男の見識

男は何だか奇妙な夢を見ていたようだ
夢というのは実在する人や場所が出てくるが、何かが
違う…そう思いながらなるべく詳細に内容を思い出そうとする
「う~ん」頭がもやもやしてきて少し頭痛もする
「思い出しても仕方ないか」そう言うと朝が来たので
朝食を食べに一階に下りた
いつもの朝といつもの朝食である…特に何も感じることなく
「今日の予定は…」ざっとそれを確認すると
「そろそろ時間だ」男は慣れた動作で身支度を済ませ
「行ってきます」そう言うと家を後にした

出先の出来事も言えばいつも通り…男は要領が良いようで
半ば機械的に作業をこなす
「今日もまずまず…」それに満足したのか夕方になったので
帰宅の準備をした

家に着くと母親がいつも通り夕食を作ってくれている
テレビを見ながらそれにはしを伸ばし
「今日はこんなことが」映るニュースに目をやっている
何だか変わり映えしないような雰囲気もし、二階にある
自室に向かった
部屋に入ると大きめのベッドに横たわり
「明日の予定はと…」ノートに逐一それを書き出し
「よし」作業が終わったのかノートを閉じると
眠気が生じたのか
「今日はもう」ベッドに横たわろうとすると
部屋に置いてある全身が映せるようになっている
鏡が何だか波打っているように見えた
「え?」男は目を凝らしながらそれを見ると
確かに何か様子が…もう少しそれを見ていたら
「こっち」声が聞こえた気がした…若い女の子の声のような
「え?今の声は何だ…」少し慌てふためきその場に立ち尽くして
いると
「おいでよ」また声が聞こえる
「おいでって言われても…」どうやらその声は鏡の中からのよう
だった
すると鏡に美しい女の子の姿が現れ
「ずっと待ってたんだよ」そう言うと何ものにも代えられないような
笑顔を見せた
「ぼくのことをかい?」尋ねてみると
「そうよ」そう答えた
男はこれといった交際歴も年齢の割になく、こんな綺麗な人が
自分を誘ってくれているのか?その内容が信じられなく
しかしどうやら鏡の中にということのようだ
男は躊躇はしたが…好奇心に負け思い切って鏡に手を伸ばす
女の子にぐいと手首を掴まれた感触と共に気が付いたら
見たこともないような所に居た

言葉も出なく半ば呆然としていると
「ここは一体…」見渡すとテーブルに食事があり、別のテーブル
には大きめのテレビにゲーム機が接続されているようだ
とりあえずお腹は空いていたのでテーブルにある食事に手を伸ばす
一口食べてみてこれはと
「おいしい」食べたことも無い味に驚き…無我夢中でそれらに
どんどん手を伸ばす
「いやあこれは」何もかもが初めての体験に興奮し
何が何か分からないでいると女の子がソファーに座っている
もう一つのソファーがあったのでそこに座ると女の子と
相席になった
「ここはどう?楽しい?」そう言うので
「うん、すごい楽しいよ」と答えた
「あなたのために用意したのよ」そう言うと今度ははにかみながら
の笑みでそう話す
「え」あんまり驚かなくなってきているけど何だか嬉しくなって
仕方ないので
「いつもここに居るのかい?」そう聞くと
「そうよ」と返事するのがまた嬉しかったのか
「また来ていいかい?」そう聞くと
「もちろんよ」と言ったので
「分かったまた」前のめりになってこう答える
「今日は…」それからいろんなことを話した気がした

男は気が付くとベッドに横たわっていた
どうやら眠りから覚めたようで
「昨日のあれは夢?」混乱しているような頭で考える
「まあ夢にしては楽しかったなぁ」そう言うと
「今日の予定はと」ノートに書かれていることを確認し
いつもの朝支度をして家を出た

出先でも変わらぬ調子でそつなくことを終えると
半ば朦朧とした意識で家に着いた

夕食もほどほどに食べ終わるとそそくさと二階に行った
昨日のことが現実なのかそうなのか…確認したかったのである
ベッドに横たわり声が聞こえてくるのを待つようにしていると
「今日はどうだろう…」期待で鼓動も早くなってきているようである
「おかえり」昨日聞いた声だ
「ああ、ただいま」平静を装ってはいるが…やっぱり夢じゃない
そう考えるも早いのか…次の発言を待っていると
「昨日は楽しかったね…さあ」
「うん、よろしく」
二人はすっと鏡の中に姿を消した

昨日と同じ景色…まずはおいしそうな食事に手を伸ばす
「うんおいしい」変わらぬ状況に安心していると
今日はちょっと疲れたのか…ソファーで女の子と雑談のような
ものを交わし
「今日もありがとう」そう言って部屋に戻った
「やっぱりこれ夢じゃなかったのか」
こんな楽しい経験は初めてだったので興奮冷めやらぬ様子
「よし」張り切った様子で明日の支度を整えた

それからのことはあまり覚えていない
とにかく早く鏡の中に入りたい一心で作業を終えると
「ただいま」というのもそこそこにすぐさま鏡に向かった
「今日はちょっとばたばたしててね」
鏡にそう問いかける姿ははたから見たら相当奇妙に見えたが
「そう…でもここでまた」
「うん、そうしよう」
いつものようにおいしい食事に手を伸ばし…女の子と
色んな話をした
「今日も楽しかったよ」そういうと
「良かった」そう返事してくれたので
「じゃあまた」と言い残すとベッドに戻った

「えと今日の予定はと…」時間ごとに色々書き込んでいると
「ちょっと今日は忙しくなりそうだ」そんなことを考えつつ
家を後にした

「今日もまた鏡の中で」そう思いながら帰宅する
「おかえり」母親がそう言うので「ただいま」と答える
夕食はごはんとハンバーグ、それとみそ汁だった
「今日のはちょっとおいしいね」と言うと
「え?そんなこと言ってくれたの初めてね」
母親は驚いた様子でそっと下に目を向けた

「今日はどんなことを」考えているとまた鏡の中に入った
「今日はちょっとばたばたしててね」
「そう…大変だったね」
他愛も無いといえばそんな会話を交わし食事に手を付ける
「でも何とかうまくいったよ」
「それは良かった」
もうちょっと気の利いたようなことが言いたいとは
いつものことで…でもこの女の子の気を引けない自分に
もどかしさも毎回感じてはいる
「じゃあそろそろ戻るよ」
「そう…またね」

男はベッドに横たわり考えていた
「これどっちもほんとに起こってることだけど…
一体どっちが…」
だんだんと鏡の中の出来事が特別で無くなってきたことに
気が付き…特に食事はおいしいものに限って3回も
続けて食べたらしばらくそれには手を付けていないこと
など考えていたら
「母親の料理は特に特徴とか無いはずだけど…飽きた
って思ったことは」
色んなことを考えながら家を出た

今日もいつもの日常が始まる…家に帰ってきても
もう特別な感じは無くなっていて、鏡には入るけど
「今日はどれを食べようか」くらいのことしか
考えなくなっていた

この生活が半年を過ぎたころ、男は鏡をクローゼット
の中にしまい込み
「このままの生活を続けていたら…」そう呟くと
「色々教えてくれたんだね」
女の子に感謝の言葉を告げようか迷いはあったけど
それは胸のうちにしまっておいたほうが良さそうだと
そんなことをふと考えてしまった


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