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Laura Groves "Radio Red"

Aug 11, 2023 / Bella Union

イギリス・ウェストヨークシャー出身のシンガーソングライターによる初フルレンス。

情報の整理。本名の Laura Groves 名義ではこれが初フル作になるのだが、彼女は Blue Roses というソロユニット名で2009年にもアルバムデビューを果たしている。セルフタイトル作 "Blue Roses" はアコースティックギターやピアノの弾き語りに最低限の装飾を加えた正統派フォークポップ作。シアトリカルで情感豊か、なおかつ奇矯にならない上品さを備えた彼女のボーカルはとても魅力的なもので、当時のインディロック隆盛期の音楽シーンにおいて各メディアから賞賛されていた。だが Blue Roses としての活動はこの1枚きりで終了。その後は本名名義で数枚の EP 作をリリースしたり、マルチ奏者として Bat for Lashes のライブバンドに参加したり、Glass Animals や Elbow のツアーに帯同したりと、マイペースながら着実に経験を積み上げてきた。そんなこんなで "Blue Roses" から実に14年の月日が経ち、ようやくフルレンスの完成へと至ったのである。

過去に Portishead などを手掛けてきたミックスエンジニア TJ Allen の助力を得ながら、基本的には彼女の自宅にてセルフプロデュース・セルフレコーディングにより制作されたという今作。Blue Roses 時代はアコースティック楽器が基調だったのに対し、ここではシンセサイザーなどエレクトリック楽器の方が主役。それも柔らかな丸みを帯びたドリーミーな音色が多用されていて、先鋭的、実験的というよりも親しみやすさの方が先に来る。空間的な広がりがある一方で音の輪郭がぼんやりと滲んでおり、薄いベールを一枚隔てているかのように、どこか奥まっていて翳りがあり、ミステリアスな印象が全体に共通している。オープナー "Sky at Night" からあまりにも甘美で目映い世界観がパッと開け、即座に彼女の歌の虜と化してしまう。アルバム表題の "Radio Red" とは、自宅の近くにある電波塔の赤い光を差すとのこと。電波を傍受して遠く離れた人へメッセージを届ける電波塔の存在からインスピレーションを受け、心を通わせる時の喜びや切なさを主たるテーマにしたのだと。80年代シンセポップ、何なら日本の歌謡ポップスとも親和性の高いスウィートなメロディに乗せ、夜空へと思いを託す歌声はこの上なくロマンチックで、自分が今年聴いた中でも屈指のキャッチーさを持って胸に響いてきた。

ただ、あからさまに高揚感があってキャッチーなのは "Sky at Night" くらいで、それ以降は抑揚を抑え、アンビエント風の静けさを湛えながら、ジワジワと切なさを浸潤させてくるバラード調がメインとなる。もちろんそちらもそちらで美味なもの。それこそ先述の Bat for Lashes であったり、もっと遡れば Kate Bush の領域にも通じるファンタジックな美しさが満載。しかし彼女の場合はエキセントリックな要素は薄く、代わりに清涼感があって伸びやかな、真っ当な意味での歌唱力の高さが手伝っての敷居の低さがある。サウンドはエレクトリックだが、曲構造自体はあくまでトラディショナルな歌を聴かせるフォーク由来のものなのだ。中でも白眉は、以前にコラボレーションを果たしたこともある Sampha を客演に招いての "D 4 N" だろう。良い意味でチープな感触を残したシンセサウンドが懐かしい未来を演出する中で、分厚く重なる二人のコーラスがスペーシーな音世界をさらに深遠なものに仕立て、思わず陶然とするほどに神秘的な、それでいて子守歌のように親密な魅力を生み出している。

自分の家で、ほとんどを自分の手で作り上げたこの作品は、決して野心的な素振りを見せているわけではない。14年ぶりのリリースにあたっての力みも存在しない。ただ自身の思うままに音を重ね、内なる感情を開放する時のカタルシスばかりがある。ささやかな自由がアルバムの全曲を貫いている。彼女にとって重要なシンボルとなった電波塔のごとく、ここにある音や言葉が多くの人の感情の架け橋となれば、それはとても素敵なことだと思う。

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