見出し画像

20220617 家出 前

家の前の横断歩道を渡る直前、誰に宛てたわけでもない、宣戦布告

母親と喧嘩した。こんな家出てったると思った。そして、これを初めて言葉にして、伝えた。

私は家を飛び出した。スマホと財布を持ち、バンTにステテコ、足元は雪駄と、文字通り飛び出した格好である。しかし、私には金などなかった。大学四年生、貯金残高はマイナス2.7万円、奨学金を使い込み、バイトも休止中である。あまりにも情けない。こんな貯金でどこに行こうと言うのだろうか。

金がとにかくないから、まずは近所の公園に行った。公園は静かで、月で広場が煌々と照らされていた。物思いに耽けるには最適と思われ、なんならここで野宿してやろうとさえ思った。しかし、蒸し暑い6月の真夜中、財政が潤わず街路樹の手入れすらまともになされない我が街の公園の草が刈られているはずもなく、大量の虫刺されという家出のスタートとしては最悪な代償を得る。なんだか泣けてきた。家族を憂いて泣きたいおセンチメンタルな気分であったのに、現状の情けなさばかりで涙が止まらない。これは無理だ。どこか室内に退避して考えをまとめたい。冷静に考えるとなんか暑いし。

次に考えるのは電車での移動である。終点駅に近いため終電は恐ろしく早いがまだ上り電車はある。尚、ここで上り電車に限定したのは、節約のため定期券内での移動を前提にしたためである。「そうだ、今夜は適当にカラオケか漫喫で過ごすことで初めての家出でも快適な暮らしをしてやろう。それが一番の反抗になるだろう。」と、安直な考えをもった。そしておあつらえ向きの漫喫が最寄り駅から数駅の近くにあったため、そこに行くことに決めた。

幸いにも、私の地元は物価が低めである。いや訂正しよう。低“め”と我が街を大きく見せたい気持ちが出てしまったが、低“め”でなく低“い”と言った方が正確である。後でわかったが、地元の某幹線道路沿い、私の最寄り駅から数駅の快○CLUBのナイトパック?は都内のそれと比較して1000円以上も安いから驚きである。なんだかんだ言いつつ都内まで1時間くらいの小田舎であるにもかかわらず、都内とはこれだけの経済格差があるのだ。あの銀行総裁のような仏頂面でただ官僚の用意したペラ一枚のカンペを適当な抑揚をつけつつお読みになる現在のK総理大臣様には、めちゃくちゃ悪そうな顔をしているブラック・ライスフィールド日銀総裁(ウマ娘ブームに肖り、これを機に親しみを込めてライスちゃんと呼ぶことにした。勿論嘘である。)と共に、より一層の経済対策をおねがいしたいところである。

閑話休題

そして、私は一人駅へと向かった。すれ違う人は誰もいない。一般的なベッドタウンにおいては通勤ラッシュに該当される平日の21時半ごろにもかかわらず、である。勿論、下り方面から来る車両に人影はなかった。あまりにも過疎である。我が街の駅前の「ジャスコ」のフードコートは18時に全店閉店することで時短営業がトレンドとなるコロナ前から先んじて感染症対策の意識の高さを示していたし、駅の北側の商店街はコンビ二を除きすべてシャッターが閉じられている。ましてや駅前の某ハンバーガーチェーンも、某格安イタリアンチェーンも、某ドーナツ氏(男性)も、すべて撤退してしまうような街だ。そして、私がこの22年間生きてきた街でもある。高校までは何とも思っていなかった、無意識に遠ざけてきたこれらの事実を、あまりにも異常である、と感じるようになってしまったのは都内の大学に通い、サークルやアルバイトで都会の文化に触れてしまったからであろう。都会かぶれ、たいして都会もこの街も知らないで知ったような口を、と言われても仕方がない。しかし、一度頭に浮かんだ「俺はこの街にいたまま死んでいってよいのか?」「俺はこの街にいて幸せになれるのか?」「変わろうと思った二年前と、俺は本質的には何も変わっていないのでは?」という疑問を拭い去ることはできなくなっていた。もっとも、今日に限ってはふとした瞬間に涙があふれてしまう状態だったから、その過疎さに皮肉にも助けられたわけだが。

数駅先、目的地に着いた。数駅先といえども私の地元と同じ市内である。大学生にしては何ともダサい、小規模な家出だと感じ若干抵抗感はあったものの、「逆に中途半端に近いところであればもし家族が探しに行っていたとしても灯台下暗し的に見つからないのでは!」という理由を無理やり付けることで留飲を下げることとした。そして、歩いた。ただ歩いた。北口を出て右手、丁字路を左、信号を渡り、あとはまっすぐ。完璧な地元ではないためなじみはない。が、行動範囲が広がりどこにでも自転車で行けるフッ軽だった中学生のころに何回か通った道である。目新しくもない。しかし、今の俺には共に歩く者も、待たせる者も、急かせる者も、ましてやチャリンコで並走する道交法違反の阿呆同級生なんかも、特に居はしなかった。だから、ゆっくり歩いてやった。生き急いでいる気がして、いつか辞めたいと思っていた早歩きがこうも簡単にやめられるとは。家出万歳。Google mapは徒歩12分と示していたが、20~30分くらいか、漫喫に到着した。



この記事が参加している募集

#振り返りnote

86,311件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?