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鉄道

研究所は完璧なまでに進化していた。これまでの研究所はそれはもうだらだらとしていたが、居心地が悪いわけではなく寧ろ良い方であった。

しかし惰性で研究所を運営するわけにはいかないのだ。上から研究所を解体される前に、私は研究長として、発展させようとしたわけだ。研究所が行っている活動としては、ぼかして言うと対象を徹底的に研究し、掌握することを軸に活動しているといったところであろうか。その理念を追求していくためにはこの場所は不適切であったのだ。

さて、ここからが本題であるが、この組織にいてずっと疑問に思っていた事がある。この組織には奇人、変人と呼ばれるものばかりが集まってくるのだ。それは自分も例外ではないのだが、今回の新人は筋金入りである。

私は彼のことをアンドロイドか、サイボークだとかそういった類の者だと思っている。ふと教科書に掲載されていた『ブレードランナー』という映画を思い出したりした。

彼はAndroid携帯に有線のイヤホン、それと手帳型のカバー(スチーム・ロコモティブの機関車が印刷されている)をしている。みてくれからして異常者であるし、基本的に何を言っているのかわからない。言葉の意味がわからないとか、そういう類の話ではなく物理的な話。唇が接着剤か何かで軽く固められているのか、それとも唇を切り裂かれて開いてしまっているのか。どちらかといえば後者だ。

新たな研究員(以後、Tとしよう)は基本的に面白い話をすることはない。誰かの発言に対して的外れ、もしくは同じことの繰り返しを行うことが多い。くどいし声がやたらと大きいので煩わしく思っている研究員が多いのではないだろうか。

Tは鉄道に目がない。研究対象が鉄道のときは彼は目を輝かせ、未知の言語を話している。こういった奴らが所謂『撮り鉄』の印象を下げているのではないかと思う。まあ彼は迷惑をかけるようなタイプではないと思う。受けるファーストインプレッションが最悪であるだけなのだ。

ときたま彼は研究をほったらかし、スチーム・ロコモティブの印刷が施されたスマホケースがハマっているAndroid携帯に有線のイヤホンを挿入して大好きな鉄道の汽笛かなにかを聴いている。たまにイヤホンをしないこともあったり。そのときは非常にうるさい。汽笛を聴きながら寝ていたこともあった。他の研究員がその間のぬけた顔の写真を撮ってケタケタ笑っていたのも印象深い。

そんな彼は雲になった。どうやら電車も遅延していたらしい。最後には大好きな鉄道に抱かれ、逝ってしまった。

彼がいなくなった研究所に汽笛の音も、聴き慣れた未知の言語も響かなくなった。

ニュースに野球中継が映る。彼は野球も好きだった。唯一全てが片仮名で構成されている球団名、†オリックス•バッファローズ†彼の悔しがる顔が空に浮かび上がった。その理由を知るのは我々研究員だけだ。





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