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JPEGMAFIA & Danny Brown "SCARING THE HOES"

Mar 24, 2023 / AWAL

ニューヨーク出身のラッパー/トラックメイカー JPEGMAFIA と、デトロイト出身のラッパー Danny Brown によるコラボ作。

長いこと音楽を趣味にしていると、昔から好きなミュージシャンと全く予期しないところで巡り合わせることがままある。自分はかれこれ20年以上前から坂本真綾のファンをやっていて、まあファンクラブは退会してしまったけれど動向はずっと欠かさずチェックしてきたし、COUNTDOWN JAPAN のような普段のフィールドとは異なる場所へ進出する姿も実際に見てきた。最近では他所に歌詞を提供するなど作家性をなお一層高め、こんなところにもマーヤの名前が…と驚かされることも増えた。

いやさすがに US のアングラヒップホップで坂本真綾の曲を聴くとは思わんでしょ。

前科はある。JPEGMAFIA こと Barrington DeVaughn Hendricks は、2019年リリースの楽曲 "Beta Male Strategies" で菅野よう子作曲の∀ガンダムイメージソング "羽化" をサンプリングしていた。なので今回も適当に検索して出てきた曲をサンプリングしたというわけではないはずだ。大胆にカットアップしつつも原曲のメロディはきちんと残し、明確に坂本真綾の声を聴かせる幻想的な曲調に仕立て上げ、それで曲名がキングダムハーツキー?いくらなんでもオタクが過ぎやしないか?大丈夫。俺もオタクだから。まあクラシック中のクラシックを思うさまズタズタに歪めた上に粗雑なビートを塗し、その上でFワード、Bワード、Nワードが幾度となく踊る様にはさすがの温厚な自分も「屋上に行こうぜ…」と口走りそうになったが、言うても相手はアメリカ空軍出身、歌詞では「お前ツイッターで言ってたことを今ここで言ってみろや」と凄んでくる武闘派だ。奇想天外なリバイバルに敬意の念を表する以外に、自分に与えられた術はなかったのだった。

坂本真綾だけではない。Michael Jackson "Dear Michael" という大ネタのモロ使いから、Kelis 、LL Cool J 、Ginuwine といったR&B/ヒップホップ界隈の比較的納得しやすいあたりから、80年代のファミコンの CM や北海道のローカル CM(2分28秒あたり)といったわけのわからない代物まで、禁じ手皆無のサンプリングとキンキンに尖ったビートの飛礫のごった混ぜを矢継ぎ早に繰り出してくる様には、もはや脱帽以外の言葉がない。元々 JPEGMAFIA は定型のフレーズを分かりやすく繰り返すことをせず、おそらく直感に任せて打ち込んでいるのだろうが、不規則でぎこちない、ほとんど IDM 状態の極めて実験的なトラック作りで知られている。それが今作では、上擦ったトーンで飄々とした、それでいて毒気の強いラップを放つ Danny Brown を味方につけ、終始ハイテンション、とにかくアクセルを踏み込んで突っ走るのみに注力し、14曲36分以上の体感速度、目眩を起こす勢いのスピード感で聴き手を掻き回してくる。

だが、今作はアバンギャルドな音像にもかかわらず、異様なくらいにキャッチーなのだ。これまでに JPEGMAFIA が実践してきたスタイルがさらに先鋭化し、過激さに拍車を掛けまくった結果、やりすぎであるが故のインパクトの強さが聴き手の許容範囲を超え、笑いを誘発するほどのある種のポップさを獲得するに至っている。これは JPEGMAFIA と Danny Brown 、各々の対照的な声質を生かしたキャラ立ちの良さと、コンビネーションを意識した曲作りによるメリハリの強化、そしてもちろん両者のラップスキルの高さ、つまりヒップホップというジャンルが持つそもそもの魅力が強固な基盤にあるのが大きい。超高速で韻を踏みまくり、山ほどのネームドロップであちらこちらに毒を飛ばし(何せ初っ端から「くたばれイーロン・マスク」だ)、舌鋒鋭く暴れ回ってアジテートする彼らのラップは、性急なビートと一体化した時のフィジカルな即効性に非常に長けている。とにかく反射神経が良く、快楽原則に忠実なのだ。今作での実験的アプローチは旧来のヒップホップに対する因習打破的な姿勢と言うよりも、元来のヒップホップが持つプリミティブな楽しさ、例えば Public Enemy を聴いた時に直感的に血が滾ってくる、あの感覚を自分なりに突き詰めた結果という印象がある。ここにあるビートこそが彼らの生理的な快楽に最もフィットするものであり、その野蛮さはきっと数千、数万のオーディエンスを同じく熱狂に走らせる。

異端を突き詰めたポップさ、王道を突き詰めた新境地がここにはある。

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