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「虹獣(コウジュウ)」4章:イレス 3話:多面(タメン)

 リルトをなだめ終えたイレスは、リルトを傍らに置きながらドグマとルフゥを呼び出す。
「ドグマ。ルフゥ。おいで」
「なんだよ、イレス姉ちゃん」
ドグマが弱っている自身を隠しながら強がって応える。
「なんでしょう、イレス姉さん」
ルフゥは弱りながらも気をしっかりさせようとしつつ応える。
「これからどう生きていくか、しっかり考えて話し合いましょう?」
イレスは温和に優しく語り掛ける。
「どう生きていくかだと?そんな事を言っている場合か?こんな狭い檻の中にぶち込まれて、これからなんてあるものか!」
ドグマが激高して叫ぶ。生き抜く術を失ったドグマはイレスの言う事を戯言と感じ、半ば八つ当たり的に言葉をぶつけるのであった。
「イレス姉さん、ドグマの言う事には一理ある。これからを考えるより先に、この檻から脱出する術を考えるのが妥当ではないであろうか…?」
ルフゥが生真面目に現状を把握した上で優先すべき事を述べる。
「そうね、ここから脱出するのは大事な事ね。でも、人間が作った檻から脱出するのは簡単な事ではないでしょう。そして脱出出来たとしても成長がなければ同じ事を繰り返し、また檻に舞い戻ってしまうわ。まずは内面の成長を促すのが良いと思うの」
イレスは淡々と温和に意見を述べる。リルト、ドグマ、ルフゥ、イレスの中でイレスのみが精神世界のみに生きている。それが故に物事を客観的に捉えやすく現状のみに捉われた視点とは違った視点で見つめる事が出来ていた。
「内面の成長だと?そんなもの必要あるものか!いかにして獲物を欺き、屠り、貪るか?それが生きる為の全てだ!」
猛るドグマ、そのドグマを制するようにルフゥが口をはさむ、
「その結果が我らが現状であろう。例え檻から出られたとしても同じ生き方をしていては、同じ結果を招くだけだと思う。ここは一つイレス姉さんの話をじっくりと聞いてみないか?」
イレスを得た事によって元来の冷静さを取り戻したルフゥがドグマをたしなめる。
「へーへい。イレス姉ちゃんの言う事を取り敢えずは聞いてやるよ。だが、納得いかなければ、この檻を食い破るぜ!」
ドグマはイレスの言う事に半信半疑であった、それよりも信じる自分の力で現状を打破する術を考えていたのだ。

「ありがとう。ドグマ、ルフゥ。これからを考えるにあたって今までの過去の嫌な事で溜め込んでいるものがあるんじゃないかな?まずはそれを吐き出してスッキリするのが先決かと思うのだけど…どうかな?」
イレスは冷静に状況を客観的に観察しつつも温和にそう促した。その言葉を聞き、生真面目で完璧主義であったルフゥが思いの丈を吐露し始める、
「人間達との共存は無理なのであろうか?動物達が幸せに天寿を全うする事は無理なのであろうか?自分の想いや理想は現実に即しておらず単なる夢物語だったのであろうか?解らない…自分はどうしていたら良かったのだ?これからどうしたら…」
ルフゥはボソボソと思いの丈を吐露した。
「人間達との共存は難しいわね、彼らは基本的に利己的だから自分達の幸せしか考えていないもの。でも、動物達の幸せは可能だと思うの。ルフゥの良くなかった点は気持ちの順序を間違った事よ。自分の幸せの為に他の動物達を幸せにしようとした、そうでなくて他の動物達の幸せの為に結果的に自分も幸せになった。こういう意識改革が必要だと思うのよ」
イレスは淡々と客観的に優しく温和にという口調を変えずに応えていく。
「他の動物達の為に尽くして自分も幸せになるか…。自分は他の動物達に尽くしているフリをしながら、その実、尽くされる事を望んでいたフシがあるのかも知れない…。その根底にあるのはリルトが満たされなかった気持ちを癒そうという想いが無意識に出ていたのであろう。しかし、頭では理解出来ても満たされなかった想いをどう消化したらいいのだ…?」
頭の良いルフゥはイレスの言わんとする事を即座に理解した。理解しつつも消化し切れない想いが心の底に溜まっていたのだ。そんなルフゥに対しイレスは変わらず優しく温和に、そして明るく元気に語り掛ける。
「その為にうちがいるのよ。うちは精神的にあなた達を支える為に生まれてきたの。見て…、リルト今は落ち着いているでしょう?満たされなかった想いが満たされ出したのよ。これからはリルト本来の良さが活きてくるわ」
「ルフゥ?あなたは生真面目で完璧主義だから、何もかも全て自分で背負い込もうとしていない?それはとても辛くて大変な事よ、無理をし続けては心身にも支障をきたすわ。無理をしてでも頑張ろう生き抜こうとした姿勢は素晴らしい事よ。でも、もう一匹で無理して頑張る必要はないのよ。リルトもドグマもうちも居る。辛い事や大変な事は皆で分け合いましょう、そうすれば辛さは四分の一で済むわ。頑張る事、生き抜く事は皆で協力しましょう、そうすれば生き抜く強さは四倍になるわ。今までリルトやドグマを守ってくれてありがとうね」
イレスの話を聞き、ほっとしたルフゥは肩の荷が下り、こわばっていた表情が柔らかに変化した。イレスによって安らぎを得たルフゥは一歩下がり、ドグマへとその居場所を譲るのであった。

「ドグマ、おいで」
そうイレスに促されたドグマは渋々とイレスの前に姿を現す。ルフゥとイレスのやり取りからイレスへの不信感を緩和させていたドグマであったが、どうしようもない想いが心の中に引っかかっていた。その想いを隠すかのように強がってドグマは応える。
「なんだい?イレス姉ちゃん」
「もうー!相変わらずなのね。ドグマ、ここにはうちらしか居ないんだよ?常に強くあろうとしなくても大丈夫なんだよ。そんなにいつもいつも強くあろうとしていたら疲れちゃわないかな?」
イレスは温和に優しくドグマを導くような語り方をしドグマの反応を伺う。
「そうは言ってもよ、イレス姉ちゃん。俺は生き抜く事に特化して生まれた獣格だ。その長所を無くしてしまったら俺の存在意義が無くなっちまうじゃねぇか!」
「そんな事ないよ、ドグマにはドグマの良さがあるもの。ただ一匹で生きようとした結果、それが悪い結果も生んでしまっただけだと思うな。ドグマの生きる為に貪欲な姿には、リルトもルフゥも勇気付けられたと思うの」
イレスからの予想外な言葉にドグマは驚き不思議に思った。
「勇気付けられた…?俺はそんな事は一切考えていない。毎日をどう生きるか生き抜いていくかで必死だったんだ…」
ドグマがイレスの話につられ思いの丈を吐露し始める。
「そう…必死だったんだ…。虫どもを貪る事も、子猫を欺く事も、鶏を屠る事も、全ては必死に生き抜こうとした結果だったんだ。なのに…その生き抜こうとした結果、俺はあの子を殺して食ってしまった…」
いつも強気なドグマが弱音を吐露する。
「何かが違っていれば、環境が良好であれば、食糧が豊富にあれば、俺が俺でなければ…。あの子は幸せな獣生を送れていたかも知れない。俺の良きパートナーとして一緒に幸せを分かち合えていたかも知れない…。それなのに…俺は…」
強がり溜め込んでいた反動か、弱気になったドグマは堰を切ったように弱音を吐き出し始めた。
「うん…、そうね…。生きる事は必死な事だもんね。同族を食べてしまった事はよくなかったね。でも済んでしまった事は仕方がないのよ。過去は変えられない、変えられるのは未来。本当にあの子の事を悔やんでいるのなら、ドグマがこれからどう生きたらあの子が報われるかを考えてみるのはどうかな?」
「あの子が…報われる生き方だと…?喰った分だけ生き抜く事か…?強く…より強く生き抜いて…」
「んー、半分正解。強く生き抜く事はドグマの長所でそれは素晴らしい事だと思うの。だけど、それだけでは以前と同じ繰り返しになってしまうわ」
「なら、どうしたら…!」
想いがいっぱいいっぱいのドグマは答えを焦る気持ちが逸り猛り叫ぶ。
「ドグマが必死にならなくてはいけなかった環境も、あの子が食べ物がなくてドグマを頼った環境も、もとはと言えば人間達が好き勝手をして他の生き物の事なんて省みなかったからでしょう。単純に食糧が豊富にあればドグマはあの子を食べる必要性がなかったし、あの子もお腹いっぱい食べれていたでしょう。そう考えると第二第三のあの子を作らない為に何をしたら良いと思う?」
「…、食糧の確保と定期的な供給。ルフゥがやろうとしていた事だな…」
「うん!そうね、そこが私達動物の重要課題だと思うの。以前はルフゥ一匹だから失敗してしまったけど、今は四匹居る。皆で協力して何か上手な生き方を模索しましょう」
「解ったよ…イレス姉ちゃん…」



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