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Nilüfer Yanya "PAINLESS"

Mar 4, 2022 / ATO

イギリス・ロンドン出身のシンガーソングライターによる、3年ぶりフルレンス2作目。

自分の話。中学生の頃、自分が音楽にのめり込むきっかけになったのはロックだった。全てのアルバムを買い揃えたり、テレビ出演やインタビュー記事をチェックしたり、影響元を辿ったり、横の繋がりを辿ったり…その対象は十中八九、日英米のロックバンドだった。今でこそロック以外の、例えばテクノやジャズ、ヒップホップや R&B などを幅広く聴き漁るようにはなったが、それでも嗜好の根幹には今なおロックが深く染み付いており、気を許せばロック的な基準、ロック的な価値観で全ての音楽の良し悪しを判断してしまいそうになる。新しい刺激を追い求めて自分の内になかった音楽をウンウンと難しい顔つきで聴いた後に、ギターとベースの歪んだ音色、バタバタと忙しなく動き回るドラムプレイを聴けば、昭和から続く街中華屋で何の変哲もない醬油ラーメンをすすり「やっぱこれだよな~これこれ!」と唸り上げる時と、完全に同じ顔になっている。本当に、嫌気が差すくらい、自分はすっかりオッサンになってしまった。

それで今回の Nilüfer Yanya の新譜だが、これを聴いて自分は、不可抗力の命令のように、紛うことなき醬油ラーメンの顔になっていた。

オープナーは "the dealer" 。歯切れの良いギターストロークが躍動するブレイクビーツに良く絡む。これを聴いて自分の脳裏には即座に New Order が浮かんできた。しかもゼロ年代の、一番オルタナティブロックに寄っていた頃の。続く "L/R" では何処か不穏な翳りを帯び、殺伐とした印象もあるコード進行が "MTV Unplugged" の Nirvana を彷彿とさせる(この感触は別の楽曲でもたびたび顔を出す)。また "shameless" ではギターのリバーブ処理を深めて Mazzy Star あたりのドリームポップへの接近を見せたり、"stabilise" のスクエアなスピード感と鋭いギターリフは思いきり Bloc Party だったり。ここまで来たならきっと…と思っていたら、"midnight sun" が "In Rainbows" の頃の Radiohead を思わせる仕上がりでやっぱりかと。 いや別に知識をひけらかしてパクリだ何だと騒ぎ立てたいわけではない。ただ、最近は特にヒップホップや R&B 界隈で、ポップパンクやニューメタルといった2000年前後のブームのリバイバルが目立っているが、その亜流とでも言うべきか、これほどまでにギター演奏をフィーチャーし、90~00年代のオルタナティブロックの影響が全編に散りばめられたポップアルバムは、自分は最近では聴いた例がなくて、聴き進めているうちに懐かしさやら一周回っての新鮮さやら微笑ましさやら大胆不敵さやらで、感情をどこに持っていけばいいのか、初めて聴いた時はいささか当惑してしまった。

もちろん、上記のリファレンスはただノスタルジアを充足させるためだけに無秩序に陳列されているわけではない。ここで主役を担うのはあくまでも彼女自身の歌である。ここでの彼女は痛みがぶり返すことを恐れずに、心の傷に自らフォーカスし、失望や葛藤、矛盾するエゴ、そして抵抗の姿勢を綴っている。アルバム表題は無数の痛みを経たがゆえの反語のようなものかもしれない。取り扱い方によってはいくらでもヘヴィになりそうなテーマを、彼女はあえて、艶やかに洗練された R&B のフォルムへと取り込んでいる。これは先日の Mitski の新譜にも繋がることだが、悲嘆に暮れている時こそ軽やかなメロディ、躍動するリズム、そんなある種の救いを差し込まなければ作品としてのバランスを保てなかったのだ。そこで今作のサウンドは、R&B とオルタナティブロックの折衷という点では前作 "Miss Universe" と共通しているが、幕間の SE を削いで曲調の幅を絞り込んだぶん、より焦点が明確になってアルバム全体の流れがナチュラルになった印象がある。一口にオルタナティブロックと言ってもピンからキリまである中から、彼女の歌を魅惑的に引き立たせるサポート役に相応しいものだけが適切に取捨選択されているわけだ。Nirvana 譲りの憂鬱なポップさは、Radiohead 譲りのインテリジェントな抒情性は、奥行きを伸長する不明瞭なノイズサウンドは、流線形のポップソングを構成する骨子の一部と化し、彼女の傷を彩り豊かな美しさへと昇華する。

どれだけフォーマットが古びたとしても、そこに宿る本質さえ射抜けば、いくらでもリバイバルは成立し得る。この作品に含まれる往年のロック要素には、取り入れられるべくして取り入れられたという必然性がある。上で述べたように「やっぱこれだよな~これこれ!」と心のツボをグッと押されてしまう感覚があるのは確かだが、それだけで終わってしまうようでは物足りないのだ。懐古にも先鋭にも触れられる見晴らしの良い道筋、かつて注いだ愛着がフレッシュな形で蘇る時の恍惚がなければ。この作品はそんなわがまますらも叶えてくれる。いやはや、本当に自分は、なんともややこしいオッサンになってしまった。

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