心地よく浮遊していくKlang Ruler「飛行少女」│2023年3月ヘビロテ
FMたんとの中村アキヒロの番組内でお届けする
今月のヘビーローテーションを深掘りします。
2023年3月はKlang Ruler「飛行少女」です。
朝練の学校に来てしまった
運動部でグランドにいた時にBGMとして聞こえていた校舎のそこかしこから響くブラバンのパート練習。そんなイントロから始まるのがこのKlangRulerの「飛行少女」です。
やすだちひろ(Vo.)の気怠そうではあるがハッキリとした意思を感じる歌からこの曲の情景は始まります。
とある少女の物語
目の前にあるのは毎日通って、夢や希望なんかを1年生の引き出しに置きっぱなしにしている学校だ。自転車を立ち漕ぎで坂を登りきったら今日の目標は完了。登校お疲れ様でした。ボロボロな一日の始まり。教科書は開くだけで、楽しみなのは昼ごはんくらい。でも帰りのホームルームは好きかな。帰れるから。
…
違う。
そんな毎日を過ごしたいワケじゃない。もっとキラキラ輝いて自由に生きていきたいんだ。
鼓舞するドラムが聴こえてきたら、いま登っている地獄坂を滑走路にして空に飛び立とう。
繰り返しが力を溜めてくれる
Aメロはボーカルとシンセサイザーの限りなくシンプルな構成で歌詞の世界をダイレクトにぶつけてきます。物語の引込みとしてはこれ以上にないいい出だしです。
そしてこの曲の最強フック。「ペダル ペダル」「飛ぶ 飛ぶ」。歌詞の内容として繰り返す必要はないワードではあります。が、このリピートのお陰で曲全体のリズムが際立ち、ジャンプの前に膝を曲げるように、弓の弦をあと一段階張るように、力を溜めてくれれます。個人的には、「飛行少女」優勝ポイントはここです。
少女の物語はまだ続きます。
そうだ私はひとりじゃなかった
自分の足元と地面しか見ていなかったが、決心がついたら周りがようやく見えてきた。そう、学校に送り出してくれた親も元気だし、クラスの友達だっている。常識や規範の象徴である先生は私のことを下卑しているようだが、それでいい。その冷めた距離が私の助走距離になるんだ。居場所がここじゃないとわかった瞬間に、それまでそばにいたのに気付かなかった「始まり」ってヤツが駆け出して風を作ってくれた。ドアも蹴飛ばして風通しもいい。これはいいチャンスだ。この上昇気流を活かさない手はない。
Aメロでは主人公のみの話です。物語の始まりはいつだって一瞬、そう言ってくれるようにドラムとベースのリズム隊が下支えして曲の全体像が見えてきます。歌詞にも主人公の少女以外の第三者が出てきて世界が見えるようになります。輪郭を描くことで少女の立体感が浮き彫りになる。さらに主題化/擬人化した「始まり」という存在が駆け出しています。ここで主人公が置いてきぼりになるかのように、短いBメロから一気にサビがやってきます。
少女はこの不思議な体験をどう思うのでしょうか。
サビ1は決心のサウンド
飛び上がる初めての経験はこう感じるのか。重力からの開放はしがらみや常識からも開放してくれるのだろうか。ようやく気付く、今この瞬間が大切だということ。そして誰かに合わせて生きていたことは、自分を縛るコードであって、そのコードは他人をも邪魔していたかもしれない。だから、誰のことも縛らないからその代わりに私のことも邪魔しないで。
そして、もう前いた場所に戻ろうとも思わない。ただただ、高く高く、上へ上へ。
イントロから徐々に上がっていく音像ですんなりとサビが来ます。飛び上がったことの高揚感は案外静かなのかもしれません。飛ぶという事は歴史的に見ればライト兄弟のように近代に入っての技術と考えがちですが、神話や童話では人類は2000年以上も前から空を飛ぶことを夢見てきました。生まれた時からついて周る重力と、人間関係の重みの開放された瞬間は意外にも雑音が鳴らないのかもしれません。
ここで曲の聞き手と物語の主人公の気持ちが揃う効果が出てきていると感じています。さらにイントロに使われていたブラスも入ってきます。この先にどんなワクワクがあるんだろう、否応なしに期待感も膨らむサビ1です。
心臓の音が聴こえてきた
空の上から見ると、グラウンドでは誰かがバスケしてる。練習なのか遊びなのかはわからないけど、あいつは今を楽しむことを地でやってるんだろうな。反抗したいことはなにもないのだけれど、反抗しているポーズは取ってみたかった。ピアスを開けてみた。開ける瞬間も痛かったのに、しばらくはズキズキ痛むなんて聞いていない。ドクンドクンと間隔を埋めてくる。あぁ、これが心臓の音なんだ。飛んでるときくらいいつも見下ろしてくる太陽のことを見下してやりたかったけど、夕日でもあいつは見上げなきゃいけないのか。それがわかれば飛んだ意味くらいは得られるだろうか。
学校生活で守ってくれるような子がいてくれた。でも空から見てしまえば些末なことなんだな。始めたのが自分なら終わらせるのも自分なんだ。
2番AメロではDrのキックが4つ打ちへと変化します。主人公の心情がようやく状況に追いついてきました。初めての経験に慣れてくるとクッキリと風景が見え、自分の身体の感覚も戻ってきます。面白いのが"夕焼け見上げ"の部分です。飛び上がったら見下げるのかなと想像していたんですが、人間が1000m上空に行ったとしても太陽の位置も見え方は変わらないみたいですね。その気付きで主人公はこの飛行時間は逃避でしかないと内省します。単語リピートは健在、かつコーラスで単語リピートも入ってくるパートです。第三者なのか、内側の声なのかは分かりません。僕は内側の声と感じてます。
"終わりへ近づいたの"の最後の「の」歌い方に注目してみてください。見事に落ち込んだ表現がなされています。そのままサビに入ります。
2番サビでは内省から不安が襲ってきます。改めて辛い毎日だったことに気付き助けを求めるようになります。1番では個人のために個人の行動を起こしていたのを、2番では他人に行動を起こしてもらえるように声を上げるようになります。それでもこの時間が続くように上に上に登ろうとしていく意思をリズム隊が力強く鳴らしてくれます。
間奏で再び1人の空間に
宇多田ヒカルのBADモード(2022)の間奏に通づる気持ちよさがあります。40秒もあるのに、それを感じさせないひとときのブレイク、聴いてみてください。
https://www.youtube.com/watch?v=VJGCeAWIfEA&t=2s
飛行少女の間奏から受ける状況としては対流圏界面まで埋め尽くされた雲の上まで来た絵が浮かびます。ブラスが夜空を彩っているようなサウンドですね。
高いところまで行ってみたいと思っていたが、まさか本当に来てしまうなんて。1人になりたいと常に思っていたけど、誰もいない天空に来るのは意味が違ったな。結局ないものねだりであれこれ欲しがってても、必要なのは素直さでしかないのか。
Cメロで主人公は一つの結論にたどり着きます。変化を外部に求めもても理想通りにはならない、必要なのはどこか遠くに連れて行ってくれる翼ではなくて”素直な私”ということ。非現実的な出来事によって帰納的に自分の本質に気付きます。また、これまで英語で"Higher"と言っていたのがようやく”高く”と言います。かなり意思の入った目標のように感じませんか。際立たせるように演奏はブレイクに入ります。決め打ちしてくれますね。
たくさん気付いたからこその現実の今
なんてやけにクッキリとした夢を登校中に見ちゃったな。でも分かってる。大事なのは今。自転車のペダルを踏んでいけば目的地につけるんだ。今日も大事な毎日が始まる。
大サビを挟んでAメロに戻って終了。曲構成としても珍しいです。しかし。歌詞は半分です。”校舎に背を向け 地獄坂登れ そのまま空を飛ぶ 飛ぶ”の部分はありません。行間を読む可能性もありますが、それは低いでしょう。主人公には校舎に背を向ける必要も、空を飛ぶことももう必要なくなったからです。白昼夢なのか本当に飛んだかは定かではありませんし、そこは重要ではないです。主人公が内省して、他人にも助けを求められるようになって、ボロボロな毎日だとしても素直に高みを目指していく。そう気持ちが変化した成長の物語がこの「飛行少女」で描かれています。
アウトロではチャリンコを止める音が入ってます。(イントロは走り出す音も)
舞台装置として飛行するための道具と思われるチャリンコを手放して、ブラスバンドが練習する校舎へ腹を据えて向かっている気がしませんか。
いい曲です。
Klang Rulerについて
<Member>
Vo. yonkey / Vo. やすだちひろ / Gt. Gyoshi / Bs. かとたくみ / Dr. SimiSho
中心メンバーのyonkeyさんは空音さんとも楽曲制作もされています。
"レベル100超えた人に会いに行こう"は最強パンチライン
レトロなチルい曲もいいです。
地道に続けていきます😆ラジオは聴いてくれる人の習慣ですから📻