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社会的インパクト評価は「Whyから始めよ!」~金融庁×GSG国内諮問委員会共催第3回「インパクト投資に関する勉強会」を終えて~

SIIF 常務理事 工藤七子

事業や投資が生み出す社会的インパクトを可視化する「社会的インパクト評価」はSIIFの活動全てを包含する最も重要な取組だ。それは社会の価値判断の新しい「モノサシ」を提示することだと私たちは信じている。社会的インパクト評価によって経済的価値だけではなく社会的価値が重要視されるようになり、結果的に社会をより良い方向に変えていく、という信念だ。社会を変えることは究極的には人々のものの見方を変え、「何が大事か」に関して新しい常識を作っていくことだとするとこんなにもパワフルな取組はないじゃないか!と。

先日この信念をぐらぐらと揺さぶられる会話があった。中高生の教育に取り組む友人が共有してくれた話。教育現場では今、偏差値偏重への反省から偏差値に代わる指標、例えばコミュニケーション能力、問題解決力、多様な社会経験などが重視され始めている。まさに新たな「モノサシ」が提示されているのだ。ところが、こうした新しい価値基準は容易に矮小化・商品化されて偏差値と同じようにその獲得のための競争が起きているようなのだ。学校外の教育がこぞって問題解決力なるもの身に着けるプログラムを提供したり、大学が求めるコミュニケーション能力なるものをアピールする術を伝授したり…結果的にこういった新たな「モノサシ」が教育格差を助長することに。評価軸を変えること、多様化させることは本当に社会をよくするのだろうか、というのが彼のモヤモヤだった。

価値判断の「モノサシ」を変えること、果たしてそれが本当に社会的インパクトを拡大するのだろうか?彼のモヤモヤに引きずられて参加した先日の第三回の金融庁勉強会で再度同じ問いに向き合うことになった。

「社会的インパクトを可視化し、改善する」という広い意味での社会的インパクト評価について日本で最も深く思考している人(と私が勝手に思っている)社会的インパクトマネジメントイニシアチブ(SIMI)の今田さんが今回の勉強会で「社会的インパクト評価はWhyから始めよ!」と訴えていた。

社会的インパクト評価・マネジメントがインパクト投資界隈のメインアジェンダになるにつれて「どんな指標で測ったらいいでしょうか?」「どうしたらインパクトウォッシュといわれない評価になるでしょうか?」といったWhatやHowの質問を多く頂くようになった。「インパクト評価ってなんですか?」としか聞かれなかった数年前に比べると私たちにとってはなんとも喜ばしいことだ。

一方で、インパクト評価・マネジメントを行う目的は何か、なぜこの手法を使うのか、この指標から何を学べるか、といったもっとも重要な「Why」の問いが見過ごされがちだ、というのが今田さんが訴えていた背景にある。金融庁勉強会で今田さんが引用した社会的インパクト評価・マネジメントの定義は以下の通り。

「Impact measurement and management includes identifying and considering the positive and negative effects one’s business actions have on people and the planet, and then figuring out ways to mitigate the negative and maximize the positive in alignment with one’s goals.」

特に最後の一言、「in alignment with one’s goals」を引いて今田さんは「投資家自身の目的と照らして、というところが重要。主体性がものを言うのだ」とコメントされていた。

インパクト投資の世界では社会的インパクト評価・マネジメントのためのツールが百花繚乱だ。IFCやUNPRIが定めた投資家としての行動原則、SDGsのゴールやIMPの5次元フレームワークといった評価の仕組、IRISやBlabのアセスメントツールのような指標や標準など…いずれも「何をどうやって測ればよいのか」という問いに答えるには便利な道具たちだ。これらの発展の裏にはインパクト投資をより取組みやすくして、メインストリーム化するために苦心してきた仲間たちの努力がある。こういったツールがより多くの投資家を巻き込むためには不可欠だ。

一方で、こういったツールを機械的に、チェックリスト的に採用することは思考停止を引き起こすリスクがある。主体性を阻むこともあると思うのだ。私たちはどんな社会を実現したいのか?どんな社会的インパクトを創出したいか?自分たちの投資行動は本当に長期的な社会的インパクトに繋がっているだろうか?社会的インパクト評価の結果から何を学びどう活かせば良いか?こういった本質的な問いに向き合い続け思考し続けるのがむしろ社会的インパクト評価・マネジメントの本質だということを今回の勉強会で改めて気づかされた。

きっと、価値判断の「モノサシ」を変えるだけでは根源的な変化は起こらない。新しく生み出された「モノサシ」に向かって盲目的な競争が起こるとしたら利益のみを価値判断の軸として投資を行うことと変わらない。新たに用意された評価軸や指標はむしろ自らの投資行動の目的と向き合い、深く思考し、関係者と対話をしながら学び、改善に向けて主体的に行動するための道具でなければならない。

冒頭の教育関係者の友人との会話に戻る。評価軸を変えることに疑問を抱き始めた彼に、では何をする?と問うたところ、「教育の指標を多様化することよりも自己決定の力を育みたい」と言っていた。志望校の選択、文系理系の選択、その先の未来について、教育業界が決めた価値判断の軸ではなく、自分なりの判断軸を作りながら、悩みながら、最後は自分で決めたと言えること、その手助けをしたい、と。そして、彼の調査によれば自己決定ができる人というのは幸福度が高い、とのこと。

願わくは、インパクト投資に関わる人や組織がそれぞれの投資目的と向き合い、社会課題や社会のあるべき姿を考え、悩みながら、主体的に取り組むことで幸福になっていったら素敵だなぁ。まだまだ芽が出始めたばかりの日本におけるインパクト投資のフロンティアを歩いている金融庁勉強会の委員の皆さんの「Why」をめぐる議論を聞きながらそんなことを考えていた。

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