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ヨーロッパでの年金ファンドによるサステイナブル投資と日本への含意

SIIFナレッジ・デベロップメント・オフィサー 織田聡

ピーター・F・ドラッカーは「見えざる革命---年金が経済を支配する」(原題:The Pension Fund Revolution)で、先進国では年金ファンドが企業の主要な株主となり企業の経営を左右すると既に1976年の時点で看破していました。
インパクト投資を含むサステイナブル投資の今後の動向を占う上でも年金ファンドは無視できない存在です。さらに言えば、年金ファンドによる投資先の選択には多かれ少なかれ年金加入者の意向が反映されることを考えれば、加入者のサステイナビリティ志向、インパクト志向を啓発することは、サステイナブル投資の成長に寄与すると言えます。
そこで今回のnoteでは、日本に比べて進んでいるといわれるヨーロッパでの年金加入者のサステイナビリティ志向と、年金ファンドによるサステイナブル投資の動向を調べ、日本への示唆、含意を考察したいと思います。(本稿ではインパクト投資に限らず、より広いカテゴリーであるサステイナブル投資を主に取り上げている点にご留意ください。)


主要国の年金ファンドにおけるサステイナブル投資の動向

米国、英国、日本など世界の主要22か国における年金資産の動向を追っている調査機関Thinking Ahead Instituteの” Global Pension Assets Study 2022”というレポートによれば、22か国の2021年末の年金資産は56.6兆米ドルであり前年末より6.9%増加しています。
また同レポートでは、今後10年間にわたるサステイナビリティ(持続可能性)の課題として10テーマを掲げています*。


*サステイナブル投資に関する今後10年間の重要10テーマ:
1 Halving of emission by 2030 (2030年までに温室効果ガス排出を半減)
2 Rise in “S” of ESG (ESGでの「社会」の位置づけの高まり)
3 Bigger impact from evolved regulation and inevitable policy response(政策や規制の変化に伴い強まる年金への影響)
4 Fiduciary duty evolves (変化する受託者責任)
5 Biodiversity loss becomes important (重要度を増す生物多様性)
6 Stewardship and engagement (投資先企業へのスチュワードシップとエンゲージメント)
7 Culture and diversity make a difference (年金基金の組織文化と多様性の重要性)
8 The rise of universal ownership (高まるユニバーサル・オーナーシップの意義)
9 Technology will be an important lever (課題解決の鍵となるテクノロジー)
10 Net-zero transition is multifaceted (ネットゼロへの移行における新興国配慮の必要性)


では世界の有力な年金ファンドは、高まるサステイナビリティへの機運に呼応して、どのようにポートフォリオを替えてきているのでしょうか。国を跨って年金ファンドのサステイナビリティ志向を比較できるデータとしては、OECDが毎年発刊している “Annual Survey of Large Pension Funds and Public Pension Reserve Funds” という資料があります*。最新刊は2021年11月に発刊されており、2020年までのデータが掲載されています。
このうち、最新データである2020年を含み、且つ2時点または3時点での時系列比較ができる年金ファンドを抜き出し、各ファンドにおけるグリーン投資の占める%値を示します。


*対象となる年金基金が年ごとに同一でない点と、インパクト投資ではなく環境配慮型の グリーン投資 ”Green investment” が対象である点に留意されたい

図表1 各年金ファンドに占めるグリーン投資の割合(%)

経年比較可能な23の年金ファンドのうち20が、グリーン投資の比率を増やしています。国別でみるとオランダ、スウェーデンが高い傾向にあります。
なお経年比較ができなかったので上の表には掲載していませんが、日本のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のグリーン投資比率は2020年で3.3%です。

年金加入者のサステイナビリティ志向

年金資産のポートフォリオを決めるのは最終的にはファンドの運用責任者ですが、その決定に際しては社会の趨勢、政策や、年金加入者の意向が影響を与えます。例えば英国ではMake My Money Matterのような環境志向の啓発団体が年金加入者に対し、「自分が加入している年金ファンドが環境保全に寄与する企業に投資しているか、あるいは化石燃料を大量に消費する企業に投資しているのではないか」をチェックするよう呼び掛けています。
そこで、日本に比べて環境(E)や社会(S)への関心が早く高まったヨーロッパで、資金の出し手である年金加入者のサステイナビリティ志向がどのような水準にあるのかを調べてみました。
最初に紹介するのは、ヨーロッパ有数の機関投資家であるLGIM(Legal & General Investment Management Limited)が2021年に発表した “Money Listens: The Positive Power of Pensions”という、英国における調査レポートです。
その調査によれば、84%の年金加入者は化石燃料に関わる事業への年金アセットによる投資を止めて欲しいと表明しています。84%のうち32%は、財務リターンへの影響いかんにかかわらず化石燃料事業からの投資引き上げを望んでいます。
世代別で見るとさらに興味深い結果が得られています。化石燃料への投資を止めて欲しいという割合は20代30代のミレニアル世代で最も高く、逆に中高年のベビーブーマー(2021年時点では57歳以上)では最も低くなっており、若い世代ほど環境志向が高いことが分かります。

図表2 年金アセットによる化石燃料ビジネスからの投資引き上げへの意向(%)

また英国の富裕層向けファイナンシャルアドバイザーであるThe Private Office2021年に発表した調査では、68%の年金加入者が自分の年金アセットがサステイナブルな企業に投資されることを望んでいます。一方で53%の人はどの会社に投資されているかを知らないとも回答しています。
英国以外での類似の事例としては、Aviva Life & Pensions Ireland(アイルランド) が行った調査にて、年金加入者の72%が「年金アセットの投資先としてESGが考慮されているかが重要」と回答しています。また78%の年金加入者は、投資先の選定にファイナンシャルアドバイスが必要とも回答しています。
これらヨーロッパでの調査からは、7割の年金加入者はサステイナビリティ志向を持ち、年金資産の投資先の選定でも環境、社会的インパクトの要因を考慮するという傾向が浮き彫りになっています。
なお個人レベルでは年金アセットの最終的な投資先の把握が容易ではないため、先に述べたMake My Money Matterという啓発団体では、年金加入者がウェブサイトにて年金事業者に対し、「自分の年金が環境重視であるかどうか」、「気候変動対策に投資しているか」や、「投資先企業に対してエンゲージメントを行っているか」などを照会できるツールを用意しているとFT Adviserはいっています。

日本への示唆、含意

日本の年金加入者のサステイナビリティ志向の調査としては、公益財団法人年金シニアプラン総合研究機構が2018年に発表した『年金資金による ESG 投資に対する一般国民の意識に関する調査研究』が挙げられます*。
それによりますと、公的年金からでも企業年金からでもESG投資をして欲しいと回答した人の割合は3割強にとどまります。一方で「わからない」が4割を超えており、調査を実施した2018年時点ではESG投資そのものへの認知、関心がまだ低かったことが窺えます。


*なお、調査対象者は厳密には「一般国民」であって「年金加入者」ではないが、日本は少なくとも公的年金に関しては国民皆保険なので一般国民と年金加入者の差異は微小である。


図表3 日本における、年金基金によるESG投資への肯定度(%)

日本と外国では年金制度の違いにより、年金加入者による投資先選定の影響度合いは異なりますが、日本では年金加入者のサステイナビリティ志向がサステイナブル投資を牽引するには時間を要するといえます。
むしろ近年の日本の年金ファンド(GPIFや各種企業年金)におけるサステイナブル投資熱の高まりは、「責任ある機関投資家」の諸原則(日本版スチュワードシップ・コード)の策定やGPIF自身のユニバーサルオーナーとしての振る舞いによるところが大きいのではないか、と筆者は考えています。
そこで、今後日本でGPIFを含む年金ファンド[1] によるサステイナブル投資を拡大していくため、短期的には
①サステイナビリティ志向投資、インパクト志向投資が財務リターンと両立することを年金ファンドに啓発し浸透させていく。また、その範囲において、受託者責任に反しないという点を浸透させていく。
②PRI(責任ある投資家原則)により多くの年金ファンドが署名するよう促進、促進する
③年金ファンドからアセット運用会社に対し、サステイナブル投資に相応しいポートフォリオ組成を要請する
④年金ファンドのサステイナブル投資への目利き力を向上させる
⑤インパクト測定、マネジメント力を涵養する
⑥年金ファンドもしくは運用会社による投資先企業との対話力、エンゲージメント力を向上させる

ことが必要となると考えられます。また長期的に年金加入者のサステイナビリティ志向が高まり、年金ファンドのサステイナブル投資に対する影響力を持つような時期が来たら、年金加入者のサステイナビリティ志向が実際のポートフォリオ組成に反映されるような対話の仕組みを確立する必要がでてくるでしょう。
今後、日本国内でもサステイナブル投資やインパクト投資に年金アセットを導くため、アセットオーナーへのIMM(Impact Measurement and Management、インパクト測定およびマネジメント)手法の普及、年金加入者を始めとする社会全体の理解醸成等、SIIFは関係する機関と協働して貢献してまいりたいと考えています。

以上

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