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bar italia "Tracey Denim"

May 19, 2023 / Matador

イギリス・ロンドン出身のロックバンドによる初フルレンス。

オープナー "Guard" を再生してすぐさま、頭の中が見たことのない迷宮の中へと押し込まれるような感覚に陥った。淡々と鳴らされる無表情なピアノフレーズのループ、そこに重なるドラムも奇妙な音響バランスで、どうにも力なく、その間隙をギターのアルペジオが埋めることでシュールな総体を成している。どことなく物悲しいが、情緒的になることを徹底して拒否しているようでもあり、最小限のことだけやってあっさりと曲が終了してしまう。その次のリードトラック "Nurse!" ではツインボーカルの構成を取ったり、空間的なノイズギターが切り込んできたりと、もう少し分かりやすい起伏が作られてはいるが、喜怒哀楽のどこにも収まらないグレーの領域を目指す姿勢はそのままだ。果たしてこの音楽をどう捉えるべきか、聴いている間はずっと試されている心地になる。

過去に Frank Ocean や The xx などを手掛けてきた Marta Salogni がミックスエンジニアを担当しているとのことで、各パートの余白が多く取られた音像は確かに The xx を真っ先に連想する。ただ The xx みたく奥底から滲み出てくるような艶やかさや感傷的なムードは bar italia にはなく、代わりにあるのは Sebadoh や Pavement といったローファイ派オルタナティブロック(スラッカーロックというジャンル名があることを自分は最近初めて知った)の脱力感であったり、初期 The Cure や Joy Division を思わせる殺伐としたダークさも絶妙に随所から匂い立つ。昨今のポストパンク再リバイバルブームの新たな一派とも捉えられるが、踊れもしなければ浸れもしない、実験的というよりは投げっぱなしという言葉の方が似合う、この不愛想極まりないバンドサウンドはなかなか単一の言葉では表現しづらい。しかしながら中毒性のある味がするのは確かだ。

フルレンスとしては今作が初の作品だが、過去には EP を何作かリリースしている。何故か Dean Blunt 主催のレーベル World Music から。試しにそちらも遡って聴いてみると、基本的な方向性は同じなのだが、投げっぱなし感は遥かに過去の方が上だった。全ての曲が1~2分程度の短尺で、13曲あってもトータルわずか22分。そのいずれもが聴き手の神経を逆撫でするような歪な音響バランスで、不協和音も惜しみなく、アイディア以上楽曲未満といった程度の練り込み方。初期 Sonic Youth や My Bloody Valentine をさらにルーズかつラディカルにした印象でもあるが、これを以て完成品とするある種の大胆不敵さはそれこそ Dean Blunt の底知れない悪意にも通じるものがある。そう言えば Dean Blunt の現時点での最新作 "BLACK METAL 2" は、やけにメロウでフォーキーな感覚が強まって彼史上最も聴きやすい内容になっていたが、同時に音の裏側にある得体の知れなさ、安易に感傷に浸ろうとする聴き手をせせら笑うような底意地の悪さも垣間見られて、何とも居心地の悪い気分にさせられたものだ。

この "Tracey Denim" は Matador と契約して幅広いオーディエンスにアピールしていくということで、今までよりももう少しオーソドックスなロックバンドのフォーマットに則った作品ではある。メロディはそれなりに聴きやすいポップさを保ち、楽器隊の音色も多彩になった。それでも根幹にあるものはきっと今でも同じだろう。誰にも簡単に分かられてたまるかという、大袈裟に言えば反骨精神、平たく言えば天邪鬼だ。本来の毒素がソフィスティケイトされたため多くの人間が射程圏内に入った。ローファイで陰鬱、苦々しくも甘美なテイスト。なおかつ聴き手を突き放すことで強烈に惹き付ける逆説的な魅力を持ったサウンド。終盤 "Friends" の明快に轟くディストーションギター、 "Maddington" の夢見心地な浮遊感にもほだされてはいけない。きっと彼らの真意は音の裏側にある。いや、そもそも裏側を勘ぐっている時点で彼らの手のひらの上なのだ。深淵を覗く時は何とやら。

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