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2021年間 Sam Gendel ベストトラック10選

「2021年を代表するミュージシャン」と言われた時、あなたは誰を思い出すだろうか。彗星のごとくデビューした Olivia Rodrigo か、ビルボードで今年最大のアルバムセールスを記録した Adele か、相変わらず色んな意味で物議を醸した Kanye West か、日本国内においてもトップを走り続ける BTS か。確かにどれも納得できる。だがそんなスターダムの裏側で、アンダーグラウンドの好事家から今年特に注目を集めていた人物と言えば、サンフランシスコ出身のサックス奏者 Sam Gendel だろう。単独、コラボ、ゲスト参加、リミックスなど諸々の仕事を含めれば、今年は彼の名前がクレジットされている作品がリリースされない月はなかったのではないかというくらい、ジャンル問わずあちこちから引っ張りだこで八面六臂の活躍を見せていた。自分も彼の動向には昨年から注目していて、Discogs などを頼りに何とか追いかけてはいるのだが、いかんせん作品数があまりに多いものだから、正直言ってすべての仕事を完璧に網羅できているわけではないと思う。なのでいささか恐縮ではあるが、彼の軌跡を改めて確認する意味合いも込めて、自分が特に優れていると感じた Sam Gendel 関連の楽曲を10曲選出し、リストを作ってみた。サックスやエレクトロニクスなどを駆使して編み出される彼ならではの摩訶不思議なサウンドスケープに、まだ未体験の方は以下で触れてみてほしい。

また、この記事を基としたプレイリストを Apple MusicSpotify で作成してあるので、時間のある方はこちらもどうぞチェックを。




10. Sam Gendel "Eternal Loop"

Feb 26 / Leaving

Sam Gendel の本業はもちろんサックス奏者でありジャズミュージシャンなのだが、同時に彼はマルチプレイヤーでもあり、エレクトロニック方面への造詣も深い。この楽曲は幻惑的な浮遊感のあるシンセサウンドを分厚く重ねてループし、そこにボサノバ風のサックスやアコースティックギターをささやかに添えるといった作り。ノスタルジックな優しさを醸し出しつつ、色味が不明瞭でシュールな感覚も曲全体に通底しており、そのため個人的にはアンビエントと言うよりも Oneohtrix Point Never のようなヴェイパーウェーブの奇妙さに通じる部分が大きいように思う。安らぐような居心地の悪いような、どこか一定の感触に着地しない曲調はすでに彼らしさの象徴と言えるかもしれない。

※Twitter にて情報を頂いたので追記。この曲は João Gilberto "Estate" のサンプリングで成り立っているとのこと。聴き比べてみて笑ってしまった。アウトロ部分のまんま使いじゃないか。それであれば自分のヴェイパーウェーブ的という印象もあながち間違いではないか…まあヴェイパーウェーブは「忘れ去られた過去の引用」というのがキモなのであって、João Gilberto をそんな風に言うと色んな方面から怒られそうではあるが…。

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9. Brijean "Ocean (Sam Gendel Remix)"

Jun 3 / Ghostly International

Brijean は Toro Y Moi や U.S. Girls などのサポートも務めるパーカッショニスト Brijean Murphy と、マルチプレイヤー兼プロデューサーの Doug Stuart によるカリフォルニア出身のポップユニット。原曲はラテン/ボサノバテイストを軸にチルウェーブ的なシンセサウンドの心地良さを加味し、アンニュイな歌声が少し Stereolab を想起させたりもする洒脱なドリームポップなのだが、この Sam Gendel のリミックス版では不協和音スレスレのフリーキーなシンセ使いが満載、またミックスのバランスもやけに歪だったりで、原曲にあったチルアウト感はすっかり明後日の方向に捻じ曲げられている。「美は乱調にあり」を地で行く流石の仕上がりで、やはり彼の辞書に「着地」という単語はないようだ。

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8. Sam Gendel "Landcruiselife"

Dec 8 / Leaving

上記の "Endless Loop" を含むアルバム "Fresh Bread" には "Nara Deer" や "干し芋" といった日本にインスパイアされたと思しき楽曲があったり、昨年発表のアルバム "DRM" では草原や山岳などを放浪する様子をいくつも MV にしたりと、彼の中で「旅」というのが重要なキーワードとして存在しているのかもしれない。ならばこの "Landcruiselife" という曲名は彼のミュージシャンとしての信条とも言えるのかも。この楽曲を含むアルバム "AE-30" は、今年の夏にアイスランドを訪れた際、Roland 製のサックス型シンセ AE-30 を用いて、全曲を屋外で制作したとのこと。風の吹き荒ぶ音が思いっきり混入する中で取り留めもなく音を鳴らす内容は、楽曲と言うよりも実験の断片、制作途中の段階を収めたドキュメンタリーの様相を呈しているが、着想を得ている真っ只中の状態を生々しく切り取ったという意味では、実はここにこそ Sam Gendel の魅力の最もコアな部分が表れているのでは…と思ったり。

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7. Carlos Niño & Friends "Thanking the Earth (with Sam Gendel & Nate Mercereau)"

May 7 / International Anthem

Carlos Niño は DJ やプロデューサーなど多彩な顔を持つカリフォルニア出身のパーカッショニスト。彼が今年発表した "More Energy Fields, Current" はその "& Friends" なる名義が示す通り、曲毎に多くのゲストプレイヤーを招いているわけだが、この曲で Sam Gendel が担当するのはサックスではなくビブラフォン。しかしながらアンサンブル内における立ち位置、表情はいつものサックスの時とほとんど同じなのが面白い。穏やかな波の音が醸し出すチルムード、そこからダイナミックな起伏へと移る演奏の中で、Sam はサックス同様にエフェクターを噛ませてビブラフォンの音色を加工し、不思議なコード感で完全に周囲と調和するでもなく、かと言って極端に尖った異物感を発揮するでもない、絶妙な距離を保ちながら楽曲を独自の手つきで彩っている。さり気ない素振りではあるが、このビブラフォンがあるのとないのとでは曲全体の印象はかなり変わってくるだろう。

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6. Celia Hollander "12:55 PM (Sam Gendel Remix)"

Aug 25 / Leaving

Celia Hollander はカリフォルニア出身のプロデューサー。彼女が今年発表した初フルレンス "Timekeeper" は、時間の経過とともに変化する感情やエネルギーを電子音で表現した内容とのことで、収録曲のすべてにはこの楽曲のように特定の時間がタイトルに冠せられている。ここでの Sam のリミックスは上記の "Ocean" とは方向性が異なり、原曲を別の次元に持っていくのではなく、原曲が本来持ち合わせている魅力…ここでは断片的な音の隙間にコズミックな広がりを感じさせるエレクトロニカなのだが、そこに Sam 自身のサックスの音色を極めて慎重に、細やかなシンセ音にピタリと寄り添うようにして絡め、ミステリアスでありながら何処となく牧歌的というサウンドスケープの深度をさらに助長することに成功している。これもまた Sam の鋭敏な感性を楽しめる一曲だ。

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5. Sam Gendel "My Little Suede Shoes"

Sep 2 / Nonesuch

Sam Gendel はクロスオーバー的な側面ばかりが目立ちがちだが、そのセンスは何十年にも及ぶジャズの伝統が大きな地盤にあった上で成り立っているものであることは言うまでもない。Sam は昨年にジャズのスタンダードナンバーばかりを独自解釈したカバーアルバム "Satin Doll" を発表しており、このシングルはカバーアートから "Satin Doll" のアウトテイクかと推察されるが、もし本当にそうだとしたら何故これを外したのかまるで理解しかねるくらいのクオリティの高さなのだ。この "My Little Suede Shoes" は、原曲はもちろん Charlie Parker による定番中の定番だが、軽快なラテンのリズムは仄暗いアブストラクト・ヒップホップのトラックに取って代わられ、メインフレーズは自分のリズムに合うように改変されたり、エフェクトを通した音色で不可解な印象に仕立てられたりで、スタンダードであろうと(むしろスタンダードだからか)手の加え方が容赦ない。彼の根っこと作法の野蛮さを同時に確認できる。

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4. Pino Palladino & Blake Mills "Djurkel"

Mar 12 / New Deal, Impulse!

ウェールズ出身のベーシスト Pino Palladino と、カリフォルニア出身のギタリスト/マルチプレイヤー Blake Mills 。"Notes With Attachments" はこの二者によるコラボアルバムという体でリリースされているが、実際の内容は他にも Sam Gendel や辣腕ドラマー Chris Dave など多くのゲストプレイヤーが参加しており、全員がほとんど対等の立場で音の鍔迫り合いを見せる臨場感満載のセッション集となっている。中でもこの "Djurkel" は Sam Gendel を主とした視点から見ても逸品だ。微妙に雅楽にも通じるような厳かな雰囲気の中、Sam のサックスは幽玄な美しさを見せていたかと思えば、一気に音色を歪ませてハードロックかと見紛うほどのダイナミックなグルーヴを叩きつける。猛者ばかりが勢揃いのアンサンブルが発する気迫に呼応してか、普段は飄々とした佇まいの Sam もここでは確かな存在感を発揮し、聴き手にくっきりと爪痕を残してくる。これもまた新たな一面だ。

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3. Sam Gendel & 笹久保伸 "Nadja"

Nov 10 / Carnet

笹久保伸は埼玉・秩父出身のギタリスト。クラシカル畑から音楽キャリアを始め、ゼロ年代中頃にペルーに滞在して現地のフォルクローレを学んだ後、現在は地元である秩父の文化/風土を研究しながら精力的に音楽活動を続けている。今年11月に Sam Gendel との連名でアナログ盤にてリリースしたアルバムは、A面が Sam 、B面が笹久保伸のソロ。そして各面の最後の曲はふたりのコラボ曲という構成になっているが、特にこのB面最後の "Nadja" では両者の持つ個性が真っ向からぶつかり合っており、思わず固唾を飲むほどの気迫を感じる仕上がりになっている。同じフレーズをミニマルに反復しながら厳格な緊張感を醸し出す笹久保のギター、そこへ情感豊かにアグレッシブなソロを突っ込んでくる Sam のサックス。内なる熱さが徐々に表出してくるのをリアルに体感できる、あまりにもスリリングな名演である。

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2. Vampire Weekend "2021 (In the Space Between Two Pieces of Wood)"

Feb 4 / Spring Snow

ニューヨーク出身のロックバンド Vampire Weekend が2019年に発表したアルバム "Father of the Bride" 、その収録曲のひとつである "2021" 。元はわずか2分にも満たない小曲なのだが、これを20分21秒の超長尺にリアレンジしたものが2曲、それで一枚のアルバム作品にしてしまったのがこの "40:42" であり、その片面を担当しているのが Sam Gendel というわけだ。内容は彼ならではの実験の極致といったもので、原曲のメロディを引用しながら手を変え品を変えでグネグネと形を変え、やはりどこにも着地しないまま道なき道をひたすらに突き進んでいく。牧歌的な穏やかさ、神経をくすぐるシュールさ、エレクトロニックな浮遊感、陽気さ、哀愁…と、Sam Gendel が持つ多面的な魅力のほぼほぼすべてが詰まっているのではないかという引っ掛かり満載の仕上がりになっている。先に企画ありきの楽曲ではあるが、Sam がどういうミュージシャンであるかを理解するには、この長いトンネルを潜り抜けていくのが最も手っ取り早いかもしれない。

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1. Sam Gendel & Sam Wilkes "I Sing High"

Jul 21 / Leaving

ロサンゼルス出身のベーシスト Sam Wilkes とのコラボ曲。少なくとも自分が確認できた中では、今年発表された Sam Gendel の楽曲の中で最も美しいメロディ/ハーモニーを持つものがこちら。音の定位の歪さと心地良い浮遊感を両立したサウンドデザインはローファイ・ヒップホップの影響かと思われるが、その中で華やぐようなサックスの音色がいくつも重ねられていく様は何度聴いても陶然としてしまう。確実に Sam にしか成し得ないオリジナリティがあると同時に、ジャンル問わず多くの人に受け入れられるであろう名曲である。わずか2分半であっさり終わってしまうのも儚さを助長していてニクい。彼の良いところは自由奔放な実験の数々がこうしてオープンな形に、あるいはトラディショナルなジャズの魅力にもきっちり結びつくところだと思う。旧来的な枠組みは不要な時には仕舞い込み、必要な時に引っ張り出す。この全方位的な柔軟性の高さに翻弄される時の心地良さを覚えてしまえば、Sam の魅力の一端を掴めたと言えるだろう。まあ彼が今後どういった方向に突き進むかは予測もつかないが…。

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