Marnie Stern "The Comeback Kid"
アメリカ・ニューヨーク出身のシンガーソングライターによる、約10年半ぶりとなるフルレンス5作目。
改めて自分の音楽遍歴を振り返ってみると、ポップに弾けたメロディと極端にノイジーなバンド演奏を掛け合わせた音楽がツボにハマりやすいという性分が昔からずっとある。この癖(へき)はいつ頃から芽生えたものだろう。今や遠くなったゼロ年代に、自分は16歳から26歳の多感な時期を過ごしていたのだが、その間に聴いた Coaltar of the Deepers がきっかけだっただろうか、それとも BOaT か Melt-Banana か、はたまた Deerhoof か…。本来なら相容れないはずの美と醜の対比効果は、互いの要素をエクストリームに強調する化学反応を起こし、聴き手に圧倒的なインパクトを残す。それは先述したような実験的なインディバンドばかりの特権ではなく、よくよく考えてみると50~60年代にロックというジャンルそのものが発生した原初から、そういった構造によって支えられていると言えるかもしれない。ならばこういったバンドやそのリスナーこそ、異端ではなく、むしろロックの正統な価値基準に忠実で在り続けた、ある意味で誠実な人達だったのではないか。
そんなことをぽやぽやと考えながら、この Marnie Stern の久しぶりの新譜を聴いていた。いや~これマジかっけえッス!
情報の整理。Marnie Stern は2007年に米国のインディレーベル Kill Rock Stars から(Deerhoof とレーベルメイト!) "In Advance of the Broken Arm" でデビュー。プロデューサーはなんと Hella や Death Grips で弩級の存在感を放つドラマー Zach Hill 。実際に Zach がドラムも担当しており、遠慮なしにいつも通りの超絶技巧で叩きまくっているのだが、対する Marnie もタッピングを駆使する持ち前のギタースキルとキュートなボーカルで真っ向から応戦し、結果、何とも刺激的なスタイルのインディ・マス・ロックンロールを完成させていた。これを The New York Times は「今年最高のエキサイティングなロックアルバムだ」と大絶賛。続く2作目 "This Is It and I Am It and…" は Pitchfork でも Best New Music を獲得し、年間ベストアルバムに選出。さらには Spin が2013年に企画した 100 Greatest Guitarists of All Time のリストにも名を連ねるなど、広く高評価を得るに至った。
だが2014年頃に Marnie は、アメリカのコメディアン/俳優 Seth Meyers がホストを務めるトークショー番組 Late Night with Seth Meyers に出演している箱バンド The 8G Band に加入する。そこで Marnie は番組のテーマソングや、数多くのミュージシャンのカバーを演奏することに専念し、個人でのリリースやライブはすっかり休止状態となる。彼女の演奏する姿はアメリカ全土に認知され、その間に2児の子供にも恵まれたりと、ギタリストを職業として安定した生活ベースを築き上げていた。しかし、きっと彼女の中にもくすぶる火種が残っていたのだろう。2022年に Marnie は The 8G Band を脱退し、10年以上ぶりにソロ活動を再始動することに決めた。
公式サイトの解説によれば、ここ10年ほどの間に The 8G Band で演奏してきた経験は、今作の制作には何ら影響を及ぼしていないと本人の弁があり、さすがに笑ってしまった。確かに過去の作品と今作を聴き比べてみればよくわかる。今回は Zach Hill は不参加で、代わりに Jeremy Gara (Arcade Fire) がドラムを担当。意外な人選だが Jeremy はどうやらマスロックにも精通しているプレイヤーとのことで、Arcade Fire で見せるスマートさはここには存在しない。Zach のようなきめ細かい高速ブラストビートなどはないものの、そのぶん一打一打がパワフルで抜けが良く、ドッタンバッタンと荒々しく転げ回るようにプレイする様は、それはそれで Marnie の作る楽曲にちょうどフィットしている。ラフで生々しい音質/ミックスがスタジオでの昂るテンションをそのままパッケージし、飾り気のない音なのにやたらと迫力に満ちている。そしてギターフレーズもメロディも底抜けにファニーでキャッチー。冒頭 "Plain Speak" からしてインパクトは抜群だし、"Oh Are They" のハードコアな切れ味、"Working Memory" の甘酸っぱくカラフルなメロディも痛快極まりない。これらの楽曲で見せる魅力は Marnie がデビュー時からずっとアピールし続けてきた持ち味と同じものであり、その鋭さが今でもなお鈍らずに輝いていることを、今作は十分に証明している。
10年のインターバルを挟んでも、彼女の音楽はまるで変わらず、以前と同等か、もしくはそれ以上のパンチ力で迫ってくる。これをタイムレスと言わずして何と言おうか。上に挙げた COTD などの楽曲が(多少の時代性はあれども)今聴いても十分有効なように、今作の中で繰り広げられるポップとノイズ/ハードコアの化学反応は、いつの時も自分を魅惑するのだった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?