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BUCK-TICK "異空 -IZORA-"

Apr 12, 2023 / Victor Entertainment

群馬出身のロックバンドによる、2年7ヶ月ぶりフルレンス23作目。

遡ること22年。アメリカで勃発した同時多発テロ事件が、遠く離れた日本の地にもブラウン管越しに衝撃を与えていた。高層ビルに突き刺さって炎を上げる飛行機、瓦礫の上から飛び降りざるを得ない人々、悲嘆と憎悪。この非常事態に BUCK-TICK はいち早く反応し、自問自答と覚悟を歌う "極東より愛を込めて" 、深い苦しみが絶唱とともに圧し掛かる "Long Distance Call" 、慈しみに満ちた "Brilliant" 、そして闇を切り抜けるためのポジティブな力を宿した "疾風のブレードランナー" 、これらを収録した BUCK-TICK 史上最もポリティカルな内容と言える "極東 I LOVE YOU" を完成させた。それまでファンをもふるい落とす勢いの実験的な作風が続き、ヴィジュアル系シーン全体がバブル崩壊後の停滞感を見せていたのもあって、この時期の B-T はセールス面では少し厳しめの状況にあったが、クリエイティビティ自体は決して他と見劣りしない、むしろ時代の潮流にコンシャスであろうとする B-T の重要な一側面を映した、見逃せない傑作であったと言える。

あれから長い年月が経ち、またしても世界中に戦慄が走った。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻。歪んだ正義感により継続される破壊と虐殺。やはり日本でも現場の状況が連日報道され、悲痛に満ちた人々の顔が映し出されるたびに、居たたまれない気持ちにならざるを得ず、同時に、それまで当たり前のように続いていた平穏がいとも簡単に覆されていく様に、少なからず恐怖の念を覚えた。9.11の時は自分は高校生で、当時のことをまるっきり現実味のない絵空事のようにしか思っていなかった。なにかの拍子で日本も他人事では済まない日が来る。ここまで戦争というものに強烈なリアリティを抱いたのは、恥ずかしながら昨年が初めてだったと思う。当然 B-T もこの惨状を無視することはできず、昨年のライブツアーではささやかな MC を添える形で、"極東より愛を込めて" をセットリストに組み込んでいた。

平和の象徴である鳩と、愚かにも繰り返す過ちを思わせる無限ループで構成されるアートワーク。新作 "異空 -IZORA-" において、B-T は今なお、時代と向き合い、戦いながら表現することを辞めずにいる。

基本の音楽性はこれまで通り、グラムロック経由、ニューウェーブ経由、ゴシック経由、インダストリアル経由の歌謡ロック。だが音作りはおそらくこれまでで最もタイトに洗練されていて、相変わらず奇怪なシンセ音がビュンビュン飛び交ってはいるものの、総体の印象は至ってシンプルなもので、それ故に演奏の圧の強さがストレートに伝わってくる。また、曲調は硬軟取り揃えつつも、ずっしりしたミドル~ロウテンポの比重が高くなっているのもあってか、アッパーで軽快なイメージの強かった "ABRACADABRA" とは打って変わって、かなり重厚な聴き応えがある。そのぶん櫻井敦司のシアトリカルな歌唱力もいつも以上に冴え渡り、ずっと彼らがテーマにしてきた「愛と死」の表現力は、ここにきて更なる深みと鋭さを見せている。

冒頭 "SCARECROW" では死を目前にして「誰か!誰か!」と行き場をなくした男の完全なる絶望が眼前一杯に展開する。"ワルキューレの騎行" では息の詰まる緊張感の中で生きるか死ぬかの天運を戦場の女神(ワルキューレ)に託す。ストリングスが追加されたアレンジで優美さがグッと増した "さよならシェルター" では「誰かを殺しに行く/誰かが殺しに来る」状況の中で安らかな平穏を求める。"Campanella 花束を君に" では戦地に赴く家族への餞が「兵隊さん/マシンガン/ミサイル」に並ぶ形で一層直接的に綴られ、直後の "THE FALLING DOWN" ではシューティングゲームさながらに「堕天の飛翔体」が大空を駆け巡り、また次の先行シングル "太陽とイカロス" では傷ついた「機体(カラダ)」が太陽目がけて朽ち果てていく。メタファーどころではない。これでもかと戦争、戦地を連想させるタームがどの楽曲にも多く使用され、それが楽曲の持つ切迫感に更なるヘヴィさを、あるいはメロディの美しさに更なる狂おしさを与える。今際の際に見る悪い夢のような "ヒズミ" と、あまねく全ての命を讃美する "名も無きわたし" で豪快な対比をつける終盤はダメ押しのようなものだ。幻想でも何でもない、自分の立ち位置からすぐ隣にはっきり存在する「死」。そこから浮き彫りにされる、決して忘れるべきではない「生」。過去に何度も生死について歌ってきた B-T ではあるが、持ち前の幻想的なテイストを生かしつつ、ここまで真に迫った生死を提示した作品はなかったのではないか。

起こるべきではなかったことが起きて、結果この作品が生まれた。その意味では今作は生まれない方が良かったのかもしれない。しかし歴史に if は存在しない。B-T は常に現実をシビアに見つめている。目を背けたくなる現実を切り抜けるための力がここにはある。音楽は政治ではないが、それでも音楽にできることの最大限の可能性を、デビューから35年を過ぎた今現在においても B-T は模索し続けている。

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