「未来の里山をつくる」を目指すエーゼログループへ、システムチェンジ投資を実施。
岡山県の山間にある西粟倉村は、人口約1300人の小さな村ながら、林業の6次産業化や移住者による起業の多さで知られます。その起業家の1人が、株式会社エーゼログループ(以下:エーゼログループ)代表取締役CEOの牧大介さん。同社は現在、西粟倉村のほか、北海道厚真町、滋賀県高島市、鹿児島県錦江町に拠点を置き、「未来の里山」を目指して事業を展開しています。システムチェンジコレクティブ事業(以下、SCC事業)で、システムチェンジ投資を受けて取り組むテーマは「地域活性化」。事業展開の先に地域活性化を目指す牧さんと同社CRO 創発推進本部 本部長 松﨑光弘さんにSCC事業への期待を伺いました。
自然と社会関係と経済、3つの資本で地域を豊かにする
工藤 西粟倉村は、地域活性化の先進事例として早くから有名でした。私も5年ぐらい前に見学を兼ねて伺ったことがあります。国は2014年に「地方創生」政策を打ち出しましたが、それよりずっと前から取り組みを始めていらしたんですよね。
牧 西粟倉村が合併を拒み、村として自立を選択されたのが2004年です。その当時の村長、道上さんの掛け声で林業を軸に自立の道を歩み始め地域活性、地方創生に取り組まれています。私はその一端として「株式会社西粟倉・森の学校(以下:森の学校)」を立ち上げたのが2009年でした。間伐材の有効活用と、移住・起業支援事業からスタートしています。2015年にはエーゼロ株式会社(以下:エーゼロ)を立ち上げ養鰻や養蜂、いちご農園やジビエも手掛け、作物の一部は直営のレストランで提供しています。2018年からは福祉事業にも参画しました。そして去年には、森の学校とエーゼロを合併させ「株式会社エーゼログループ」が発足、この年から稲作も始めました。田んぼの一部をビオトープにして、メダカやドジョウ、タガメといった生きものたちの生育環境をつくっています。
加藤 私も今回西粟倉に伺って、ウナギに触らせてもらったり、ビオトープを拝見したりしましたが、自分も自然の中で生かされているんだな、と改めて実感する体験でした。
松﨑 私たちはこの分野を「自然資本を豊かにする事業」と位置付けています。ほかに「社会関係資本」と「経済資本」の領域で事業を行っており、3つが互いに関係し合って地域を豊かにしていくものと考えています。
「経済資本」領域である移住・起業支援事業では、外から来た起業家だけでなく、地域に起業家を応援する風土を醸成することも大切にし現在は、スケールアップが見込める事業創出を意識しています。得られたノウハウや知見を生かした研修事業は「社会関係資本」の一環です。これらの事業を、西粟倉のほか、北海道厚真町、滋賀県高島市、鹿児島県錦江町で展開しています。
加えて、西粟倉と高島では、高齢者・障がい者福祉にも取り組んでいます。実はこの福祉事業が、様々な資本をつなぐ横串になるのではないかと考えているところです。
違う場所、同じタイミングで考えた、システムチェンジの必要性
工藤 エーゼログループは実に多彩な事業を手掛けて、実績を積んでいらっしゃいます。けれども今回、それをさらに超えていこうと、SCC事業に手を挙げてくださったと伺いました。
牧 これまで、いろんな事業を起こし、おのおのの可能性を模索してきました。これからは、自然資本、社会関係資本、経済資本の3領域をしっかりつなぎ合わせた事業展開を通じて地域経済の構造的な変革に貢献していけないかと模索していました。その本格的な検討に入ったタイミングで、SCC事業を知ったんです。
工藤 まさにシステムチェンジを考えておられたわけですね。
牧 弊社の事業は地方創生業界からは成功事例と取り上げていただくこともありますが、「地方創生」の追い風に乗れたおかげだと思います。この先も同じことを続けるのではなく、未来をつくるには、今は誰も褒めてくれないようなチャレンジを続けなければならないんじゃないか。社内でもそういう意識が高まっています。
松﨑 突破しなければならない壁はまだまだあると実感しています。
私はもともと「複雑適応系」の研究者として、システムチェンジを理論で探求してきました。今は西粟倉をはじめ各地で、理論を実践に移そうと格闘している最中です。実践を通じてシステムチェンジの道筋を見出し、再現可能なものにしたいと考えています。
とはいえ、どんな担い手をどう育て、どうマネジメントするか、その全体をどう評価するか。それを私たちだけで考えるのは相当ハードルが高い。そう思っていたときにSCC事業の話を聞いて「来た〜!」と思いましたね。ご一緒できれば、願ったりかなったりだと。
加藤 違う場所にいながらも、同じときに同じことを考えていたんですね。私たちSIIFも、これまでインパクト投資を実践してきて、それが本当に、未来をつくること、課題の根本的に解決することにつながっているのか、と自問していました。それで、このSCC事業を立ち上げたんです。今回、本当に素晴らしい出会いをいただいたと感謝しています。
工藤 「地方創生」が始まって10年経ちますが、本当の意味での地方創生とは何か、地域のシステムチェンジとは何なのか。お二人のお話を伺って、おそらくは、従来の文脈で個別の取り組みを増やすフェーズから、相互につなぎ合わせて、全体を変えていくフェーズに移行する必要があるんだろうと感じました。
地域単位で人と自然が育み合う「未来の里山」を目指して
牧 私たちは今「未来の里山をつくる」というビジョンを掲げています。里山は、かつて日本にあった、持続可能性の高い地域システムです。自然資本、社会関係資本、経済資本が循環し、調和していました。とはいえ、それをそのまま現代に復活させても機能しないでしょう。必要に応じてテクノロジーを採り入れつつ、地域単位で自然と人間が育み合えるような、新たな里山システムを構築する必要があると考えています。
そのために、仮称ですが拠点となる「未来の里山研究所」をつくりたいと考えています。田んぼがあり、ビオトープがあり、農園やオフィスや福祉の機能があって、豊かな生態系を形成しながら経済が回る。未来の里山のプロトタイプとして、有機的な循環を実感してもらえる場をつくりたい。
目に見える実態があれば、その意義が人々に伝わりやすくなり、合意形成の基盤がつくれます。そこからさらに知見を深め、他の地域や次の世代に広げていくことを思い描いています。
加藤 牧さんたちは、自社の事業だけではなく、常に地域全体を視野に入れ、さらに「未来の里山」という大きなビジョンを掲げておられます。
私たちはこれまで「課題の解決」に思考が向きがちでした。すでに可視化されている課題をどうやって解決するか、と議論してきた。けれども、牧さんたちと話し合うなかで、ビジョンに向かって変化を起こし、その過程で起きる課題を解決していく取り組みが、特に地域課題では重要かもしれないと気付きました。
課題解決型の視点では課題にしか見えないものも、見方を変えれば価値に変えることができる。そんな発想を今、牧さんたちから学んでいます。
古林 初めての打ち合わせで、牧さんが超長期スパンで里山の未来を語ってくださったのが印象的でした。それも、これまで地域に根ざした事業を積み重ねてこられたからこそ描けるビジョンなのでしょう。
私は前職でもずっと地域を見てきましたが、日本の田んぼってすごく工業化されているんですよね。機能が分化されている。(もちろんそれには農業生産の視点、先人の知恵や重要な役割があることを理解しています)それに対して、西粟倉村で見せていただいたビオトープ田んぼは、生物多様性を生かした米づくりに取り組んでおられる。これはすごく大事なことだと思います。
牧 ご指摘の通り、今や農業は高度に工業化しています。しかし、人間にとっての「米をつくる」という目的に沿って合理化すると、ほかの生きものには不合理になってしまう。田んぼの水をコントロールすることは、稲作には極めて合理的ですが、田んぼから水がなくなると、ドジョウやオタマジャクシは生きられません。
私たちのチャレンジは、こういった工業化の不合理、近代が抱える矛盾を、どうやって超えるか、ということだと考えています。
システムは変えたいけれども、つくりたい未来は、少し前まで当たり前にあった何かを取り戻すことかもしれない。川に生きものたちが繁殖して、それが農業の触媒にもなるとか、地域のお年寄りたちが受け継いできた料理とか技術とか。ただ、それを文化として磨き直し、経済的にも価値を持って循環する、持続可能なシステムに進化させなければならないでしょう。
本音で語り合い、ともに未来を目指すパートナーとして
工藤 SCC事業にご参加いただいてみての、率直なご感想を伺えますか?
牧 いい意味で、手探り感のある事業なんだなと感じました。事業者としてはこれまで、資金提供側の枠組みに従うことを求められた経験もあって、初めは少し身構えたんですが、そんな心配はまったく必要ありませんでした。資金をご提供いただくというよりは、仲間になっていただいて、一緒に未来をつくっていける。今ではそんなワクワク感を抱いています。
松﨑 複雑適応系やシステムチェンジについて話していて、こんなに打てば響くような反応をいただくことは滅多にありません。本当に希有なパートナーに巡り会えたと感動しています。
工藤 過分なお言葉をありがとうございます。私たちも本当にうれしいです。
古林 牧さんたちのビジョンは、日本中の里山、中山間地域の未来につながるものだと思います。ご一緒できてとても光栄です。
田丸 ぜひみんなで、100年後の里山の景色を見たいですね。
SIIFシステムチェンジ投資家としてのチャレンジ
私たちが解決に向けて取り組む課題は、人口減少が自然資本及び社会関係資本・経済資本の減少に直結する構造の解決です。
西粟倉村はこれまでの多様な取組の成果として「消滅可能性自治体」からは脱却したものの、それでも人口はゆるやかに減少しています。村内に高校がないことから、進学のタイミングが村外への転出のきっかけになっています。多彩な移住者は大きな力となっていますが、現状はUターンできる人が少ないため、労働生産人口は減少傾向にあります。
自然資本も労働生産人口の減少の影響を大きく受けています。村全体として「百年の森林(もり)構想」を掲げ森林の価値化を進めてきており、六次産業化の成果を上げているものの、担い手の高齢化は続いています。林業・農業の従事者がさらに減少すれば、西粟倉村の魅力となってきた森林などの環境への管理が行き届かなくなり、やがて自然環境の資本としての価値の減退につながる可能性があります。
社会関係資本は、村の移住促進施策や起業支援、エーゼロ社を始めとする事業の成功が村全体の課税所得の増加など経済的な成果を支えていますが、移住者の着実な増加は地域内の人の繋がりのあり方にも影響を与えるほどになっており、以前から住む地域住民も交えた地域コミュニティの再設計が求められる段階になっています。
こうした複雑な課題に対し、西粟倉地域において「システムチェンジを起こす」とは、これまで起業支援や事業により積み上げてきた経済の力を活かしながら、長期ビジョンの観点から西粟倉地域の特性や価値を改めて捉え直し、エーゼロ社との事業に加え村役場や村内の多様な事業者も含めて必要なアクションの連関を取ることだと考えています。これらの取組が、ひいては人口減少下においても地域が持続可能となる人口ピラミッドの最適化を支えている状態を目指していきたいと考えています。
まず、出資実行後の6カ月間で、以下の成果物を作成する予定です。
①取り組む課題構造の分析(課題システム図等)
②課題解決や価値創造に向けた、西粟倉地域全体を捉えたTheory of Changeの策定
③システムチェンジの観点からのKPI策定・初期値の測定
また具体的な事業アイデアとして、エーゼロ社と協働し、自然資本においてはビオトープを活用した自然の魅力向上、また、社会関係資本に関しては、就業イメージの向上や域内外の子育ての体験に関連する取り組み、地域の多様な人々とのかかわりを通じた、心のよりどころとなる帰る場所・関係性の獲得を通じ、地域愛着の醸成によって地域へ戻る・住み続ける状態を創出などに取り組むことができればと考えています。さらに、地域の多様なリーダーとも対話を重ね、SIIFが貢献できる取組を見出していきます。
<地域活性化課題構造マップ 全体像>
<地域活性化課題構造マップ 詳細版:仕事>
<地域活性化課題構造マップ 詳細版:暮らし>
<地域活性化をテーマとしたエーゼロ社が取り組む課題構造分析>