速に終わり、皆それぞれが食べ出し始めるのであった。美味しそうに食べる四匹達、食事は野生に生きる獣達にとって至福とも呼べる幸せな一時でもあった。一番小さいルナが食事を最後に終えたのであったが喉の渇きを訴え騒いだ。
「サツマイモ…美味しかったけど、パサパサしてて喉渇いたよー!」
ルナは美味しかった気持ちと、パサパサしていた不快感を入り混じらせながら可愛らしく怒りの感情を露わにした。
「そうだね、確かに美味しかったけど私も喉が渇いた。皆で水を飲みに行こうか」
ルノアはルナを宥めるように皆へと水を飲みに行こうと促すのであった。排水路を出て川沿いに降り水を飲み出す四匹達、その四匹達へと心地よい風が通り去って行くのであった。水を飲み終えたルノアは、
「まだ辺りは暗い、人間達も起きているかも知れないが闇夜に乗じて畑の様子を見て来ようと思う。幸い私は夜目が効く、遠くから様子を伺うだけに留めるから皆は排水路で待っていてくれないか?」
調子を取り戻し始めたルノアは責任を果たす為に三匹へとそう告げるのであった。
「元気にはなっているけど病み上がりで心配だ、あたいも一緒に着いて行くよ」
ルノアからの恩や愛を感じていたパラは自分も何かルノアにしてあげたいと思っていた事もあって、ここぞとばかりにそう主張した。
「パラ、ありがとう。それでは私達二匹で行ってくる、エティとルナは排水路で待っていてくれ」
「はいはーい!エティと一緒に遊んで待ってるよ!」
「うぅ…ルノアさん、ありがとうございます。うぅ…どうかお気を付けて」
二匹に見送られルノアとパラは畑へと足音を立てないように急ぐのであった。畑に近づくにつれ走る速度を落とし、より無音に近い移動を試みながら畑へと接近するルノアとパラ。畑に隣接した草の陰に身を潜め畑の様子を伺う…。何やら動く影が視界に入る…人間か。それと四角い箱のような物を人間が持ち畑の要所要所へと設置している光景を確認するのであった。
「あの箱のような物は何だろう…?」
パラが疑問に思い呟いた。
「…あれは、罠だな。恐らく畑を獣が荒らした事を理解したのであろう。その対策として罠を設置している。…畑を供給源にする事はもはや難しいかも知れない」
「よし!人間の動きは確認出来た。長居は無用だ、速やかに帰還するとしよう」
ルノアは冷静に状況分析をし、その役目を終えると素早く撤退するのであった。パラは折角二匹きりになれたのだからと、もう少し長くルノアと一緒に居たかったが、そうする事も叶わずルノアの指示に従い共に排水路へと帰るのであった。
「ただいま」
排水路へと帰還したルノアは奥に居るエティとルナに短く挨拶をした。
「うぅ…ルノアさん、お帰りなさい。うぅ…畑の様子はいかがでしたか?」
心配そうにルノアに様子を伺うエティ。
「人間は畑に罠を設置しているところだった。畑からの供給はもう難しいかも知れない。今後は別の場所から食糧を調達しよう。何、他にも候補は幾つもある、心配しなくて大丈夫だ」
ルノアは冷静に観察した様子を説明しつつも、エティが責任を感じないよう考慮して安心させようと気遣う言葉を投げ掛けた。
「うぅ…ルノアさん。うぅ…気遣いありがとうございます」
「私が調子を崩してしまったのも悪かったのだ。気に病まず、いつものエティで居て欲しい」
ルノアは重ねてエティを気遣い、この件はこれで終わりにしようと話を結んだ。
「ねーねぇ…。あたし…もう眠くなってきちゃったよ?」
食事も終え遊び疲れたルナが眠気を訴える。
「うん、今日は色々とあったが皆無事で良かった。皆眠ろう、おやすみ…」
ルノアの発言を聞き皆々は眠りへと入る。疲れていたのか皆すぐに寝入ってしまうのであった。



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