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Lande Hekt "Going to Hell"

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イギリス・エクセター出身のロックバンド Muncie Girls のボーカリストによる、ソロとしては初のフルレンス作。

今作を聴くにあたって本隊の Muncie Girls の楽曲も聴いてみたが、そちらはちょうど Paramore 直系と言える、硬く引き締まったアンサンブルと快活なポップさが印象的なパンクロックだった。ここでの彼女はそういったエネルギッシュな要素を脱ぎ捨て、フォーキーで牧歌的なインディーロックへと方向転換しており、彼女の持つシンプルかつ瑞々しいメロディセンスをじっくり堪能できる仕上がりになっている。

今作では一部のパーカッションを除いた全ての演奏を Lande 自身が担当している。本当に余計な装飾はなく、ラフで素朴な、それゆえに繊細さと生々しさが際立った楽曲ばかりが並んでいる。1曲目は "Whiskey" 。淡々としたギター弾き語りに始まり、やがて胸の鼓動が高鳴っていくのとシンクロするかのようにドラムが打ち鳴らされ、抑えていた感情が張り裂ける瞬間と同時にフィードバックノイズが挿入される。ひどくナイーブでエモーショナルな、ひたすらに自問自答を続ける彼女の内面をそのまま模写したような楽曲である。こういった粗くヒステリックな音が感情の起伏と直結し、リリカルな美しさに転化されていく様はいつの時代でも奇跡みたいに思えるし、そうした瞬間に立ち会うたびに自分がなぜロック好きであるかをしみじみと再確認することができて、凄くこう、グッとくる。グッとくるんだよな。

収録曲の中からベストトラックをひとつ挙げるとすると、なかなか悩ましいけれども、3曲目 "Hannover" になるだろうか。この曲もそうなのだが、今作は歌詞のあちこちに "scared" という単語をよく見かける。この単語はある意味で今作全体のトーンを象徴している気がする。あなたがいなくなるのが怖い。ふとした拍子に崩れてしまうかもしれない不安定な関係の中で、それでも確かな安息を求めてしまう。簡単には片づけられない矛盾、感情の機微がどの曲にも通底しており、それがささやかな暖かみを湛えたメロディ/歌へと昇華されている。特にこの "Hannover" でのさりげない切なさには強く胸を打たれるのである。ベタと言えばベタかもしれないが、何だかんだ言っても結局これだよな、という気持ちにさせられる。あとは曲名通りベルリンに滞在していた時の心境を綴った "Stranded in Berlin" なんかも、わずか2分程度であっさり終わってしまう儚さも含めて、ただただ良い。

しかし最後の2曲で様相は一変する。そもそもなぜこの物騒な曲名をアルバム表題に採用したのか。ここに彼女が抱える思いの一番の軸が存在するからである。上に貼り付けた "Whiskey" の MV でも明らかだが、彼女は自身が同性愛者であることをカミングアウトしており、今作はそのカミングアウト後としては初の作品ということになる。そしてこの曲では同性愛者としての彼女の切実な思いが特にストレートに吐露されている。"ずっと真っ当に生きているのに、お前は地獄に落ちるとカトリックは言う" 、"幸せになりたい、愛を見つけたい/だけど神様からの許可は得られない" 、さらには "私は他人のために自分の人生を送っている/全然良くない、本当にクソみたいな生き方だ" とまで。最近では LGBT の概念が一般にまで浸透し、その捉え方も昔に比べればずっと好意的になってきているとは思うが、それでもまだ問題は根強く残っている。ただ自分らしく生きているだけのはずが、周囲から偏見を受けたり好奇の目に晒される。いわれのない差別の対象となる。自分という存在を伏せざるを得ない現実がある。ここには彼女の個人的な衝動だけではなく、表舞台に立つひとりの表現者としての、ある種の責任感も宿されているのだろう。直球でポリティカルであり、極めて痛烈である。

そしてクローザー "In the Darkness" は、元々は Dreadnought South West という、主に芸術方面への女性の社会進出を推進する慈善団体のために作った楽曲とのこと。"私たちは今までよりも力強い/私たちは民主主義を手に入れた、決して離しはしない" 。これもまた強烈なプロテストソングである。女性に対する抑圧、また性的マイノリティに対する抑圧に抗い、蓋をしていた本当の自分を解放したい、周囲に怯えていたくはない、そういった内なる叫びがこの2曲で露わになる。彼女の表現の根幹にあるものをアルバム最後になってまざまざと見せつけられることになるので、前半のロマンチックな印象すらある楽曲群も、1周目と2周目とではいささか響きが違ってくる。歌詞中の "scared" とは単なる瞬間的な気の迷いではない、もっと複雑に入り組んだ心境の表れであることに気づく。良質なソングライティングですんなりと導入され、そこから繰り返し聴くほどに深みが出てくるというわけだ。

いまいちパッとしないカバーアートで損をしている気がするが(苦笑)、純粋にポップソングとして聴く人を選ばない普遍的な魅力が備わっているはずだし、この作品を通して自分の視野が広がることもあるだろうと思う。どこかノスタルジックで柔らかな歌声、その裏側に潜む影の部分も含め、鋭い抒情性にハッとさせられる傑作である。

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