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連載 インパクト測定・マネジメント(IMM)のフロンティアの探求#04  インパクトレポートには、何をどのように書くべきか。

インパクト投資の要、「IMM(Impact Measurement & Management、インパクト測定・マネジメント)」を考えるnote連載、今回が最終回となります。テーマは「インパクトレポート」。投資家は、インパクトレポートに何をどのように書けばいいのでしょうか。そのガイドラインを確立する試みをご紹介します。

インパクト投資の第三者検証機関・ブルーマークは、2022年12月にインパクトレポートの検証に関する報告書「raising the bar 2」を発行しました。同社CEO・共同創設者のChristina Leijonhufvudは、その序文で次のように述べています。「質が高く、意思決定に役立つインパクトレポートは、信頼を築き、理解を深め、インパクト投資市場の成長を促す可能性がある」。

では「質が高く、意思決定に役立つインパクトレポート」とは、具体的にどのようなレポートなのでしょうか。ここでは、「raising the bar 2」にまとめられた実証結果に添って見ていきたいと思います。


インパクト投資家7団体が参加してインパクトレポートを検証

ブルーマークは、インパクト投資の黎明期から活動してきたコンサルティング会社・タイドラインが2020年に創設した会社です。目的は、独立検証によってインパクト投資の透明性を確保し、発展に寄与すること。現在、国際的なインパクト・マネジメント運用原則「OPIM(Operating Principles for Impact Management)」の署名機関の大半が、このブルーマークによる第三者検証を受けています。

ブルーマークは「raising the bar 2」に先立つ「raising the bar」で、インパクトレポートに求められる主な要素をまとめました。これに基づいて、インパクトレポートを検証するためのフレームワークを探ったものが「raising the bar 2」です。世界のインパクト投資家7団体が実証実験に手を挙げ、自らのインパクトレポートの検証を受けました。アジアからは唯一、SIIFが参加しています。

「raising the bar」も「raising the bar 2」も、多様な関係者が参加して、議論を重ねてまとめられています。協働を通じて業界を発展させていく過程そのものも、インパクト投資の特徴になっているようです。

インパクトレポートの検証は4項目で構成

 ブルーマークのChristina Leijonhufvudは「raising the bar 2」の序文で、その問題意識を以下のように説明しています。

例えば、インパクトレポートに書かれた「1万人の新規雇用創出」という見出し。数字を測定して公表すること自体は評価できるけれども、数字だけでは、その意味するところは分かりません。その雇用はどうやって生み出されたのか、達成された数字は多いのか少ないのか、生み出された雇用の質は十分に高いのか、そして、インパクト追求のプロセスで、どんな学びが得られたのか。インパクトの背景にあるコンテクストが伝わらなければ「質が高く、意思決定に役立つインパクトレポート」とは言えないのです。

ブルーマークによるインパクトレポートの検証は「インパクト戦略」と「インパクト結果」の網羅性(completeness)、「データの明確性」と「データの品質」の信頼性(Reliability)の4項目で構成されており、それぞれ「LOW」「MODERATE」「HIGH」「ADVANCED」の4段階で評価しています。以下、項目ごとに検証の内容について見ていきましょう。

インパクト戦略:業界の水準は高いが内容にはバラツキ

「インパクト戦略」は、4項目のうち参加7機関の平均評点が最も高く、唯一「ADVANCED」評価が出た項目です。業界の共通認識が形成されつつある項目と言えるでしょう。とはいえ、各機関のレポートの具体的な内容は、大きく異なっていたようです。

ここで言う「インパクト戦略」とは、ポートフォリオレベルと各投資先レベル、それぞれのToC(セオリー・オブ・チェンジ)を指しており、両方が揃えば「MODERATE」です。さらに「HIGH」では「投資家による貢献(Investor contributions)」の記載に加え、潜在的なインパクトリスクについての言及も求められます。

さらに「ADVANCED」は「最終受益者の明示、戦略の信頼性を支えるエビデンスの提示といった、先進的なプラクティスが含まれていること」とされています。

ただ、日本のインパクト投資では「最終受益者の明示」は難しい課題だと思います。欧米ではインパクト戦略の主要課題に自国や途上国における「経済格差是正」があり、受益者は主に所得水準によって示されます。けれども、日本国内を対象にする場合、所得だけでなくジェンダーや高齢化といった構造的課題に取り組むことが多く、そう単純には分類できません。また、インパクト戦略の基盤となるエビデンスについても、まだまだ十分なデータが揃っていないのが実状です。

投資先が小規模な事業者に限られる場合、ToCをつくるのは比較的容易かもしれません。しかし、事業範囲の広い上場株や、株式の種類が多い投資信託などで一貫性のあるインパクト戦略を示すのは、相当に難易度が高いでしょう。とはいえ、もはやToCを描かなければインパクト投資とは呼べない時代になりつつあります。

インパクト結果:目標に対する達成度や結果からの学びが必要

前述のように、「インパクト結果」が「1万人の新規雇用創出」だとしたら「その結果から何を学んだのか」を報告しているレポートが「HIGH」です。加えて、その数字は設定した目標に対してどのぐらいの達成度なのかを示していることも求められます。

とはいえ、そもそも目標値を設定すること自体がとても難しい課題です。雇用の場合、所得のターゲットは最低賃金なのか、あるいは一定以上の生活水準なのか。また、1つのファンドや1つの企業がどのぐらいの割合をカバーすれば十分と言えるのか、など。

例えば、温室効果ガス削減のような世界的課題については、インパクト投資業界全体で議論して目標値を設定するべきかもしれません。また、課題の性質によっては、マーケティングにおけるキャズム理論を参照して数字を設定することもありえそうです。

インパクトを創出するのは投資家自身ではなく投資先の事業者なので、事業者が経営指標にどんな目標値を設定しているかも関わります。事業者によっては、自らのサービスの価値を証明するために学術的な統計を取っている例もあります。投資家としては、エンゲージメントを通じて目標値の設定や測定を支援していく必要があるでしょう。

加えて「ADVANCED」では、インパクト結果と「投資家による貢献」「ESGパフォーマンス」「最終受益者」との関連を説明することも求められます。

もっとも、「投資家による貢献」を厳密に測定するには相当なリソースが必要だと思いますし、その手法や程度については、これから業界全体で考えていくべきところではないでしょうか。

ESG情報の開示についてはインパクトに先行して業界基準が整いつつありますから、それをインパクトレポートに組み入れていくことが必要です。投資先企業に、インパクトを創出するための基盤が整備されているかがガバナンス(G)の評価において大切な考え方になってくるでしょう。また、ソーシャル(S)でポジティブインパクトを出しても、環境(E)でネガティブインパクトを出しているのでは困ります。今後、ESG視点の取り組みは必須になっていくと思います。

データの明確性:国際的な指標といかにして接続するかが課題

「データの明確性」は、実は検証に参加したレポートの平均評点が最も低かった項目です。具体的な評価指標としては、データを収集する手法や仮説、データの定義やソースが明示されていること。「データの定義」とは、例えば雇用者数と言ったときに、その雇用とは何を指すのか、非正規を含むのか含まないのか、ということです。

個々の投資先レベルであれば、ロジックモデルをつくって指標を設定することはそれほど難しくありません。しかし、ファンドのレベルとなると、どうやって全体の数値を出すか、一筋縄ではいかなくなります。例えば受益者数1つとっても、対象が個人か企業かなどによって数値が異なり、単純に足し合わせることはできません。私たちもまだまだ試行錯誤している段階です。

加えて「HIGH」評価のレポートには、IRIS+やGRIといった業界標準やフレームワークへの準拠が求められています。とはいえ、現状のIRIS+は日本のインパクト投資にあてはめにくく、これから指標そのものを発展させていく必要があるかもしれません。また、インパクト投資以外の業界や行政で用いられている標準的な指標を参照する方法も考えられます。

検証の平均点に見るとおり、業界全体にとっても、指標の標準化はまだまだ発展途上の課題と言えそうです。

データの品質:地味だが重要な項目。今後の蓄積に備える必要性

「データの品質」はデータの収集、管理、測定、検証の方法についての項目です。例えば、データをどんなシステムで集約し、管理しているか、正確性を担保するために何をしているか、といったことです。地味ではありますが、今回の検証を通じて改めてその重要性を認識しました。

確かに、個別の企業から毎年個別にデータをもらっていると、どこかで手違いが起きる可能性は否定できません。今はまだデータの蓄積量が少なくて問題が起きていないとしても、今後はどんどん増えていくわけですから、早期にきちんとした管理方法を構築しなければならないでしょう。

とはいえ、投資先企業はそれぞれの手法や形式でデータを測定・収集していますから、それを統合するのはそう簡単ではありません。同じ企業でも、年次で指標を変更したり修正したりすることもあるでしょう。まだ一貫性が確立されていないところに、データ管理の難しさがあると思います。

さらに「ADVANCED」にはデータの第三者検証も挙げられています。これもまた、日本国内では今後の課題といえるでしょう。

インパクトレポート検証のフレームワークが道しるべに

ブルーマークは、この検証フレームワークが、インパクトレポートの課題や不備を特定するのに十分厳格で、なおかつ多様なインパクト投資家に適用できるだけの柔軟性を備えたものになっていると結論づけています。

これまで見てきたように、課題は山積みですし、インパクト投資家だけで解決できることばかりでもありません。とはいえ、この検証フレームワークが示されたことで、今後の道しるべができましたし、SIIFとしてその実証実験に参加できたことは本当に大きな学びでした。

「質が高く、意思決定に役立つインパクトレポート」を目指すことは、インパクト投資によって本質的な価値を創出するための、欠かせないプロセスと言えるのではないでしょうか。

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