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SIIFが注力する3つの社会課題#01「地域活性化」 変化を起こそうとする「人」が新しい価値観を運び地域を元気にする

 2022年調査によると世界のインパクト投資残高は1兆ドル超。インパクトを志向する資金の規模はどんどん増えている中で、本当に地球と社会はよくなっているのでしょうか。また、人々は幸せになっているのでしょうか。こうした問いに向き合うべく、SIIFは昨年初めて、注力する課題領域として「地域活性化」「ヘルスケア」「機会格差」の3つを掲げました。
 これまでSIIFはインパクト投資という「手法」にこだわり、その手法を使って課題を解決することを行なってきましたが、今回の3つの課題領域の設定は、課題を引き起こしている構造は何なのかを分析し、そこからSIIFとして何ができるか見つめ直そうという試みです。
 約1年をかけて、課題の構造分析→変化の仮説(セオリーオブチェンジ)→変化を促すためのアクション案の3つのステップで考察を進め、ビジョンペーパーとしてまとめました。これらのプロセス、そしてプロセスを通じて得た気づきや学びについて、課題領域ごとに3回に分けてご紹介します。
 1回目は「地域活性化」。地方創生の言葉で約10年前から政策が進められているテーマですが、思ったような成果は出ていないようです。地方が元気になるための変化を阻む要因は、どんなところにあったのでしょうか。SIIF常務理事で地域活性化チームリーダーの工藤七子に聞きました。

SIIF常務理事 工藤七子

ステレオタイプで語られる地域の課題
構造分析で根っこに見えてきたものは

 構造分析については、「仕事」「暮らし」「価値観」「自然環境」という4つのカテゴリに分けて、その中で一体何が起きているのか、なぜ地域・地方の活力が低下しているのかを課題構造マップを作り、分析していきました。地方には「仕事がない」「人口減少」「若者の流出」というようなステレオタイプで語られる社会課題がありますが、ではそれがなぜ起きているか深く掘っていくという作業です。
 例えば大学を卒業した若者たちが地元に帰ってこないという課題がありますが、それは単純に仕事がないというだけではなくて、もっと深いところには価値観という、すごく根強い慣習・思考様式が横たわっているのが見えてきました。それを顕著に現しているのが、地方へ戻ってこない傾向がもっとも強いのは、20代の女性だというデータです。保守的な価値観、男尊女卑といった古くからの考え方が強く残る地方では、女性の活躍に門戸が開かれていない。何か新しいことをしたい……と考える女性、結果的には男性もですが、能力が高く変化志向の強い人ほど、出て行ってしまって帰ってこない。こうした構造が固定化しているのではないか、ということがわかってきました。

地域活性化課題構造マップ

固定化した構造に変化を起こすレバレッジポイントは
人と人との関係性にある!?

 では、地域はどういう姿であるべきなのだろうか。SIIFとして目指したい地域活性化のビジョンを私たちは、「地域内外の人々がつながりソーシャルキャピタルが育まれることで、地域に自律的でポジティブな変化が生まれ、地域固有の文化・自然を活かしつつ、地域で暮らす人々が精神的・経済的な豊かさや安心を享受しつ続けられる地域となる」という言葉でまとめました。
 ソーシャルキャピタルというワードが入っていますが、これはよく「社会関係資本」と訳されます。ざっくり言うと、人と人との関係性。例えば組織の中での「信頼」関係とか、ある種の集団の中で共通で保たれている「規範」、絆や人脈といった「ネットワーク」が要素として含まれます。
 実はソーシャルキャピタルは地域活性化だけでなく、地域活性化と共にSIIFが注力する社会課題である「機会格差」「ヘルスケア」にも共通するレバレッジポイント(変化を起こす梃子の力点)として、図らずも出てきました。このことから、さまざまな社会課題の根源的な部分には、人と人との関係性が関わってくるという、大きな気づきがありました。

ソーシャルキャピタルを2つに類型化
地域活性化の鍵を握るのはブリッジング型 

工藤 ソーシャルキャピタルには細分化した類型というのがあるのですが、今回採用したのは「ボンディング型」と「ブリッジング型」です。簡単に説明しますと、家族や親族、地域コミュニティなど同質的な結びつきをボンディング型、ブリッジング型は異なる組織間における異質な人や組織、価値観を結びつけるネットワークのことを言います。例えば趣味を通じたコミュニティ、ボランティアなどの市民活動はブリッジング型のソーシャルキャピタルに分類されます。
 地域活性化で私たちがイメージしているのは、大都市圏を除く人口50万人以下、人口減少の傾向が強い地域です。こうした地域はボンディング型のソーシャルキャピタルを持っていて、地域のつながりが豊かで経済格差が少なく、セーフティネットもしっかりしているところも多い。その一方で、排他的傾向が強く、外から人が入って来にくい面もあり、結果として、人口の社会増や新規開業率が低いということが起こっています。地域活性化という観点で考えると、ボンディング型の強みや豊かさを維持しつつも、ブリッジング型のソーシャルキャピタルを強化していくことが重要なのではないかと考えました。
 先に挙げた地域活性化のビジョンですが、これを達成するためには一体何が必要なのか。私たちとして行き着いた結論は、変化を起こそうとする「人」が大事なんじゃないかということでした。目新しさの無い結論かもしれないけど、結局「人」、だと。教育
が大事、産業が大事、モビリティが大事、それはもちろんそうなのですが、そうした場で新しい変化を起こそうとする人がいて、その人が生き生きと活躍できていることが、地域活性化につながっていくのではないかということです。

変化や新しい価値観を生み出す人が
生き生きと活躍できる地域の構造

 日本全国を見渡してみると、いくつかの自治体で、私たちのビジョンを体現しているようなことが起こっています。ビジョンペーバー(以下:VP)では島根県海士町、徳島県神山町、岡山県西粟倉村を例に挙げていますが、いずれも人口数千人の小さな町村で、自律的でポジティブな変化を起こし、地域固有の文化や自然を活かした取り組みで、豊かな暮らしを実現しているように見え。
 これらの地域は構造的に見ると、ブリッジング型のソーシャルキャピタルがうまく活用されています。自治体と民間、古い組織と新しい組織、異質性の高いものが、まちの課題に協働で取り組み変化を起こすということができている。その結果、若い世代が地域に集まり、女性たちは子育てしながら地域で活躍できる場が確保され、それがさらに次世代につながる変化や新しい価値観を生み出していくという好循環になっているのではないか。
 ではこうしたことを実現するにはどんなことに取り組んでいくとよいのか、物理的なレバレッジポイントと構造を変えるレバレッジポイントとに分けて議論しました。物理的な方は教育や地域モビリティ、雇用など具体的に施策に落とし込めたり、インパクト投資につなげたりしやすいものをまとめています。そこにジェンダーの価値観をアップデートするような仕組み、ブリッジング型のソーシャルキャピタルを育んでいくような活動といった構造的なレバレッジポイントがセットで起こってくると、私たちの掲げたビジョンに行き着くのではないかと、これらを変化を起こすアクション案としてまとめました。

社会課題の構造から変えていくために
インパクト投資とはどうあるべきか

工藤 地域は活力を失っているとはいえ、多様で豊かな個性を持っています。したがって、どこの地域にも共通するレバレッジポイントがあるかというと、実はそうでもありません。また、変化しなくてもいいと思っている地域は、無理に変えなくてもよいのかもしれないとも思うに至りました。
でも変化を起こそう、地域をよくしていきたいという願いを持っている人たちがその活動を起こせるような環境を、インパクト投資という手法で作っていくことはできるのではないか。そうした動きの一例として、イギリスやアメリカで進んでいるプレイスベースインベストメントというインパクト投資の手法をVPでは紹介しています。
ここまでのプロセスを通じで、メンバー一人ひとりの中には、課題にアプローチしていくやり方や目線、課題への共感といった部分に変化や成長があったと感じています。課題の表層にアタックすることから、課題が起きている構造に目を向けて、構造から変えていくための投資、インパクトビジネスとはどうあるべきなのか。このことをこれからも考え続けていきたいと思っています。

ビジョンペーパー【地域活性化】

https://www.siif.or.jp/wp-content/uploads/2023/06/SIIF_VP_Regional-activation.pdf

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