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Clothing "From Memory"

Jul 26, 2024 / Water Level

アメリカ・ニューヨーク出身のエレクトロデュオによるデビュー作。

情報の整理。Clothing は Aakaash Israni と Ben Sterling の二人で構成されている。Aakaash はピアノ/ベース/ドラムのトリオ編成によるポストロックバンド Dawn of Midi のメンバーでもあり、ジャズやクラシカル、ミニマルテクノを消化した音楽性で、Radiohead や Nils Frahm のオープニングアクトに抜擢された経験もある実力の持ち主。もう一方の Ben Sterling は2000年頃から Mobius Band や Cookies といったインディバンドを渡り歩き、どの時期でもいわゆるロック/ポップスの明快さを志向していた。まったく対照的と言えるこの二人の交流が始まったのは10年以上前まで遡る。Aakaash の方はバース/コーラスといったポップスの楽曲形式を理解するところから始まったとのことなので、互いにアイディアを出しながらの創作活動は非常に刺激に満ちたものであったはずだが、各々のプライベートの環境が変化したり、協力してくれるボーカリストを探すのに難儀したり、そもそも楽曲制作がマイペースであったりと様々な要因が重なり、作品の完パケに至るまでに10年の歳月がかかってしまったのだという。

しかし苦労の甲斐あって、この記念すべきデビュー作には素晴らしいゲストシンガーが出揃った。元 Dirty Projectors の Amber Coffman 、多くの音楽メディアから年間ベストに選出されるほどの評価を確立しているエクスペリメンタリスト L'Rain 、Kendrick Lamar の楽曲 "These Walls" でフィーチャーされていた Anna Wise 、新進気鋭のネオソウルシンガー Elliott Skinner といった面々だ。躍動的であったり清冽であったり、ともかく皆が皆、実に表現力豊かな歌声を楽曲に付与している。ただ面白いのは、Clothing の用意したトラックはそれらのボーカルを素直に引き立てるタイプのものではなく、むしろその伸びやかさを妨げて拮抗するかのごとく展開し、聴き手に強い違和感を与える挑戦的な代物なのだ。

例えば1曲目 "Kingdom" 。ボーカルのメロディは繊細な揺れを含みつつ伸びやかで、衒いのない美しさがスッと胸を打つ。だがビートは執拗なまでにシンコペーションを繰り返してぎこちなく飛び跳ねたりつまづいたり、上モノも空間一杯にブワッと広がったかと思ったら急に消音したりで、スムーズな流れを作ることを徹底的に忌避しているかのようだ。しかし全体には強烈にファンキーなグルーヴが渦巻き、歌とトラックが衝突して激しく火花を散らしながら迫り来る。シュールでありつつ、ひどくスリリングな仕上がりだ。続く "Afternoon Television" では聴き手が不安になるほどの静寂から、シンセサウンドが縦横無尽に爆発するまでのダイナミックな移行に圧倒される。ファルセットボイスが官能的な "Paper Money" ではさらにファンク要素が強くなり、意表を突くリズムスイッチも効果的で、ずっと彼らに主導権を取られたまま身体を強く引っ張られる。それこそ往年の Prince のように、肉体的な快楽原則に忠実であり、音像はスタイリッシュで理知的なのだが、それだけでは済まされず、ある一定の場所に収まることをよしとしない、得体の知れない居心地の悪さ、いびつな空気感がどの曲でも充満しているのだ。

最後の曲 "Sunset?" のみ異色で、やはりシンセ主体ではあるもののビートを効かせた R&B 風の趣向ではなく、少しずつ音が立ち昇ってテクスチャーが折り重なり、ディストーションギターも交じってポストロック由来の荘厳な雰囲気が強くなる。やがて竜巻のように苛烈さを増していく音の中で「忘却が訪れる/すべての戦争に打ち勝った/あなたの神々は無に帰す」と繰り返し歌われ、次第に曲はフェードアウトする。危機と無常、終わりと始まりを予感させる楽曲で頭の中が洗い流され、何とも言えない苦々しい後味が残される。8曲トータル30分弱とは思えない密度だ。今年リリースされた数多くのアートポップ作品の中でも、今作には頭ひとつ抜けて異質の凄みがあるように思う。上に挙げた Radiohead や Dirty Projectors の名前にピンとくる人はもちろん、昨今のオルタナティブ R&B に慣れ親しんだ人にとっても、今作は十分に聴き応えのある内容だろう。

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