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セーラー服 青

セルリアンブルーだけ妙に乾くのが遅い。

セルリアンブルー。思わず巻き舌になってしまいそうな響き。高校の美術の授業ぶりに引っ張り出してきた絵の具セット。アクリルガッシュって久しぶりに見た字面。キャップを緩く閉めたせいでほとんどの色の絵の具が出口付近で固まっていた。
ここ数年ずっとデジタルで絵を描いていた。12色入りの絵の具と違って、色相環から選ぶ色は無限通りあった。くるくるとそれを回して色を選んで、彩度と明度を調節する。違うと思ったらやり直し。お気に入りは青と緑のちょうど中間で、不透明度は30パーセント。初音ミク。

セルリアンブルー。たしか空という意味の青。どうして?と思わず呟く。私は彼、または彼女が仲間外れに見えて仕方がなかった。どこから来たの、どこの国からやって来たの。たぶんチューブの上の方にメディウムが溜まってしまいすぐには乾かないんだろう。アクリルガッシュは乾くのがものすごく速いからちょっと急ぎめに塗る必要があった。彼だけが上から足した色に馴染んで濁った。

原色に近いコバルトブルーよりも少し彩度を下げて緑を足した、やっぱりそれだけが外れ値だった。

水色が似合うねって言われた。あなたは水色の服が似合う。あの子は緑で、あの子は赤で、黄色。黒、白、私の服はいつも水色。72dpiの色眼鏡でしか人を捉えられない哀れな、私。
小さい頃から戦隊モノのアニメキャラクターでの自分のポジションは青だった。私が青で妹がピンク。洋服も浮き輪もシール手帳の表紙もいつも決まった色で青。
中学に上がって初めて着た制服は青に近い紺色のセーラー服だった。家族や友達からも制服がよく似合うねって褒められた。写生大会で描いた空。青チャート。美術で自画像をテーマに描いた絵には赤色の絵の具を中心に用いた。美術の先生だけがその絵を褒めてくれた。紺色、赤。

ボブカットとセーラー服が海風に揺られている。
青空と入道雲をバックに、砂浜のベンチで、たぶん黒猫が隣で昼寝をしている。彼女はそれを時々撫でながら、時々小説のページをめくる。セーラー服だけが持つ神秘。

画像生成AIのイラストを見てもAIの絵だ、としか思わない。滑らかで不自然で生気がない。そんなことより、私はこのイラストを生成するにあたって学習した膨大な数のクリエイターの作品のことが気になった。本当に何も思わなかったの?この世界が既におかしいってことも、ぜんぶ分かった上で真似したんだ。イラストレーターが苦し紛れに描いた人生をすべて均して生成した正しさ。吐き気がした。だってこんなにも狂った世界。水着を着たアニメキャラが浜辺でポーズを決めてるイラストだって、たぶん元の制作者はしばらく青空も海も見ていないよ。狂気は青色じゃない。私は早くこの世界を壊してしまいたかった。何もかも噛み砕かないまま勝手に進んでいく世界に腹が立った。地球は青かった、なんだよそれ、なんにも青くないじゃん。

青春はどうして青春なの。私の青春は青くなんかなかったよ。文庫本のクリーム色と染められなかった黒髪ときっとそれだけだ。埃っぽい教室。春よりも夏が、夏よりも冬がずっと長くて、桜は卒業式では咲かず入学式の頃には散っていた。

高校の時に仲良かった友達が誕生日にくれた青色が入ったアイシャドウ。似合うと思ってって、実は未だにそのアイシャドウをつけた事がないんだ私。似合うと思って。似合わなかったらどうしようと思って。キラキラと光るラメ入りのアイシャドウ、先延ばし癖で目的も何もかもを見失った空虚な日々。
最近ずっと絵を描いていた。柴崎先生がアクリル絵の具は指でぼかしてもいいってことを教えてくれたから、最近ずっと右手の指の腹が絵の具で汚れていた。さっき半日ぶりに鏡を覗いたら、卒業制作に追われる美大生さながら顔にも絵の具が付着していた。右目の瞼に青色が乗っていた。
アクリルガッシュのラメなしのアイシャドウ。なんだ、意外と似合うじゃないか。

食欲減退色で、青色のお皿はダイエットにもいいってきっとそれは正しくて、だって青空の下で海を眺めながら食べるお弁当はなんだか本当に味気ないんだもの。世界の広さに圧倒されて味なんて感じられないんだもの。海で泳いだ後に食べる塩おにぎりだけが特別なんだよ。それだけは本当に、たぶん世界一美味しい。

私は世界の青さを信じることが出来ませんでした、ユーリイ。コバルトブルーもセルリアンブルーもターコイズブルーも何もかも信じることが出来ませんでした。彩度も不透明度も限りなく下げて、何度も重ね塗りした初音ミクの髪の毛が、ネクタイが、自信なさげにブルーライトを発している。

夏祭り、淡い青色の浴衣と青緑色のハンディファン。撮ってもらった自分の写真を後で見返してみたら、フラッシュを焚かなかったせいか真っ暗で浴衣の色も何も分からなかった。色は夜の闇に溶けてシルエットだけが夏祭りを楽しんでいた。炎色反応で輝く花火だけがカラフルに町を彩っていた。
せっかくラメ入りのアイシャドウつけたのにさ。

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