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インパクト投資としての中小水力発電

SIIF インパクト・エコノミー・ラボ
ナレッジデベロップメントオフィサー 織田聡


はじめに

近年、カーボンニュートラルに貢献し、且つ地域活性化にも寄与する再生可能エネルギーの手段として中小水力発電への関心が高まっています。今回のBlogでは、インパクト投資の対象領域としての中小水力発電の有望性と、今後解決すべき課題について触れようと思います。

1 中小水力発電とは何か -- 再生可能エネルギーの伏兵

 皆さんが「水力発電」と聞くと、ダムから水を落として大きな羽根を回すようなイメージを思い浮かべるのではないでしょうか。水力発電の中でも中小水力発電は山奥にある中小河川を利用し、原則、新たなダムの建設を伴わず発電を行う形態の水力発電を指します。
 「中小水力発電」について国際的に決められた厳密な定義はありませんが、1基あたりの出力30,000kW以下を「中小水力発電」と呼ぶことが多く、また「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法(新エネ法)」の規定では出力1,000kW以下の小規模な発電設備を「小水力発電」と指しています。[1]

2 中小水力発電の意義

2-1 環境面のメリット

 中小水力発電の第一のメリットは、なんといっても燃焼を伴わないのでCO2のような温室効果ガスを排出しないことです。
 2011年3月の東日本大震災ののち再生可能エネルギーの導入機運が高まり、2012年には再生可能エネルギー発電の採算性向上と発電施設の増強を促すためFIT制度(固定価格買取制度)が導入されました。
 資源エネルギー庁が2022年4月に明らかにした「今後の再生可能エネルギー政策について」では、発電量に占める再生可能エネルギーのシェアを2020年度の19.8%から2030年度には36~38%に引き上げることが目標と位置付けられ、うち水力は7.8%から11%まで引き上げることが示されています(中小水力だけでなくダムによる大規模発電も含む)。

図表1 再生可能エネルギーの2030年の導入目標
資料:資源エネルギー庁『今後の再生可能エネルギー政策について』(2022年4月)

2-2 電源としての安定性

 再生可能エネルギーの中でも、風力や太陽光とは異なり中小水力発電は発電量が安定しており、電源としての高信頼性が高いことが大きなメリットです。   
 この点は、自家消費や売電の計画を立てやすいことのみならず、系統電力への接続負荷が少ないというメリットもあります。太陽光や風力では系統への負荷凹凸を軽減しようとすると発電側あるいは受け入れる系統側で蓄電設備を置く必要がありますが、中小水力発電ではほぼ不要です。

2-3 地域活性化への寄与

 中小水力発電は他の再生可能エネルギーに比べ、付随する土木工事、発電機器の運用保守業務を通じて地域経済への波及効果が大きいというメリットがあります。また既述のように電源としての安定性が高いことにより電気の地産地消、売電収入による地域経済活性化への寄与が期待できます。

2-4 大きな開発ポテンシャル

 ダム建設を伴う新たな水力発電の開発余地はあまり残されていませんが、30,000kW未満の中小水力発電に適していながらまだ利用されていない水資源が日本には多数残されています。今後の水力発電の容量増加は中小水力に負うところが大です。


図表2 出力別包蔵水力 (地点数)
資料:資源エネルギー庁『包蔵水力(2021年3月31日現在)』よりSIIF作成

3 消費者の関心の高い「再生可能エネルギー」

 2021年にSIIFが行った「インパクト投資に関する消費者意識調査」によれば、関心の高いインパクト投資の対象領域として再生可能エネルギーがトップに立ちました(全18個中)。2位にも環境関連が登場しており、環境問題への消費者の関心の高さが表れています。つまり、将来インパクト投資の対象領域として再生可能エネルギー向けの投資商品が登場した場合、資金が集まりやすいと予想できます。

図表: 関心の高いインパクト投資対象領域 [2]

4 中小水力発電による地域活性化への課題

 環境負荷が少なく地域活性化にも寄与するという点で中小水力発電はメリットの大きな事業なのですが、普及にはまだいくつかのハードルがあります。

4-1 立地条件による土木工事費の上昇

 日本は急峻な山が多く、水力発電が可能な未利用地がまだまだ多く残されていますが、新規の立地は奥地化、難所化する傾向にあります。それに従い、出力も小規模化するとともに、中小水力発電設備設置コストの約6割を占める土木工事費も高くなる傾向にあります。

4-2 個別設計、個別生産によるコスト高止まり

 太陽光発電がほぼ汎用的な製品の設置で行えるのに対し、中小水力発電は様々な地理的条件、気象条件に合わせ、いわゆる“一品モノ”として設計、生産せねばなりません。そのため標準化と大量生産によるコスト低減が行いづらいという制約があります。
高度成長期に、火力発電に比べコスト面で劣る中小水力発電の新設件数が減少したことで、技術の伝承がスムーズに行われず、欧米に比べ技術開発力で劣後してしまったことも背景にあります。
この点は経済産業省も認識しているようで、業界に対して標準化、モジュール化を促しています。

4-3 長いリードタイムによる不確実な採算性

 中小水力発電は地場の水資源を活用することで必然的に水利権が関係するため、行政や利害関係者(特に農業用水を使う場合は農業関係者)や行政機関との合意形成に時間を要します。
そのため中小水力発電は構想から稼働開始まで数年かかるのが普通であり、その間の資材価格の変動や電力買取価格の変動によって採算性が不透明となり、投資意欲が損なわれやすい課題があります。

5 中小水力発電を用いた地域活性化の事例(岐阜県郡上市石徹白地区での小水力発電事業)

 今回事例研究の対象とした岐阜県郡上市白鳥町石徹白(いとしろ)地区は、岐阜県と富山県の県境に位置する人口約 250 人の小さな集落です。1960年には人口が1200人ありましたが60年間で人口は1/4以下に減少し、65歳以上比率が50%という典型的な過疎高齢化エリアです。
 その事態を打開しようと、地域活性化に取り組むNPO法人が中心となり、白山連峰から流れる大量の水資源を利用し、小水力発電による地域活性化を計画しました。特筆すべきは発電所建設のために、集落のほぼ全戸が合計800万円を出資して集落独自の農協を設立したことです。
現在は計4箇所の水力発電所が稼働し、電力自給率は230%に達します。売電収入が年間2400万円にのぼり移住者も増加するなど、小水力発電が地域活性化に大きな役割を果たしています。

6 中小水力発電にインパクト投資を用いた事例

 奈良県の東南端にある下北山村はもともと林業が盛んな山村でしたが、林業の衰退とともに人口減少に直面しています。その状況を打破し、電力の地産地消と、地域振興のための独自財源確保を目指し、約30年前の1993年に村直営の小水力発電所である「小又川水力発電所」が稼働しました(最大出力98kW)。
 ただ、建設当時、水利権の調整などに関わる煩雑な手続きや期間を避けるべく本来のキャパシティより小規模の発電所としてスタートしたため、老朽化対策、設備更新にかかる費用を賄うことが困難となっていました。
 その状況を知ったならコープは、子会社の㈱コープエナジーならを事業運営者として小又川発電所を更新することを下北山村に提案して了承を得ました。その後、プラスソーシャルインベストメント㈱が㈱コープエナジーならから社会的投資ファンド組成を受託して奈良県内の個人・法人から更新費用の一部の出資を募り、2020年5月に新たな小又川水力発電所が稼働しました(最大出力179kW)。

図表 小又川発電所水力発電所の出資スキーム

7 インパクト投資を中小水力発電に引き込むには

 日本では中小水力発電を実現できる未利用の水資源がまだ多く存在します。今まで見てきたように環境保全と地域活性化に寄与する中小水力発電はインパクト投資に相応しい事業領域といえ、インパクト投資マネーを呼び込むことの重要性は高まっています。
 ではどうすればインパクト投資マネーを誘引しやすくなるでしょうか。方策を考えてみたいと思います。

7-1 株式出資の受け皿と、エグジットの道筋の整備

 「インパクト投資」とは株式出資だけでなく融資も含む広い概念です。ただ、今までの中小水力発電の事業主体を見ると、土地改良区、農協、県直営、市町村直営などの非営利法人が多数であり、株式会社は少数派です。また外部資本の受け入れの事例も多くありません。
 ただ、株式出資の形でインパクト投資を受け入れようとすればまずは事業運営主体を株式会社として設立する必要があります。また投資家の視点からすればエグジットの見込みがなければ株式出資をおいそれとは行えません。さりとてIPOの可能性は低く、残る手段としては①配当による回収、②M&Aによる株式譲渡か、③出資先企業による将来の自己株式買い取りが現実的な選択肢となります。
 このエグジットスキームを事前に用意しておくことも、インパクト投資を呼び込むために重要といえます。

7-2 地道な収益力強化

 株式出資にしろ融資にしろ、収益が上がるシナリオを描けることがインパクト投資を呼び込むために死活的に重要です。特に現在の中小水力発電の活況はFIT(固定価格買取)制度によるところが大きいので、その制度が廃止されたあとも自力で収益を上げられるような説得性のある絵姿を提示できるかどうかを投資家から問われます。
 そのため、個別性が高くなるという制約の中でも、機器の標準化、モジュール化によるコスト低減やR&D強化による製品性能の向上が必要です。また初期費用の約6割を占める土木工事費の圧縮は重要なタスクとなります。

7-3 中小水力発電事業の水平的統合と、株式出資の容易化

 中小水力発電事業にインパクト投資を引き込むための今後のアイデアとして、全国各地に散らばる中小水力発電所の運営や維持管理に関わる業務を横断的にシェアードサービス化して効率化するとともに、各所での建設や運営のノウハウを共有化して標準化を進めてコストを縮減することも検討してみる価値があるといえます。
 更に進んで、中小水力発電事業を水平的に統合して事業規模単位を拡大し、先に小又川発電所の事例で触れたように匿名出資組合を組成することで、より多くの投資原資を引き込むことが可能になるのではないでしょうか。
例えば、水力発電機大手の明電舎グループでは発電機の製造販売のみならず発電事業への進出を試みており[3]、今後、各地の中小水力発電事業運営の水平的統合が将来進展する可能性があります。そのような水平統合的な事業者に対して、インパクト投資ファンドを組成するというスキームの検討が期待されます。

さいごに

 中小水力発電は日本の地理的特性に適したインパクト投資領域であり、今後のポテンシャルは大きいと思われます。SIIFとしても、インパクト投資と親和性の高い中小水力発電の今後の事業動向を注視したいと考えています。


[1] 新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法(1997年6月施行)
[2] 「2021年度版インパクト投資に関する消費者意識調査」 
[3] ㈱明電舎プレスリリース『水力発電による売電の事業化に着手~水力発電の総合プロバイダーを目指して~』(2022年10月26日)

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