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Brian Eno "FOREVERANDEVERNOMORE"

Oct 14, 2022 / Opal Music Ltd.

イギリス・メルトン出身のコンポーザー/プロデューサーによる、ソロ名義では5年10ヶ月ぶりとなるフルレンス29作目。

8月の話だが、京都にて開催された BRIAN ENO AMBIENT KYOTO に行ってきた。世界初公開作品を含むいくつかのインスタレーション作品の展示ということで、視覚と聴覚の両面からイーノの創り上げた世界観にどっぷり浸ってきた。近畿圏のみならず日本中の各地からイーノファン/音楽ファンが集まってきたのだろう、会場はなかなかの盛況だったが、暗い照明とディープな音響が醸し出す雰囲気は客同士の会話を自然と閉ざし、スタッフの方々の細かい気配りもありで、十分に作品を堪能することができた。

その中で個人的に最も良かったのが "The Ship" だった。作品自体は2014年に公開されたもので、2016年には同名のアルバムもリリースされている。コンセプトは「タイタニック号の沈没」。イーノ自身の微かな歌声とアブストラクトなシンセ/ノイズを絡めたアンビエントサウンド、それを彩るのは9割の暗闇と1割の淡くおぼろげな照明。隣の人間の顔すらも判別が難しいくらいの暗がりの中で、低音域~中音域からジワジワと埋め尽くしていく音響が支配する神秘的な密閉空間は、それこそ光の届かない海の底を想起させ、リラクシンな心地良さと冷たい緊張感がせめぎ合う、何ともスリリングなものだった。そこで音の浮遊感に身を委ねて眠りこけてしまうのも確かにひとつの楽しみ方ではあるが(実際に寝ていた人もきっと多いだろう)、人類の科学の叡智、自然の脅威、またはこれからの未来に起こり得る惨事への警鐘とも捉えられる、イーノのアクティビストとしての側面が色濃く反映されたであろう空間作品の中では、陶酔よりもむしろ覚醒、内省を促され、なんだか自分の中の軸を矯正されるような心地になったものだ。

そしてこのたびの新譜。こちらのコンセプトは「現代の気候の非常事態」だという。サウンド面でもコンセプト面でも、イーノの姿勢が "The Ship" から一切ブレずに継続されているなと、直感的に感じる。

今作 "FOREVERANDEVERNOMORE" は2005年作 "Another Day on Earth" 以来のボーカル作品とのこと。"The Ship" にも一部の楽曲でボーカルは入っていたが、プロパーな形の歌モノが主体のアルバムとしては17年ぶりだと。しかしながらその "Another Day on Earth" 、あるいはグラム/アートロックからアンビエントへの転身の最中にあった初期作品と比べて見ても、今作は少なからず趣向が違う。何よりビートレスというのが大きい。これまでのイーノの歌モノアルバムにはボーカルと同時に一般的なドラムビートが入っているのが基本だったが、今作ではそれが全くなく、むしろ "The Ship" と地続きのアンビエントサウンドの中で明確な歌をフィーチャーするといった手法を取っている。幽玄な音世界の中で落ち着き払った、それでいて情感を確かに滲ませるイーノの歌声は、さながら Frank Sinatra のようなクルーナー唱法で深いムードを演出するジャズシンガーを思わせる…と言うといささか大袈裟だろうか。

そして歌詞と歌が入ることでサウンドはくっきりとした輪郭を持ち、確かな質量を持って聴き手に迫ってくる。あからさまなプロテストソングと言えるものはないが、"Garden of Stars" や "There Were Bells" などは特に、アポカリプティックとも言える不吉さを孕んだ音と言葉の結びつきにより、徐々に崩壊へと向かっている地球環境の現状を示唆しているようで、もはやイーノ自身が提唱していたアンビエントミュージックの定義…作曲家や演奏者の意図を主張したり、聴くことを強制したりせず、その場に漂う空気のように存在し、それを耳にした人の気持ちを開放的にすることを目的にしている…といった当初のコンセプトからはすっかり遠い場所に来ている。周囲の空気に溶け込むどころか、周囲の空気をシャットアウトして聴き手の目線を内面へと向かわせるくらいの圧を感じるのだ。他にはもう少しライトな聴き心地の楽曲も含まれているが、全体を通した後の印象はやはり、そういったヘヴィなものになってくる。

BRIAN ENO AMBIENT KYOTO の入口に飾ってあったメッセージを思い出してみる。「ありきたりな日常を手放し、別の世界に身を委ねることで、自分の想像力を自由に発揮することができるのです」。これは音本来の幻惑的な心地良さで俗世のしがらみを一時的に切り離すという意味でも良いが、「ありきたりな日常」とは何となくうまく回ってしまっている自分の半径数十キロ程度の活動範囲であり、「別の世界」とはその活動範囲外でこれまでの秩序をなくしつつある揺るがしようのない非常事態とも受け取れる。物理的に届かない世界へと思いを馳せることは、周り巡って自分という存在を多様に拡張できることにも繋がる。楽曲の趣は "Music for Airports" の頃からだいぶ様変わりしたとは思うが、目の前に見えている世界に少しばかり別の側面を与えるという意味では共通しており、アンビエントとしての機能性、イーノの思想自体はずっと変わらず一貫していると言えるかもしれない。

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