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Khruangbin "A La Sala"

Apr 5, 2024 / Dead Oceans

アメリカ・テキサス出身のロックバンドによる、約4年ぶりフルレンス4作目。

2020年、コロナ禍でおよそ全てのライブ活動が途絶えてしまっていた年、自分はフジロックが過去のアーカイブ映像を YouTube で配信しているのを見ていた。その中に2019年の Khruangbin のライブが含まれていた。自分はこれまで逃し続けていた念願の The Cure を拝むため、この時の Khruangbin を生で体感することはできなかったのだが、彼らのステージは後追いの映像越しであってもひどく妖艶でラグジュアリーな、それでいて親密な心地良さを存分に発揮していて、もしこれを現場で見ていたらどれほどのトリップ感を味わえるのかと、十分に興味を持つきっかけとなった。それから3年後、ちょうど自分の期待に応えてくれるようなタイミングで彼らは再来日を果たしてくれた。その時の内容は今でも印象に残っている。映像で見た通り彼らは蠱惑的でカリスマ性に満ちたムードをまとい、至ってクールな佇まいで淡々と演奏を続けているのだが、その一挙手一投足はどこまでも洗練されていて、すっかり仕上がりきったパフォーマンスの美しさにはただただ見惚れるしかなかった。やけにキャラ立ちの良い三者三様のプレイヤーはステージに鎮座しているだけでも見栄えが良いし、多くのカバー曲を交えながら芳醇なファンクグルーヴを鳴らし続け、やがてフロア全体にピースフルな祝祭感を生み出していく様には、百戦錬磨のライブバンドとしての器の大きさ、そしてエンターテイニングなスター性もはっきり感じられた。確実に、この一夜で自分はすっかり Khruangbin にノックアウトされたのだ。

このたびの新作 "A La Sala" は、単独のオリジナルフルレンスとしては4年ぶりとなるが、その間に数多くのコラボレーションやライブ作品を挟んでいたため、久しぶりという感覚はあまりない。前作 "Mordechai" はボーカル曲の比重が増し、全体的に分かりやすく起伏のついたキャッチーな仕上がりだったが、今回はその反動か、インストゥルメンタルを主とする従来のスタイルへと回帰しており、何ならアレンジは過去作よりもさらにシンプルですらある。エンジニア所有のガレージで録音し、オーバーダブも最小限にとどめたという今作は、それゆえに爪弾くギター/ベースの細かなニュアンス、ハイハットやスネアの音色の微妙な変化も如実に伝わってくる、非常に繊細な内容である。なので新境地らしい新境地はないのだが、そんなものに頼らなくてもうちらはこれだけで勝負できるという自信の表れとも言えるだろう。相変わらず思うさまレイドバックしており、曲始まりの最初の一音で空気をピシャリと変え、聴き手の全身の力をナチュラルに抜き、そこから軽やかなダンスステップへと導いてくれる、そんな上質な演奏ばかりが揃っている。

一聴だけすれば地味と言えば地味だし、人によってはラウンジの BGM に留まってしまうこともあるかもしれない。しかし実際にライブを体験できた自分には、ここに収められた楽曲から、Mark 、Laura 、DJ の3人の姿がすぐさま脳裏に立ち昇ってくる。現世と隔絶されたかのごときノスタルジックで幻想的な音像だが、まず最初に思い出すのはライブハウスで観客全員を余すことなく笑顔にしていた、あのリアルな多幸感なのだ。これまでの作品がそうであったように今作も間違いなく、現場で聴けばその魅力が数倍に跳ね上がるであろうライブレコードなのである。"Hold Me Up (Thank You)" でのポジティブなバイブスや "Pon Pón" の刹那的な情熱、"May Ninth" で見せる暖かな包容力を、自分は今すぐにでも目の前の生演奏で噛み締めたくて仕方がない。彼らのデビューアルバムのタイトルであり、現在に至るバンドのアティテュードを明確に示しているであろう "The Universe Smiles Upon You" なるメッセージ。「全てが君に微笑む」。その言葉をあえて真に受け、信じたくなる。簡素だが身体のツボを極めたリズム隊と、永遠にも思えるスウィートなギターサウンドの残響音。このバンドのタイムレスな魅力は、その密度の濃さを今作でいよいよ匠の領域へと押し上げつつある。

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