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システムチェンジに金融の力を呼び込む「Transfomation Capital」


1. システムチェンジを「投資可能」なものにするには?

システムチェンジ投資は非営利の社会課題解決の領域だけではなく、今後、地球環境の持続可能性のために大きな移行(Transition)が求められるビジネスセクターにおいても、各業界の構造を大きく変えるドライバーになる可能性があります。

「社会や環境のシステムを変える取り組みを、投資可能なものにするには?」

この記事ではビジネスや金融の立場からシステムチェンジに取り組みたいと考えている方々にとっての手がかりを作るべく、スイス・チューリヒに拠点を置く「TransCap Initiative」(以下、TransCap)の取り組みをご紹介します。

TransCapは、「本質的なソーシャルインパクトを生み出す金融資本の流れ」を再構想するために集まったマルチセクターの法人・個人による非営利型の「Think & doタンク」です。2024年9月現在、7名のコアメンバーを中心に、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)などの研究機関、国連機関であるUNDP、アセットマネージャーのEBG Investment Solutions、インパクト創出に関心のある富裕層の世界的ネットワークのThe ImPactなど「金融システムの変革」に関連する様々なセクターのパートナーと連携しながら活動を展開しています[Systemic Investing Initiative]。

【システムチェンジ・ライブラリ powered by SIIFについて】
社会課題の解決と経済的な持続性を同時に志す人々がつくる新しい経済(=インパクトエコノミー)の実現を目指すSIIF(社会変革推進財団)のインパクト・エコノミー・ラボが運営する、世界の「システムチェンジ」を志向する投資・課題解決の先行的事例や実践知のコレクションです。特に、SIIFが行うシステムチェンジ投資事業の実践や国内外の調査研究から得られた気づきや知見をもとに、社会の当たり前を変えるための新しいお金の流れや、多様なステークホルダーが協力してつくる事業を生み出すヒントを発信していきます。

2. TransCap Initiativeについて:3つの事業領域とキーコンセプト

組織概要と3つの事業領域
TransCapは欧州最大の気候変動イノベーション・イニシアティブであるClimate-KICで投資ディレクターを務めていたDominic Hofstetter氏らが2019年に立ち上げたシステミック投資のためのイニシアティブで、インパクト投資への「Systems-lens」(システムレンズ、システムの複雑性を前提に現象を分析すること)の導入を目的としています。

気候変動、生物多様性の喪失、社会的不平等、公衆衛生の悪化、構造的差別…

これら人類社会と地球環境にとっての最も差し迫った課題は、「複雑な課題」であり、その解決のためには課題の複雑性を前提にしたシステミックな解決策が必要となります。

TransCapは、これらの課題が生まれるシステムに働きかける投資の概念と手法を「Systemic Investing(システミック投資)」と定義し、「調査研究(Research)」「実証事業(Prototyping)」「市場開発(Field Building)」の3つの柱でシステミック投資の実践と探究に取り組んでいます。TransCapが定義する「システミック投資」は、SIIFが実践・研究する「システムチェンジ投資[SIIF, 2024]」の先駆的な動きの一つと捉えられます。
(本記事では、以降、TransCapが提唱・実践するシステミック投資も含めた総称として「システムチェンジ投資」を使用します。)

図表1: TransCap Initiativeがシステムチェンジ投資の普及を進めるための3つの事業領域、アプローチ、最新の事業フォーカス[TransCap InitiativeのWEBサイト「Our Work」より引用。]

2019年の設立以降、2020年に発表したサステナブルな実体経済への移行を促すシステムチェンジ投資ロジックについてのホワイトペーパーTransformation CapitalーSystemic Investing for Sustainability発表を皮切りに、気候変動を軸に、都市開発や農業・食等のテーマでの実証事業の推進を活性化させています。
(なお、TransCapの運営母体はSystemic Investing Initiativeという非営利組織となっていますが、ステークホルダーとの協働プロジェクトや刊行物の大半はTransCap Initiativeの名前で行われています[Systemic Inveting Initiative]。)

事業コンセプト:Transformation Capital
TransCapの事業の根幹にあるのは、「Transformation Capital」という事業コンセプトであり、システム思考と金融をつなぐための投資ロジックです。TransCapは、2020年に公開したホワイトペーパーの中で、次のようにTransformation Capitalを定義しています。

社会技術システムの抜本的な変化を目指す資金を提供するための投資ロジックで、公正でインクルーシブかつ、気候変動に対する強靭性を持つ低炭素社会を目指すためのもの。
Hofstetter, D., 2020

このロジックの背景には、下図が示す通り、政策・科学・社会・経済の4つの文脈があります。

まず、政策・科学の観点では、パリ協定における低炭素・気候変動対応のための一貫した金融を実現する目標(政策の文脈)、そして国連IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が発信する社会技術システムの抜本的な変革の必要性(科学の文脈)がベースにあります。

そして、社会・経済の観点では革新的な志向を持つアセットオーナーや投資家、イノベーターとの連携(社会の文脈)、そしてその連携をベースに特定地域のシステムを変えるための投資を促進して未来社会に適応できる資本主義づくりに貢献していく考え方(経済の文脈)となっています。

図表2. 「Transformation Capital」の概念図。システム思考とファイナンスの結節点で投資ロジック
を開発し、実践を通じてテスト、そして国際社会への貢献を目指す考え方が示されている[「Transformation CapitalーSystemic Investing for Sustainability.」(Hofstetter, D., 2020)
より引用]。

3. TransCapの取り組み:システムチェンジ投資の研究開発

TransCapの事業戦略の大きな特徴は、上記のTransformation Capitalのコンセプトを共通言語に、主に革新的な志向性を持つアセットオーナー・投資家、イノベーターを中心に様々なアクターが連携するオープンな実践と研究のプラットフォームとなっていることです。

TransCapのプラットフォームの中で行われる実証事業とシステムチェンジのコンサルティングや研究開発の両輪を回すことで、システムチェンジ投資に取り組む、あるいはこれから開始しようとしている団体・組織が参照しやすい形で実践知の可視化が進んでいます。

この「実践知づくりと発信」こそ、システムチェンジに関わる投資家や事業者がシステムレベルでの戦略構築や方法論の導入を行う上での参照価値が高く、黎明期であるシステムチェンジ投資の取り組みの波及に貢献していると考えられます。

システムチェンジ投資の16の構成要素(The 16 Hallmarks of the systemic investing)
その実践知づくりと発信の一例として、この記事では、TransCapが提唱している「システムチェンジ投資の16の構成要素(The 16 Hallmarks of the systemic investing)」をご紹介します。
TransCapは、8月に発表したペーパー「Definition and Hallmarks of Systemic Investing」のなかで、システムチェンジ投資をシステムチェンジ投資たらしめる16の構成要素についての現行仮説を提示しています[TransCap Initiative, 2024]。

図3. TransCapによるシステムチェンジ投資の構成要素(Hallmarks)一覧。こうした定義や概念整理は、定期的に更新され続けています。[「What is systemic investing? An update on definition, key concepts, and relevance.」(Hofstetter, D., 2023)より引用]

1. Systems Mindset(システム・マインドセット)
システムチェンジ投資家の社会課題の捉え方、解決のための考え方が、システム思考や複雑系科学に根ざした本質的な態度や信念、志向性にもとづいていること。

2. Transformational Intent(変革の志向性)
特定のシステムに高次元の変化をもたらすためのビジョンがあること。

3. Systems Analysis(システム分析)
戦略的な知見が開発され、それがシステムチェンジ投資の資金提供における意思決定にフィードバックされていること。
(この要素における「戦略的な知見の開発」は以下の3つの要素に分解される。)

4. Systems Mapping(システム・マッピング)
システムのなかの要素間の結節点や関係性、動的な性質(ダイナミズム)を理解し、可視化していること。

5. System Boundary(システムの境界線)
システムの範囲(スコープ)や限界を定義する、概念的な境界線の設定。

6. Leverage Points(レバレッジ・ポイント)
複雑なシステムのなかで、ある変化がシステムのなかの他の箇所にまで大きな影響を与えられる場所の特定。

7. Theory of Transformation(セオリー・オブ・トランスフォーメーション)
システムの変化がどのように起こり得るのかについての包括的な仮説づくり。

8. Transition Pathways(トランジションの道筋)
望まれる変化が起きた未来と現状をつなぐためのシナリオや一つひとつの道筋を可視化していること。

9. Systems Financing Needs(システムチェンジのための資金ニーズ)
意図したシステムの変化を起こすために必要な資金ニーズの仮説づくり。

10. Coalition Building and Orchestration(資金提供者ネットワークの組成と活性化)
システムチェンジの意図と戦略を共有し、コミットする投資家や資金提供者の連合体が組織されること。

11. Investment Architecture(投資アーキテクチャ)
システムチェンジ投資における包括的な投資ストラクチャの設計。具体的には必要な投資ビークルの選択肢や契約形態、必要な投資額と連動したビークルのサイズが考慮され、求められる介入に対して適切なタイミングでの資金提供が可能になっていること。

12. Strategic Investment Portfolio(戦略的投資ポートフォリオ)
投資アーキテクチャの多様なアセットが、システムチェンジの戦略となるセオリー・オブ・トランスフォーメーションに紐づく形で組み合わせられ、投入可能になっていること。

13. Invest Vehicle Design(投資ビークルの設計)
法人形態、リターンなどの投資に関する諸条件、投資ストラクチャーが、システムチェンジを目指す意図と実行プロセスとの一貫性があること。

14. Nesting(リターン志向のある投資以外の取り組みとの連携)
投資ポートフォリオ内の活動が、投資対象とならないシステムチェンジの取り組み(例:NGOや公共セクターの活動)とシナジーを生むべく連携していること。

15. Combinational Effects(複数の介入の効果が増幅されること)
投資ポートフォリオ内の複数の投資活動が戦略的に連携し、取り組みの効果が増幅されるシナジーが生まれること。

16. Measurement, Learning and Sensemaking(システムチェンジのインパクト測定、学習、意味の抽出)
システムの変化を把握・測定し、重要な知見を得る取り組みが行われるとともに、その知見がシステムチェンジ投資における説明責任(アカウンタビリティ)の土台になっていること。

TransCapが提案する「システムチェンジ投資の構成要素(Hallmarks)」は、世界各地の金融機関やVC、事業会社によるCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)、あるいはTransCapのような中間支援組織などがシステムチェンジ投資のプロジェクトを立ち上げる際、抑えておくべき重要なポイントやプロセスを一般化したものとして活用できると考えられます。

2024年現在、システムチェンジ投資は世界的にも新しい概念・手法のため、必ずしも世界共通のプロセスやフロー、チェックポイントが存在する訳ではありません。

しかし、これら16の構成要素は、このシステムチェンジ投資の黎明期において、システムチェンジ投資に関心を持つ投資家・事業者がシステムチェンジ投資のプロジェクトを立ち上げ、運営し、活動を評価するための考え方・やり方の羅針盤として活用できるのではないでしょうか。

また、調査研究の観点では、TransCapは2023年に研究アジェンダを発表し、学術研究や概念整理に関する方針、優先順位、リサーチ・クエスチョンをを明らかにすることで、システムチェンジ投資に取り組む、あるいは関心のある業界ステークホルダーに対してのより有益な情報提供に貢献しようとしています[Systemic Investing Initiative, 2023]。

図4. TransCapが公開している研究アジェンダペーパーで紹介されているリサーチ・クエスチョンの一部。[「1st Generation Research Agenda.」(TransCap Initiative, 2023)より引用]

4. TransCapの取り組み:システムチェンジ投資の実証事業

持続可能なモビリティシステムの構築を目指す、スイスでの実証事業
それでは、TransCapはその知見を活かしてどのようなシステムチェンジ投資の実証事業を進めているのでしょうか。

この記事では、スイスの交通システムによる二酸化炭素排出のネットゼロ化を進めるシステムチェンジ投資の実証事業「Transforming Switzerland’s Mobility System」(以下、ネットゼロモビリティプロジェクト)をご紹介します。

この取り組みは2021年、スイスの小売企業ミグロが設立した基金「Migros Pioneer Fund」との連携のもと、TransCapが持つシステムチェンジ投資のロジックをスイスにおいて最大の二酸化炭素排出要因である交通システムの脱炭素・ネットゼロへの移行(トランジション)に活用すべく、金融、行政、アカデミアのリーダーとともに調査研究・戦略づくりを行うところから始まりました[Systemic Investing Initiative, 2021]。

下図の通り、このプロジェクトにはモビリティ領域のシステムチェンジを促進するために必要なプレイヤーがアライアンス・チームを組んでいます。主要パートナーとして先述のMigros Pioneer Fundに加えて、システム分析を行うパートナーとしてシステム思考のコンサルティング会社のMetabolic社、ファイナンスパートナーとしてEBG Investment Solutions社、交通システムのオーナーとして電化モビリティの業界団体であるSwiss eMobilityと連携しています[TransCap Initiative, 2023]。

図5. Transforming Switzerland’s Mobility Systemプロジェクトの概要シート[「Towards a System Transformation Strategy: Insights from the Net-Zero Mobility Prototype in Switzerland.(TransCap Initiative, 2023)より引用]。

システムチェンジ投資プロジェクト組成のプロセス
このスイスでのネットゼロモビリティプロジェクトは現在進行形かつ多様な論点を含むため、この記事で扱える情報には限界があります。

しかしながら、この記事ではシステムチェンジ投資に関心のある投資家・事業者の皆さんの具体的な興味に出来るだけ応えるべく「実際のシステムチェンジ投資プロジェクトの組成プロセス」に切り口を絞ってご紹介します。

前提としてこのネットゼロモビリティプロジェクトの進捗は、2024年9月時点で公開情報を調べた限りでは、交通システムを変革するための戦略(上述のシステムチェンジ投資の構成要素の「7. Theory of Transformation」)づくりまでが完了しており、投資ポートフォリオを含む実際の投資スキームの開発を実施中というステータスまで確認できました[TransCap Initiative, 2023]。

以下の図はTransCapによるシステムチェンジ投資のプロセス(仮説)を簡易的に示したものとなりますが、この図が示すプロセスの「3. develop systems transformation strategy」までが完了しているとご理解ください。

図6: システムチェンジ投資のプロセス(仮説)。このプロセスは実際には非常に複雑なシステムチェンジ投資のプロセスを簡略化したものであり、システムチェンジ投資を進めるなかで生まれた学びをもとに各プロセスを行き来したり、立ち戻る可能性もあるとされている[「Towards a System Transformation Strategy: Insights from the Net-Zero Mobility Prototype in Switzerland.(TransCap Initiative, 2023)より引用]。

ステップ1: Transformative Intent Setting(システムチェンジのゴール設定)
ネットゼロモビリティプロジェクトでは、最初のステップとして「どのようなシステムチェンジを目指すか」についてのゴール設定、ビジョンづくりを行っています。

このネットゼロモビリティプロジェクトの本質的で構造的、そして不可逆的な変化(システムチェンジ)を目指すゴールは、次のように設定されています。

モビリティの電化の促進とガスを排出する自動車等への依存を減らすことでスイスの二酸化炭素排出を減少させ、気候変動に対する強靭性を持ち、公正でインクルーシブなスイスの交通システムを実現するための資本を流通させること。
[TransCap Initiative, 2023]

図7: ネットゼロモビリティプロジェクトのゴール設定を説明しているスライド。このステップは、「システムチェンジ投資の構成要素(Hallmarks)」の1. Systems Mindset(システム・マインドセット)および2. Transformational Intent(変革の志向性)と紐づいています[「Towards a System Transformation Strategy: Insights from the Net-Zero Mobility Prototype in Switzerland.(TransCap Initiative, 2023)より引用]。

ステップ2: Systems Analysis(システム分析)
システムチェンジのゴール設定を行った次のプロセスは、変化を起こしていく対象となるシステムについての理解を深める「システム分析」となります。

このプロセスは以下の資料によると、システムチェンジ投資の構成要素の以下の3つに関連付けられています。

・3. Systems Analysis(システム分析)
・6. Leverage Points(レバレッジ・ポイント)
・16. Measurement, Learning and Sensemaking(システムチェンジのインパクト測定、学習、意味の抽出)」

※なお、以下資料は2023年に公開されたものですが、「システムチェンジ投資の構成要素」は2024年に10個から16個に更新・細分化されたため、以下の2つの構成要素もこのステップ2で検討されているものと考えられます。
・4. Systems Mapping(システム・マッピング)
・5. System Boundary(システムの境界線)

図8: ネットゼロモビリティプロジェクトのシステム分析のプロセス[「Towards a System Transformation Strategy: Insights from the Net-Zero Mobility Prototype in Switzerland.(TransCap Initiative, 2023)より引用]。

このステップは大きく6つのプロセスに分けられます。

1. システムの境界線の設定
2. データ収集
3. データ分析、インサイトの抽出
4. システムマップの作成
5. 未来予測
6. レバレッジポイントの洗い出しと優先順位づけ

簡単に説明すると、まず今回のプロジェクトで取り組むシステムのスコープを定義するため、上述のMetabolic社との共同ワークショップを実施し、システムの境界線「スイス(地理的)」「自動車等の脱炭素(領域)」「電化の促進と自動車交通量の減少(アプローチ)」と設定しました(プロセス1)。

その上で、デスクリサーチ(交通システムおよび関連領域の文献調査)とステークホルダーインタビュー(20名以上の有識者への半構造インタビュー)を行い、システムの全体像や変革を進めうるドライバーやそれを阻む障壁への理解を深めました(プロセス2)。

そのデータをもとに、氷山モデルのフレームワークを使い、明らかになってきた交通システムの課題を「表出している課題」と「課題を生み出す原因」に区別し、システムを動かしている主なドライバーを特定する作業を行いました(プロセス3)。

4つめのプロセスでは、これまで整理した情報を元に、それぞれの要素がどのようにつながり、影響し合っているかを可視化するシステムマップを作成しています。以下の図のようにシステム全体を可視化するマップを作成した上で、問題を生み出す構造・ループ(要素同士の相互作用)がどこに存在するかの当たりをつけていきます。

なお、今回のTransCapのレポートによると「一般消費者向け電気自動車充電インフラ」「公営の電気自動車充電インフラ」「中古電気自動車の流通」「自動車の所有に関する意識とカーシェアへの移行」が特に重要なループだとされています。

図9: ネットゼロモビリティプロジェクトのシステムマップ[「Towards a System Transformation Strategy: Insights from the Net-Zero Mobility Prototype in Switzerland.(TransCap Initiative, 2023)より引用]。

現状のシステムを分析した上で、ネットゼロモビリティプロジェクトでは、スリーホライゾンフレームワークを使って、既存のパラダイム、現状を積み上げた結果起きる変化、新興パラダイムの3つの観点から未来予測を行いました(プロセス5)。

結果、①化石燃料への継続的な依存、②モビリティの電化、③スイス全体のモビリティの低炭素・気候変動への強靭化の3つの将来シナリオを仮説として定め、今回の取り組みにおいては「②モビリティの電化」のシナリオにむけてシステムチェンジ投資のリソースを投入し、やがて長期的に③のスイス全体のモビリティシステムの変革への触媒的な役割を担う方針を決定しています。

システム分析の最後のプロセスは、レバレッジポイントの洗い出しと優先付けです。

このプロセスでは、4つめのプロセスで明らかにした重要なループを中心に、システムマップ上での相互の影響力の分析、専門家・重要ステークホルダーとのワークショップ、レバレッジポイントと思われる要素が変化した場合のシミュレーション等のアプローチを通してレバレッジポイントの候補をリストアップしました。ネットゼロモビリティプロジェクトのチームは、そのレバレッジポイントのリストの絞り込みを行うために、プロセス5で設定した将来シナリオとの関連性、変革を起こせる可能性、変革が起きた場合の影響度等の観点で検討を行いました。

結果、ネットゼロモビリティプロジェクトは、優先度の高いレバレッジポイントとして、以下の6つを設定しました。

・自動車への依存する必要のない都市空間設計
・Mobility as a Service(MaaS)による自動車所有から公共交通機関への移行促進
・自家発電システムによる家庭単位での自発的な電力供給
・電気自動車の充電施設などインフラ構築キャパシティ
・集合住宅における電気自動車充電インフラ
・公営の電気自動車充電インフラ
TransCap Initiative, 2023

このプロセスの重要なポイントは、ガソリン駆動の自動車の代替テクノロジーとしての電気自動車の導入に着目するだけではなく、モビリティ全体を構造的に捉えた上で、電気自動車の運用に必要なインフラや都市計画、MaaSといった事業投資も可能なテーマをレバレッジポイントとして設定していることだと考えられます。

図10: ネットゼロモビリティプロジェクトのレバレッジポイント[「Towards a System Transformation Strategy: Insights from the Net-Zero Mobility Prototype in Switzerland.(TransCap Initiative, 2023)より引用]。

ステップ3: Develop Transformation Strategy(システムチェンジ戦略の策定)
TransCapが推進しているネットゼロモビリティプロジェクトは、ステップ2で設定したレバレッジポイントに介入するためのシステムチェンジ戦略を策定しています。

この戦略策定プロセスでは、先にご紹介したレバレッジポイントの中から、特に「MaaS」と「電気自動車の充電施設の設置キャパシティ」に着目して仮説を構築しています。

下図の通り、ユーザーが電気自動車を充電する選択肢の増加・多様化、MaaSのサービスとしての魅力とアクセシビリティの向上により、結果として電気自動車への移行を進めつつ、自動車を所有する価値観に対する代替の選択肢(例:自動車のシェアや公共交通機関の利用)を提示してスイスの交通システムの脱炭素化(インパクト)を進める戦略となっています。

図11: ネットゼロモビリティプロジェクトのシステムチェンジ戦略[「Towards a System Transformation Strategy: Insights from the Net-Zero Mobility Prototype in Switzerland.(TransCap Initiative, 2023)より引用]。

なお、TransCapによるとこのステップはシステムチェンジ投資の構成要素の「15. Combinational Effects(複数の介入の効果が増幅されること)」となっているとされていますが、TransCapが2024年に公表した最新の構成要素と比較すると「7. Theory of Transformation(セオリー・オブ・トランスフォーメーション)」および「8. Transition Pathways(トランジションの道筋)」も実現するステップになっていると考えられます[TransCap Initiative, 2023]。

5. まとめ

この記事では、TransCap Initiativeのシステムチェンジ投資の考え方と実践を取り上げました。

世界的にもシステムチェンジ投資の取り組みはまだまだ事例が少ないですが、TransCapは実践と調査研究の両輪を回しながら、自らの取り組みから得られた学びを積極的に世界に発信し続けているプレイヤーです。

その知見の解像度の高さや実践の先駆性、そして仮説段階の思考であっても積極的に発信するスタンスから日本の投資家・事業者が学べるポイントは、以下の3つだと考えています。

1. プロトタイプレベルの実践から知見を取り出し続ける
2. 実践から得られた気づきや学びを形式知に変え続ける
3. 投資で解決しうる課題と投資では解決出来ない課題を認識し、マルチセクターの連携を促す

なお、SIIFは、TransCap Initiativeが2024年1月にアメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)で主催したシステムチェンジ投資に関する国際カンファレンス「Systemic Investing Summit 2024」に参加し、社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ(SIMI)様とSIIFが共催したソーシャルインパクトカンファレンス「Social Impact Day 2024」ではTransCap InitiativeとSIIFによるシステムチェンジ投資についての共同セッションを実施するなど、システムチェンジ投資に関する実践知の共有を継続的に行っています。

写真1: Social Impact Day2024にて実施したセッション[本質的な社会課題解決を促す「システムチェンジ投資」とは]の様子。右からSIIF 事業部長 加藤、TransCap Initiative Executive DirectorのDominic Hofstetter氏、SIIF インパクト・カタリスト川端。

今後も、TransCapをはじめとした世界のシステムチェンジ投資のリーダーとの結節点となり、その学びをシステムチェンジ・ライブラリや各種の情報発信、イベント等を通して日本の実践者の皆さんにお伝えしていきたいと考えています。

Reference
1. TransCap Initiative. [Systemic Investing Initiative]
2. SIIFが捉える、世界の「システムチェンジ投資」[一般財団法人社会変革推進財団(SIIF), 2024]
3. Our Work. [Systemic Investing Initiative]
4. Systemic Investing Initiative. [Systemic Investing Initiative]
5. Transformation CapitalーSystemic Investing for Sustainability.[Hofstetter, D., 2020]
6. Definition and Hallmarks of Systemic Investing.[TransCap Initiative, 2024]
7. What is systemic investing? An update on definition, key concepts, and relevance.[Hofstetter, D., 2023]
8. Developing Conceptual Foundations.[Systemic Investing Initiative, 2023]
9. 1st Generation Research Agenda.[TransCap Initiative, 2023]
10. Accelerating Net-Zero Investment Flows.[Systemic Investing Initiative, 2021]
11. Towards a System Transformation Strategy: Insights from the Net-Zero Mobility Prototype in Switzerland.[TransCap Initiative, 2023]

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