蒼山幸子 "Highlight"
千葉出身、元ねごとのボーカリストによる初ソロフルレンス。
今更ではあるが、ねごとというバンドについて。自分より熱心なファンは他にもたくさんいたかと思うが、自分もアルバムはリリースされるたびに欠かさずチェックし、"ex Negoto" リリースツアーの際には足を運んだり、その後も何度かフェスでライブを見る機会があったりと、メジャーデビューから解散の年まで大まかにはずっと活動を追い続けていた。その上で思うのが、どうしてねごとは大きなブレイクを果たすことなく終わってしまったのだろう、ということだ。
2008年、ねごとはまだメンバー全員が高校生の頃に出演した「閃光ライオット」をきっかけに活動を本格的に開始。その後はトントン拍子でメジャーデビューが決まり、初フル作 "ex Negoto" はチャート6位にランクイン、大型フェスへの出演も続々と決定するなど、活動は順風満帆に見えていた…のだが、2年目のジンクスとでも言うのか、そこからセールスは徐々に下降していくばかりだった。楽曲がダメだったとは自分は全く思っていない。むしろ作品を重ねるごとに音楽性は進化し続けていた。"5" ではプロデューサーに江口亮 (Stereo Fabrication of Youth) を、"ETERNALBEAT" "SOAK" では中野雅之 (BOOM BOOM SATELLITES) や益子樹 (ROVO) を迎えるなどで、エレクトロニックな要素を積極的に吸収しながらバンドサウンドは洗練を重ね、なおかつメロディの鮮やかさも失われることはなかった。にもかかわらず、少なくとも活動後期に自分が見たフェスでのねごとのライブは、直近の楽曲を披露してもステージとオーディエンスの間に透明の幕が張ってあるかのように響き方が微妙で、初期の代表曲 "ループ" や "カロン" の時にようやく熱が生まれてくるといった、何とももどかしさの残るものだった。こう言うのも何だが、せっかくの楽曲の魅力が届くべきところに届いてないのでは、という印象があった。
何が原因なのかは分からない。確かに初期の曲は肩肘が張っているぶんインパクトが強く、突き抜けてキャッチーで、若手ならではのフレッシュな勢いに満ちたものではあったが、その後のエレクトロ化は元々のバンドの志向にも綺麗に合致していたと思うし、プロモーションの手法が悪かったのか、近しい世代の赤い公園や SHISHAMO などと比べてアクの強さに欠けたのか、はたまた単なる運なのか…考えたところで正解など出るわけはないが、とにかく自分の中でねごとはいくら何でも過小評価されているという思いが、未だにずっと残っている。
そして、解散から2年半。蒼山幸子の本格的な復帰作がようやく届いた。
オープナー "ハイライト" を聴き終えた時点で、自分の中でわだかまりのようなものが氷解していく感覚があった。ここでの彼女がなんとも自然体と言うか、ひどく自由に見えたからだ。音楽的には正直言って後期ねごとの頃からさほど飛躍はしていない。至って J-POP らしい清冽なメロディを軸に、4分打ちのストレートな縦ノリとシティポップ方面に目配せしたファンキーな横ノリを織り混ぜ、生演奏とエレクトロニクスを巧みに交差させる、言わばバンド時代からの素直な延長線上という感じだ。昨今の流行に寄せているわけでもないし、目立って突飛な要素はない。しかし自分はそれを停滞とは呼ばない。彼女が最も得意とする分野、これまでの経験で築かれてきた「蒼山幸子らしさ」に一層自覚的になり、その上で歌いたい歌を歌う。そこには何の軋轢も矛盾も存在せず、むしろ過去を振り切ってスタイルを更新し続けなければならないという重圧から解き放たれ、春風のような軽やかさをまとった上質のポップソングばかりが並んでいるのだ。
得意技なだけあって、このフレーズにはこの音、このメロディにはこの節回しと、どの曲でもとにかく最適解ばかりを弾き出していく様に思わず感嘆の声を上げてしまう。まず改めて思うのがリズムに対する声の乗せ方の熟達っぷり。清涼感のある声質が耳に心地良いのはもちろん、発声の際にレガートとスタッカートを巧みに切り替えることでメロディのフックを聴き手に分かりやすくアピールし、同時に直線的でスクエアな4分打ちのビートに伸縮性のある強靭なうねりを付与する役割も果たしている。"ハイライト" や "シュガータイム" 、"バニラ" といったアップリフティングな楽曲では特にこの卓越したボーカリゼーションが活かされており、曲全体のグルーヴがリズム隊のみで構築されるわけではないことを示す好例と言えるだろう。もちろんサウンド面においても、適材が適所に配されたミックス、また個々の音のプロダクションも馴染みやすさの中に程良く変化球や主張が効いていて絶妙な仕上がり。その妙技で言えば "PANORAMA" が白眉だ。立体的なデザインセンス、また音の間の無音に漂う空気感も含め、洒脱なだけではない深みのあるムードの中へ聴き手をグッと引き入れてくれる。
最後に、このアルバムがなぜここまで心地良いのか。温度感である。ねごと解散後に世の中がコロナ禍に突入してしまったのも関係あるのか、今作に含まれるダンスナンバーはかつての "DANCER IN THE HANABIRA" や "アシンメトリ" のような幻想的でスペーシーな感覚、ライブハウスの熱狂を喚起させる非日常的なテンションとは距離を置いた感触がある。例えば「ネオンライトに染まる心休めて」と歌う "スロウナイト" 。これは先にドラマのタイアップがあっての曲ということだが、歌詞の目線は遠くの夜景を見る時のようにおぼろげで、やはりスタイリッシュな4分打ちの躍動感は落ち着いた歌声と重なることで、転じてチルアウトの効果を発している。その他の楽曲ではポジティブな前進の姿勢を見せてはいるが、その中には不安や逡巡の色合いも入り交じり、彼女はそれを隠そうとはせず、その複雑さをなるべく取りこぼしのないように綴っている。要するに「普段の生活」が楽曲のテーマになっているわけだ。この素朴さはもちろんねごとの頃にも見られたものではあるが、それが今作ではさらに前面に表れているように思う。仰々しい角張りが磨かれてスマートになり、よりしなやかさを増した今作のビートとメロディは、日常を生きる時の心音と、体温と、足取りを、鮮やかな淡色でナチュラルに彩ってくれる。そこではもはや、バンドの頃はどうのこうのの、過去のイメージは必要ない。
最近は外出する時にこのアルバムを聴くのがちょっとした楽しみになっている。
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