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食品まつり a.k.a foodman "Yasuragi Land"

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名古屋出身の DJ /トラックメイカーによる、2年10ヶ月ぶりフルレンス(多分)8作目。

「やすらぎランド」という文字列を見た時に、あなたはどんな場所を思い浮かべるだろうか。自分はと言うと、くすんだ青色のタイルが趣深いサウナ付き大浴場、地元の特産物やらキーホルダーやらが並んだお土産コーナー、初代ストⅡなどレトロなタイトルばかりのゲームセンター、クリームソーダがイチ押しの喫茶店、そんな昭和/平成初期の空気感を色濃く残した辺境の複合レジャー施設を想起した。自分はそういった類の場所に旅先で訪れたことが何度かあるのだが、その空間に立ち込めている匂いにはどうにも反射的に興奮してしまう癖(へき)がある。現実世界から切り離されたかのようなノスタルジア、未知の場所を開拓する時の高揚感、そして何かがあるようで実のところ何もない、まるで井戸の底を覗き見るような虚無感までもが綯交ぜになった、ひどく複雑な心地にさせられるのだ。情報によると今作には「サウナ好きでも知られる彼が定期的に通う地元の銭湯や、道の駅、パーキングエリアの食堂でのささやかな楽しみにインスパイアされた楽曲も収録されている」とのことだから、自分のイメージもあながち的外れではないだろう。とにかく、絶妙な安っぽさに何とも言えない深い情緒が感じられるアルバム表題である。

それで、今作にはそういった時代に取り残された場所のみが持ち得る不思議な魅力が内包されている…わけでもないな。少なくともノスタルジアはなかった。ただまあ、アバンギャルドでありながらどこか親しみやすい表情をしたこのエレクトロニック作品は、果たして何が待ち構えているのやらとレトロ施設のあちこちを散策する時の楽しさに通じるものがある。そういうことにしておく。

今作は BurialDJ Rashad などのイノベイターを輩出しているロンドンの重要インディレーベル Hyperdub からリリースされているわけだが、そもそもジューク/フットワークに影響を受けて音楽活動を始めた彼にしてみれば、今回のこの契約は感慨深いなんてものではなかったはず…しかし実際に出来上がった内容は、フットワーク的な要素はごく一部にうっすら残されているだけで(まあ何作か前の時点でもそうだったのだが)、ほとんどはカテゴライズ不能、フリーキー極まれりな仕上がりとなっている。輪郭が妙に太く、アタック感の強調された音の飛礫が縦横無尽に散りばめられ、それらが繋ぎ止められるか分散するかギリギリのところで、グルーヴのようなもの、メロディのようなものをふわっと形成していく。使用している音はギターや管楽器など生音のサンプリングがメインだと思うが、楽器本来の質感を生かすと言うよりも、ズタズタに切り刻んで打楽器としての側面を強調し、楽曲を構成するパーツのひとつへと大胆に変貌させてしまっている。しかもベース音が使われていないため音どうしの隙間が大きく、そのぶん個々の音の存在感が際立ち、シュールでファニー、なおかつどこか威圧的な印象も受けるという、なんとも不思議な聴き心地を成立させているのだ。

"Omiyage" "Hoshikuzu Tenboudai" "Food Court" "Parking Area" といったある意味具体的な曲タイトルと実際の曲調との距離感、相関性に思いを馳せながら聴いていると、どの曲も実に嚙み締め甲斐のある味が生まれてくるが、個人的に最も惹かれたのは最後の2曲だった。それまでのストレンジなポップさから急転し、cotto center の涼やかな歌声でアーバンな抒情性を起ち上げてくるので思わず困惑してしまう "Sanbashi" 、そしてアフロファンクの牧歌的な躍動感が特に分かりやすく表れている "Minsyuku" である。特に後者にはグッとくる。数泊分の荷物を抱えながらの長い旅を経て、心地良い疲労と無事に宿まで辿り着けた安堵、そしてこれから何をしようかという旅行ならではの高揚が同時に湧き上がる、ちょうどあの感覚が "Minsyuku" の中には綺麗に封じ込められている。自分は音楽ファンでありフェス愛好家なので、民宿と言われるとフジロックでの思い出が真っ先によみがえる。自分が泊まった苗場の民宿は、布団が長いこと陽に当たってなさそうな匂いを発していたり、風呂のシャワーのお湯がろくに出てこなかったりするオンボロ宿ではあったが(正直辛かった)、夜行バスで苗場の山奥に着いて、重たい荷物を部屋に降ろし、お気に入りのバンドTシャツに着替え、よしこれからゲートに向かうぞと勇んでいた時の自分の脳内に流れていた音楽は、もしかするとこの曲だったのかもしれない。

他にはないオリジナリティ溢れる手法で、日常だけれど非日常な、ここではないどこかへの憧憬をいたずらにくすぐってくる、憎めない遊び心に満ちたポップアート、それが今作なのである。

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