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インパクト投資の国際原則「Impact Principles」署名のリアル【後編】 「情報開示報告書」「独立検証」とは何か?

インパクト投資の国際原則、「Impact Principles(Operating Principles for Impact Management、インパクト・マネジメント運用原則)」。SIIFと新生インパクト投資が共同運営する「はたらくFUND」と、SIIFICとSIIFが共同運営する「SIIFICウェルネスファンド」は、ともにImpact Principlesに則った運用に挑戦しています。後編では、Impact Principles署名に必要な年次「情報開示文書」と、署名後に定期的に行う「独立検証」について、その実際をご紹介します。

SIIFIC共同代表パートナー 三浦麗理
SIIFインパクト・オフィサー 加藤有也
SIIF常務理事 工藤七子

Impact Principles Linked Inサイトにおける、署名者の声についてのポスト、Link

Impact Principles署名にあたって提出する「情報開示文書」とは?

SIIF(はたらくFUND):情報開示文書
SIIFIC:情報開示文書

工藤 Impact Principlesに署名するための唯一の条件(※登録費と年会費を除く)が、署名後1年以内に「情報開示文書」(毎年更新が必要)を提出することだと伺いました。この報告書は、具体的にどんなものなのでしょう?

加藤 Impact Principlesに署名することは、その9原則に則ったインパクト投資プロセスを整え、実践している、していくという宣言です。ですから、自らのインパクト・マネジメントの内容を開示する必要があります。そのために文書を提出するわけです。

(出典) International Finance Corporation(IFC), 「インパクトを追求する投資:インパクト投資の運用原則 参考和 訳」(2019)

「はたらくFUND」の場合、実は署名以前からImpact Principlesの9原則を参考にして運用していました。9つの原則を研究し、実際に自分たちのオペレーションに当てはめるとどうなるか、地道に積み上げてきたんです。ただ、それだけでは限界がありますし、外部からどう見えるのかを知りたかった。それが署名の動機でもありました。

開示文書の作成は、これまで実践してきたオペレーションを、Impact Principlesの9原則に沿って文書化していく作業でした。実際に作業に取りかかってみると、すらすら書けるところと、そうでないところがあるんですね。文書の作成そのものが、これまでのオペレーションを見直すプロセスで、それだけでもたくさんの気付きがありました。

三浦 Impact PrinciplesのHPには署名機関の情報開示文書と独立検証の要約が公開されています。ですからまず、183ある署名機関(2024年5月時点)の中から、私たちのファンドと資金規模や投資先の類型が近い署名機関を選び、彼らの開示文書を徹底的に研究しました。機関によって書き方も様々でした。

海外のファンドは独立検証の成績も公開しているので、高評価を得ているファンドが分かります。その文書と検証結果の要約を読み込んで、SIIFICとしてどのようにまとめるべきかを考え、チームで話し合いました。

Impact Principlesの事務局に文書を提出してから1週間後、事務局から2件の修正指示と2件のアドバイスが届きました。指示は開示文書の報告要件に従い運用総額を米ドル換算で明記すること及び独立検証要約へのリンクを提供すること(原則9)。アドバイスは、インパクト評価にIRIS+やHIPSOを使用している場合、その旨を明記し、「シーズの定義」についても透明性を高めるために詳細に書くことでした(原則4または6)。
SIIFICウェルネスファンドとして、投資先を絞り込む最初のポイントは、4つの投資テーマに合致するかどうか、「シーズ」の定義を満たしているかどうかの2点です。ここでいう「シーズ」の定義とは、「アイデア」「サイエンス」「ニーズ」の3つが揃っていることです。(詳しくはこちら)インパクト・マネジメント・システムには直結しないと考えて、簡潔に書いていたのですが、Impact Principles側から「そこもきちんと書いた方が透明性が高まる」という意見が出たのは意外でした。そこで、文書の最終版にはしっかり書き込んでいます。
二つ目のアドバイスは、ESGについても透明性を高めるために、ポリシーがある場合はリンクを提供すること(原則5)。こちらはSIIFICのHPで公開していたので、そちらのリンクを加えました。

工藤 開示文書の作成には、どのぐらい人手や手間がかかりました?

加藤 SIIFと新生インパクト投資から1人ずつ中核メンバーを出し、他のメンバーは必要に応じて意見を言ったり資料を提供したり、という感じでしたから、2〜3人というところですね。全体の作業量としては、インパクトレポートを1本作成する程度だと考えていいんじゃないでしょうか。ただ、最終的には英語で仕上げなければならないので、そこは日本人にとってハードルかもしれません。基礎的なコミュニケーションや情報共有であれば、DeepLのような機械翻訳も活用できると思います。

三浦 SIIFICではファンドマネジャー(梅田・三浦)自らがインパクトデューディリジェンスをリードするため、Impact Principlesの文書も自分たちで書きました。これがSIIFICの特徴だと思います。ただ、組成と同時に署名したため、私たちは1からインパクト・マネジメント・システムについて書かなければなりませんでした。従い、期間としては2ヶ月ぐらいかかったと思います。ただ、ここには、チームに確認してもらう期間も含まれていますから、正味は1週間ぐらいではないでしょうか。なおかつ、SIIFICでははじめから英語で作成したので、翻訳の時間と手間は必要ありませんでした。開示文書は毎年提出する必要がありますが、次回からは業務量が少なくなると思います。

1〜5年サイクルで行う「独立検証」とは?

SIIF(はたらくFUND):BlueMarkによる独立検証要約
SIIFIC:Phenixによる独立検証要約
 
工藤 独立機関による検証とは、具体的に何を行うのでしょう?

加藤 こちらが提出した「情報開示文書」に対して、独立検証機関(「はたらくFUND」の場合はBlueMark)が文書の内容と、報告書通りに実践しているかを検証します。私たちが提示する内部資料、投資や支援の実務で実際に使っているスプレッドシートやチェックリストなどを確認して評価しています。Blue Markの最大の魅力は、多くの検証実績があるので他の類似ファンドとの比較ができることと、検証して終わりではなく、実務ですぐにも使えるような具体的な改善提案をしてくださることでした。

BlueMark https://bluemark.co/

三浦 SIIFICは独立検証機関をプロポーザル方式で選びました。具体的にはBlueMarkとPhenixの2社に検証方法や費用を提案してもらい、双方と面談したうえでPhenixに決めました。一番の決め手は、オランダ本社から2名、日本から1名で構成されるPhenixの検証チームに、一定の権限を持つ日本人シニアスタッフがいて、日本語の資料については翻訳せずに日本語で判断してくれることでした。
 
もう1つは価格面です。Phenixは「設立間もないファンドなので、まずはインパクト・マネジメント・システムがImpact Principles9原則に準拠しているかどうかを確認するのが重要」という理由で、フルバージョンより手頃な検証パッケージを提案してくれました。ただ、実際には1ヶ月かけて、フルバージョン並みの時間をかけて検証してくれたと思います。検証中は厳しい議論もありましたが、SIIFICウェルネスファンドの投資委員全員が参加した最終報告会でいただいた具体的なアドバイスはとても学びが深かったです。

(出典)Phenix社

工藤 採点の仕方も両者で違いがあるんですよね?

加藤 BlueMarkは4段階評価、Phenixは3段階評価でした。

三浦 BlueMarkは「原則9」の独立検証を評価の対象から外しているけれど、Phenixは入れているという違いもありました。

工藤 検証機関によって異なる特徴があり、自社の状況に合わせて、選ぶことができるのですね。実際に検証を受けてみての感想はいかがですか。

加藤 ファンドの改善点が明らかになったことがとても大きいですね。BlueMarkは評価点に加えて、どこをどう修正するべきかという具体的なアドバイスをくれました。9つの原則に沿っているので、実務の各プロセスに直接結び付く、極めて実践的な指摘です。

私たちは今、この検証結果を反映したファンド運用プロセスの改訂と、各プロセスのマニュアル作成に取り組んでいるところです。この作業を通じてインパクト投資に関する認識がさらに整理され、ファンドのメンバーみんなに浸透していくのを実感しています。

工藤 具体的に受けた指摘を例示していただけますか。

加藤 例えば「戦略上の意図」における「原則1」は、戦略的なインパクト目標を、投資戦略に沿って定義することを求めています。

「はたらくFUND」の場合は「多様な働き方・生き方の創造」というインパクト目標をSDGsのようなグローバル目標とも対応させている点と、ファンド全体のTheory of Changeを策定している点で高い評価を受けました。
 
「はたらくFUND」が特に高い評価をもらったのは「組成とストラクチャリング」に位置付けられる「原則3」の投資先企業とのエンゲージメントと、「原則4」のIMMの実践です。

一方で、まだエグジットに至っていないこともあり、「ポートフォリオマネジメント」の「原則6」と「エグジット時のインパクト」の「原則7・8」は標準的なレベルに留まりました。「エグジット時のインパクト」については、比較対象のファンドでも、まだあまり高評価は出ていないようです。

工藤 SIIFICインパクトファンドは独立検証の評価書を公開しているんですね。

三浦 できたばかりのファンドですから、成績が悪くても公表しようとチームで決めていました。これから1年後、2年後に次の検証を受けることで、みなさまに私たちがどれぐらい成長したかを見ていただけると思います!
今回、評価が低かったのは「原則2」のポートフォリオレベルでのインパクト・マネジメントと「原則8」のモニタリングの項目です。「原則2」は、検証時、投資先が1社でそもそもポートフォリオができていなかったこと、「原則8」はまだKPIを測る段階に至っていなかったことが大きな要因です。

「原則5」のESGのリスクマネジメントも低評価でしたが、これは文書化できていなかったことが問題とされたので、指摘を受けて開示文書に書き加えました。「ちゃんと実践して結果も出しているのに、そのプロセスが記述されていない」という指摘を受けて文書化した項目は少なくありませんでした。

加藤 ベンチャーキャピタルは投資先ごとに個別の対応を迫られがちですが、ことインパクトに関しては細かなひとつひとつのプロセスやフォーマットの「標準化」が大事なんだということを学びましたね。利益やキャッシュフローよりもつかみにくいものを扱うからこそ、プロセスに再現性を持たせることが重要だということです。

三浦 うれしかったのは、Phenixが私たちの投資先のシステム図に関心を持ってくれたことですね。世界中のインパクトファンドのデータベースを持っている彼らが、「このシステム図を用いたインパクト投資は世界的に見ても先進的な試みだ」と評価してくれたことは、大きな自信につながりました。

Impact Principles署名の今後

工藤 評価を受けて今後、特に注力したいと考えていることはありますか?

加藤 次は「エグジット時のインパクト」、インパクトIPOですね。先日「インパクト企業の資本市場における情報開示及び対話のためのガイダンス第1版」が公開されました。はたらくFUNDも議論に深く関わっていますから、これに基づいてファンドのメンバーで具体策を議論する予定です。

三浦 システム図の作成などのプロセスを誰にでも共有できるよう、仕組み化し、文書化していくことが必要だと考えています。

工藤 Impact Principles署名機関同士の横のつながりはあるのでしょうか?

加藤 グローバルではウェビナーがたくさん開催されていますし、国内でもImpact Principles署名機関の会合を持ったりしています。日本にはまだ仲間が少ないので、ぜひ積極的に署名を検討していただきたいですね。何か分からないことがあれば、私たちが相談に乗ります。Impact Principlesは型があって目標が決まっているので、取り組みやすいのではないでしょうか。

三浦 すでに約180もの開示文書が公開されていますから、それを読み込むだけでもかなり勉強になりますし、インパクト・マネジメント・システムが整っていれば、必ず伝わる開示文書が書けると思います!

 ※ Impact Principlesの登録費用と年会費(2024年5月末時点)

(出典:Impact Principles HP

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