ビジネスパーソンのための実践的交渉術⑫ 情報収集の実例解説
こんにちは、ビジネスエッセイを発信している松永隆です。
本記事は、拙著『ビジネスパーソンのための超実践的交渉術 日本人の交渉のやり方』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、編集したものです。
今回は私自身が30年前に経験した貿易取引において、ピンチを切り抜けるための鍵となった実践的な情報収集の実例について解説したいと思います。
情報はギブ&テイク
当時、私は飼料原料として使用される肉骨粉を南米のメーカーから仕入れ、日本の飼料メーカーに販売していました。相場商品なので価格の上げ下げが激しいのですが、過当競争もあり同日に買って同日に売っていたのでは少しずつ損をするという性質の売買取引でした。民間企業ですから兎に角何とか利益をあげるべく努力をしなくてはならないので、相場の上げ下げを利用して儲けるほかありません。相場が先高だと思えば買い持ちをし、後日で上がったところで売る、相場が先安と思えば先に売って後で下がったところで仕入れ先から買うのです。相場の上げ下げを予想しなければいけないので、情報の厚みと精度が問われます。
そのため下図のように、ありとあらゆる関係先と情報交換しながら今後の相場の動きを占うための情報を収集していました。
情報を得るにはギブ&テイクなのでこちらもそれなりの情報を出さなくてはなりませんが、相手によって与えてはいけない情報もありますので気をつける必要があります。特に自分が買い持ちか売り持ち越しかどちらのポジションにいるのかは話してはなりませんし、感づかれてもいいことはありません。
〈南米の原料メーカーとのやり取り〉
こちらが知りたいのは需給関係に影響するような情報です。南米の大手の原料メーカーはどのぐらいのペースで生産し、どのぐらいの在庫を抱えていて、どれぐらいものを売って在庫を軽くしたいのかなどです。
南米の原料メーカーは自社のことはあまり話してくれませんが、逆に競合する他の原料メーカーの話は驚くほど話してくれます。あるいは競合の日本の輸入業者がどのような動きをしているのかなども聞けることがあり、これも貴重な情報です。
そのような情報を得るために私から南米のメーカーには日本側の需給の見通しをある程度提供します。彼らも生産、販売計画を立てるのにそのような情報は欲しがるのです。
ただ、例えば私自身が自分が大幅に売り越しているのを南米の原料メーカーに感づかれたら、そのメーカーから買い付けようとする際、相手は必ずこちらの足元をみて値段を吊り上げようとしてきます。またそのメーカーがその情報を仲間の原料メーカーに話すかもしれません。そうなるとどの原料メーカーからも足元を見られることになりかねません。
国内に目を向けると配合飼料メーカーはほぼ四半期ごとに原料を手当てしていくので、どのメーカーがいつ頃買いに入るのかなども知りたいところです。これはメーカーの買い付け担当者や問屋の担当者から情報収集します。ギブ&テイクなのでこちらは産地側の生産状況、在庫状況、今後値動きはどうなると思うかなどの情報を提供していきます。
この場合も自分が現在売り越しか買い持ちどちらのポジションか感づかれてはなりません。聞かれても「今のところスクウェア(買い持ちもゼロ、売り越しもゼロ)です」と明るく答えるのが模範解答です。表情や声色で買い持ちしていると感づかれてしまうとその後どうしても買いたたかれ気味になります。「早く売って楽になった方ほうがいいんじゃないの?」と交渉の過程で突っ込まれ、揺さぶられます。
但し、いつも情報を出し惜しみしていると「あいつと話しても何も話し教えててくれないしな……」というレッテルを貼られ、逆に有益な情報をもらえなくなるのです。
要は晒していい情報は思いっきり晒して、お客様さんに「そうだ、彼に電話して聞いてみよう」と思ってもらわないといけません。そうすることによって売り上げも増えますし、逆に新たな情報を仕入れることになったりするのです。
ここら辺の情報を巡る微妙な駆け引きが若かった私にとっては物凄い訓練になったことは言うまでもありません。情報の引き出し方、晒し方を究極の実践の中で覚えていったのです。
何を誰から聞き出すのか?
もう一つ情報収集において大事なのは誰から何を聞き出すのかということです。
前掲の相関図に登場する会社の方々には利害上、立場上、話せないことと、逆にいくらでも話せることがあります。
例えば、産地の原料メーカーは自分の在庫が重くなっているときにそのことは決して話したくありません。むしろ在庫があまりないふりをしたいでしょう。
買い持ち、売り越しをあまりしない国際ブローカーならば、産地在庫がどれぐらいあるかについてはぺらぺらと話してくれます。
一方日本の問屋の中でも買い持ち、売り越しをオペレーションとしてやっているところは需給に関して真実は話してくれないでしょう。つなぎ取引しかやらない問屋さんは気軽に知っていることを話しがちです。
配合飼料メーカーは自社の在庫については話してくれませんが、他のメーカーについての情報は話してくれます。またどこそこの輸入業者や問屋が買い持ち玉を大量に抱えていて四苦八苦しているというような情報も話してくれます。
何を言いたいかというと、情報収集の厚みと精度を高めるには、誰が何を話してくれそうか判断して的確な人を選んで話を聞きにいくことが大切だということです。
話してくれそうにない人にいくら食い下がって聞き出そうとしても、相手を不機嫌にさせてしまいますしうかもしれませんし、場合によっては嘘の情報をつかまされてしまうかもしれません。また、もともとおしゃべりでつい話してしまう人もいますし、秘密主義の人もいます。
更に、マーケットの状況によっては普段おしゃべりなのに急に口が固くなる人も出てきます。結局誰が何を話してくれそうなのかを察知するには、それぞれの人のキャラクターと、その時々にその人がどのような状況に置かれているのか、どういう精神状態なのかを相手の立場に立って考える必要があるということです。
幸い私はこの実践トレーニングを20代の後半に集中的に経験させて頂きました。それ以来、どのような仕事であっても無意識のうちにそういうアンテナの立て方をして、人を選んで情報収集をしながら仕事に役立てるようになっていきました。
究極のピンチ
少し商売に自信が出てきた私はある日一部のお客さんが買い意向を示したのでさっさといくつかの売り取引を成約しました。その結果あっという間に売り越しが3,000トンに達してしまったのです。
私は産地の方はまだ上げ相場の兆しが出ていなかったので南米の一つの原料メーカーからとりあえず1,000トンを買い、その結果売り越しのポジションが2,000トンに減ったので少しほっとして帰宅しました。
ところが翌日その原料メーカーからテレックスが入っており、「昨日は在庫のバランスを勘違いしていたのであの話はなかったことにしてくれ」と言ってきました。私は昨日売りを確認しあったテレックスのやり取りを提示して、契約は成立していると言い張りましたが、相手は知らぬ存ぜぬで逃げ、そのうちなんの返事もくれなくなりました。
後で別ルートで聞きましたが、その業者の社長はかなりトリッキーな人物でよくこのようなトラブルを起こしていたそうです。私との1,000トンの取引締結後何かの情報で相場が上がり始めると察知し、取引を無効にして後で高く売ろうとしたのだと思います。
さて、私がこのトラブルで2日程すったもんだしている間に日本の大手配合飼料メーカーが相場が上がると見て一斉に買いに入るとの情報が入ってきました。正直大ピンチです。既に現地の原料メーカーの一部も相場が反転して上がる兆しを感じているかもしれないからです。
私は大損するという恐怖感を必死に押さえながら、他の何社かの原料メーカーに細かく刻んで300~400トンずつの買い注文を入れました。一回に大きな注文を入れると相手が身構えて値段を上げてくるかもしれないからです。幸い5~6社から数回に分けてどうにか利益がでる価格で購入を果たし、私の売り越し数量はゼロに近づいていきました。最後の500トンは売値よりも高い価格で購入し損が出ましたが、3,000トン全体ではそこそこの利益が出ました。
30年たった今でも思い出しますが、買いが完了した日は確か土曜日だったと記憶していますが、昼下がりのがらんとしたオフィスで味わった安堵感は今でも忘れられません。
こうして私はまだ若造の時に究極の実践トレーニングでこの情報収集のノウハウを体得させて頂きました。私の失敗の責任を引き受ける覚悟でそういう実践の場を与え、指導してくれた当時の上司の皆さんの度量の広さには感謝しかありません。一生の宝を授けて頂いたと思っています。
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