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Day8,「Sweet teeth」Inktober2020

 営業マンになってから、馬鹿みたいに喫茶店に入るようになった。10時アポイント、13時アポイント、15時アポイント、みたいな予定を組むと、大概移動と移動の間に時間が余る。暑い時は氷を浮かべたアイスコーヒーが飲みたくなるし、寒ければホット。

そもそも昼飯も珈琲とサンドイッチ程度で済ます事が多いから、多い時だと、三軒程喫茶店に行く事もある。オフィスの近くのルノアールに出入りしすぎたせいで、最近は顔馴染みのウェイトレスさんに、嬉々として新メニューの説明をされる。財布を見ると意味不明な損をしているが、仕事柄隣の席で相手業種の零れ話を小耳に挟むこともあるから、なんとなくやめられない。

 カフェイン中毒は、父譲りだと思う。父は、学生時代から豆を炒って自分なりの珈琲を淹れていたらしい。三食後必ず、湯を沸かして飲む父の日常。別に銘柄に拘りがあるわけではなく、なんならインスタントでもいいんだ、と彼は言うが、父の珈琲以上に美味しい一杯は、贔屓目でもなく飲んだことはない。

浅煎りが好きで、苦いともすっぱいともつかないそれに、彼はびっくりする程砂糖を入れる。若い頃入った有名な喫茶店で、出された珈琲に砂糖を入れようとしたら、店主が心底嫌そうな顔で、"砂糖なんか入れちゃあうちの店の珈琲の香りが分からなくなる"、と言った話を、父から何度聞いたことか。随分不快だったのだろう。行ったこともないだろうに、ブラジル人はバケツで珈琲を飲むが、底がじゃりじゃりする程砂糖を入れる、という話も、必ず付いてくる。

私の中ではだから、珈琲は苦みと酸っぱみの間の香り高さと、砂糖を底に溜まるまで入れた、美しい飲み物だ。

 好きなものを好きということ。気に入らないものには近寄らないこと。二つは簡単に見えて、結構難しい。私は仕事が大嫌いだが、食うためには仕事をしなくてはならないし、夏もそんなに好きではないが、来てしまうのだからしょうがない。だから、しょうがないことは我慢して、ちゃっちゃとこなすこと。の三つ目も加わる。

生きているのは、快と不快の連続で、しかもどちらかと言えば不快の方が多い。でもだからといって、いつもしかめっ面だと更に快は遠のくから、出来れば苦い珈琲にはじゃりつくほどの砂糖を入れて、にこにこ歯を見せながら、笑っていたい。

TEETH

《toothの複数形》歯。

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