任意の行列は対称行列と交代行列の和で一意に表される。

証明にあたって「一意」という言葉から直ぐに思い付くのは背理法である。


任意の行列は対称行列と交代行列の和で一意に表せないと仮定する.
ここで,任意の行列Mに対して,Mの転置行列を$${^{t}M}$$として,
$${A=\frac{M+^{t}M}{2}}$$
$${B=\frac{M-^{t}M}{2}}$$
とする.
すると,$${^{t}A=\frac{^{t}M+M}{2}}$$となり,$${^{t}A=A}$$で,Aは対称行列である.
また,$${^{t}B=\frac{^{t}M-M}{2}}$$となり,$${^{t}B=-B}$$で,Bは交代行列である.
Mは$${M=\frac{M+^{t}M}{2}+\frac{M-^{t}M}{2}}$$と表せるが,これは対称行列Aと交代行列Bを用いて,$${M=A+B}$$と書き換えられ,
任意の行列Mは対称行列と交代行列の和で少なくとも1通りで表せる. •••(*)



これで証明したつもりになってはいけない。「任意の行列が対称行列と交代行列の和で表せる」ことは示せても、「一意」であることはまだ示せていない。絶えず疑う心を持てば、ここで満足して証明できた気になるというミスはしないだろう。人生の教訓にしよう。
話を戻そう。わざわざ任意の行列Mが「少なくとも1通り」は対称行列と交代行列の和で表せることを示したのは、最初の仮定で「任意の行列は対称行列と交代行列の和で一意に表せないと仮定する」と言ったが、これでは「2通り以上で表せる」ことだけでなく「一意どころか全く表せない」ことも示唆しているかもしれないからだ。「一意で表せない」という文脈がそこまでの意味を持つのか筆者(数弱)にはわからないが、批判を避ける為にも「保険」を付け加えた。
証明の続きを書く。



仮定と(*)より,任意の行列Mは,
$${M=A+B}$$•••(1)
と表せるが,Aと異なる対称行列Cと,Bと異なる交代行列Dを用いて,
$${M=C+D}$$•••(2)
とも表せる.
(1)(2)より
$${A+B=C+D}$$
Bを右辺、Cを左辺に移項すると,
$${A-C=D-B}$$
となり,この左辺は対称行列で,右辺は交代行列となる.



だからどうした?
数弱諸君よ、諸君の気持ちはよく分かる。私も数弱だ。だが諦めてはならない。
対称行列と交代行列が等式で結ばれることが重要なのだ。そう、左辺も右辺も「対称行列であり、交代行列」でもあるのだ!
いや、だからそれがどうした?
思い出して欲しい…「対称行列であり、交代行列でもある行列は零行列のみ」なのだ!さあ、これが思い付けばあとは簡単だ。



よって,左辺と右辺は対称行列であり、交代行列でもあるので,両辺ともに零行列である.
したがって,
$${A-C=O}$$
$${A=C}$$•••(3)
また,
$${D-B=O}$$
$${B=D}$$•••(4)
(3)(4)より,
$${\begin{cases}A=C \\B=D \end{cases}}$$
となるが,これは仮定に矛盾する.
よって, 任意の行列は対称行列と交代行列の和で一意に表される.$${\blacksquare}$$



これでやっと「一意」であることも示せたわけだ。しかし、もっと簡単な方法があっても良くないか?
では、背理法ではない二つ目の証明を示す。上の証明の(*)は既に書いてあることにして欲しい。



一方,任意の行列Mが,対称行列Aと交代行列Bを用いて,
$${M=A+B}$$•••(5)
と表せるとする.
Mの転置行列$${^{t}M}$$を考える.
$${^{t}M=^{t}A+^{t}B}$$
となるが,AとBはそれぞれ対称行列と転置行列なので,
$${^{t}A=A,^{t}B=-B}$$
より,
$${^{t}M=A-B}$$•••(6)
{(5)+(6)}/2より,
$${A=\frac{M+^{t}M}{2}}$$•••(7)
また,{(5)-(6)}/2より,
$${B=\frac{M-^{t}M}{2}}$$•••(8)
よって,(5)(7)(8)から,
$${M=\frac{M+^{t}M}{2}+\frac{M-^{t}M}{2}}$$となる.
以上より,
任意の行列Mが対称行列Aと交代行列Bを用いて$${M=A+B}$$と表せるなら、$${M=\frac{M+^{t}M}{2}+\frac{M-^{t}M}{2}}$$となる.•••(**)
(*)と(**)より,「任意の行列Mが対称行列Aと交代行列Bを用いて$${M=A+B}$$と表せること」と、「$${M=\frac{M+^{t}M}{2}+\frac{M-^{t}M}{2}}$$となること」は同値なので,
任意の行列Mは,ただ一意に$${M=\frac{M+^{t}M}{2}+\frac{M-^{t}M}{2}}$$と表せる.$${\blacksquare}$$



なんのことやら?
数弱諸君には分からないだろう。私も最初のうちは分からなかっただろう。数弱も粘ればこれくらいまでは行ける。
(*)では、「$${M=\frac{M+^{t}M}{2}+\frac{M-^{t}M}{2}}$$」と書けば、「任意の行列Mが対称行列と交代行列の和で表せること」を示した。つまり、
「$${M=\frac{M+^{t}M}{2}+\frac{M-^{t}M}{2}}$$」$${\implies}$$「任意の行列Mが対称行列と交代行列の和で表せる」
というわけだ。
(**)では逆に、
「任意の行列Mが対称行列と交代行列の和で表せる」$${\implies}$$「$${M=\frac{M+^{t}M}{2}+\frac{M-^{t}M}{2}}$$」
ということを示したのだ。
まとめると、
「任意の行列Mが対称行列と交代行列の和で表せる」$${\iff}$$「$${M=\frac{M+^{t}M}{2}+\frac{M-^{t}M}{2}}$$」
となり、同値であることが分かる。

初めて記事を書いてみた。最初なのでどれだけの人が読んでくれるかは分からない。書いてみると面白かったので、今後、数学や物理学で難しいと思ったところや、歴史を調べていて熱いと思ったところなどを書いて行きたい。絵も上手になったと判断したら少し投稿するかもしれない。
最後になるが、私のような初学者や数弱に向けて分かりやすいように長々と書いた文章を最後まで読んでくれてありがとう。もし熟練者の方が読んでくださり、間違っているところを発見すればご指摘ください。私の数学の糧とします。

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