見出し画像

ホンダF1撤退に思う、モータースポーツの今後のこと

2020/10/2 衝撃的なニュースが飛び込んできました。
ホンダが2021年のシーズンを最後にF1から撤退。

長くF1ファンをやっているので、このニュースを聞くのは3度目です。
しかし、何度聞いても悔しいし、寂しい。
第4期となる今のF1プロジェクトでは、レッドブルチームと共に順調に勝ち星を挙げ、チャンピオンも手に届くかもしれない位置にいます。それだけに本当に悔しい。
モータースポーツファンにとっては受け入れ難い事実ですが、ホンダの決定を尊重せねばなりません。

自動車産業再編の波

記者会見でも八郷社長が仰られていた通り、撤退の理由は「2050年のカーボンニュートラルを目指す」というもの。
カーボンとは二酸化炭素のこと。二酸化炭素を排出するエンジンを搭載した自動車から、2030年を目標に生産車の3分の2を電気自動車や燃料電池車など、「エンジンを搭載しない自動車」に置き換えるというのです。
そのための研究所も設立。今後本腰を入れてEVシフトへ取り組んで行くことになります。

F1への参戦はヨーロッパを中心に宣伝効果が高く、マーケティングを意識するなら参戦し続けてもメリットはあります。しかしネックになってくるのは莫大な予算。多額のコストをかけて参戦し続けるよりは、撤退して空いたリソースを新しい市販車用のパワーユニット開発に回した方が効果的だと判断したのでしょう。

モータースポーツに企業が参戦する意義は、レースを通じて技術を磨き、それを市販車へフィードバックさせること。ホンダも故本田宗一郎さんが「走る実験室」と呼ぶほどに、レース活動を重要視してきました。
現在、ホンダはF1マシンの動力源となる「パワーユニット」を制作、2チームに供給しています。
エンジンと呼ばないのは、実は今のF1は「ハイブリッドカー」だからです。

2014年にF1のレギュレーション(ルール)が改正され、1.6リッターのV型6気筒エンジンに1台のターボチャージャー、2個のモーターを搭載した「パワーユニット」を動力とすることが義務付けられました。
ハイブリッド技術の向上を目的に、新しいレギュレーションに合わせる形でホンダも2015年からF1へ復帰します。
しかし、時代はカーボンオフ、EVシフトへ。
ライバルであるメルセデスも、市販車のエンジン開発を終了させると報じられ、ヨーロッパを中心に、自動車産業の再編が急速に進み始めました。

ハイブリッド技術の開発も、回生を含めたモーターの開発やバッテリーの開発など、F1に参戦し続けるメリットは全くないわけではありません。
しかし、ネックになるのはエンジン。いくら低燃費のエンジンを開発しても、数年後にはエンジンそのものが不要になってしまう。そこにリソースを費やすのは、会社としてメリットがないのは明白です。

※ホンダF1撤退のニュースリリース。八郷社長のコメントも掲載されています。

急な発表となったホンダのF1撤退。それにより、いくつかの懸念点が浮かび上がります。
大きなものとしては、「残されたチームの今後」と「新しい才能」について。

レッドブルチームの行く末

ホンダは現在、「レッドブルレーシング」と「スクーデリア・アルファタウリ」という2チームにパワーユニットを供給しています。
この2チームは兄弟チームなので、レッドブルブランドのチームへの独占供給、ということになります。

ホンダが撤退することにより、残された2チームが2022年に参戦するには、新たなパワーユニットサプライヤーと契約し、パワーユニットの供給を受ける必要があります。

現在、F1にパワーユニットを供給しているのは、メルセデスベンツ、フェラーリ、ルノーの3社。それぞれ自社のチームを持ちながら、他チームにもパワーユニットを供給しています。

レッドブルチームがホンダと契約する前は、長年ルノーと契約し、エンジン、パワーユニットの供給を受けていました。
現行のレギュレーション以前には、自然吸気式V8エンジンの供給を受けていましたが、これが他のメーカーを寄せ付けない強さを誇っていました。
しかし、現行のレギュレーションに変わった途端、ルノーはパワーユニットの開発に苦戦。今までの強さが嘘のようにパワーダウンしてしまいました。セバスチャン・ベッテルと共に4回ものワールドチャンピオンを獲得したレッドブル。トップ争いを演じるチームが突然のパワーダウンに納得するはずがありません。
2014年以降、チームは事あるごとにルノーを批判し、両者の関係は悪化の一途をたどります。

そこに、2015年からホンダが参戦。当初はマクラーレンチームへの独占供給という形でのスタートでしたが、ホンダもパワーユニットの開発に苦戦。優勝争いをしたいマクラーレンとの関係もうまくいきません。

そんな中、2018年にホンダはマクラーレンとの関係を解消。現在のアルファタウリチームの前身、スクーデリア・トロロッソチームと契約し、独占供給を開始。そこには、ルノーとの関係を早く解消したいレッドブルチームの思惑がありました。トロロッソとのパートナーシップによりホンダを成長させ、勝てるパワーユニットになってくれれば、ルノーと契約し続けるよりもアドバンテージを得られるからです。

レッドブルの思惑通り、トロロッソとホンダの関係は良好。細かいトラブルも徐々に改善していき、故障の少ない「戦える」パワーユニットに成長しました。
1年という短い間に急成長したホンダのパワーユニットが認められ、2019年からレッドブルチームにも供給が始まります。

レッドブルには、こちらも急成長中の若い天才ドライバー、マックス・フェルスタッペンがいます。
元々、パワーユニットを載せる車体の方、特に空力特性には他のチームよりもアドバンテージがあるレッドブル。供給を始めた初年度から、フェルスタッペンの手によりホンダにとって13年ぶりの優勝がもたらされたのです。

ここまで長く語れるほど、レッドブルグループとホンダとの関係は良好でした。レッドブルチームのトップであるクリスチャン・ホーナーも、今回のホンダの決定に理解を示してくれましたが、2022年からのパワーユニット選びはチームにとっては頭の痛い問題です。

ルノーとの関係は悪いまま。
現在、他を寄せ付けない強さを誇るメルセデスも、自チームの勝利を脅かす存在に対して、簡単にパワーユニットを供給したりしないでしょう。
それは、長年参戦しているフェラーリも同じ。

しかし、F1に参戦するチームに対して、サプライヤーは必ずパワーユニットを供給しなければならないルールがあります。
3社のうち1社、もしくは2社が必ずレッドブルグループの2チームへパワーユニットを供給しなければなりません。果たしてどのメーカーが供給することになるのか。各社の思惑も織り交ぜながら、注目が集まります。

ただ、パワーユニットに関するルールがもう一つ。
「新たなサプライヤーが参戦を決めた時、そのサプライヤーが望めば、現在参戦しているサプライヤーが必ずサポートしなければならない」というもの。パワーユニット開発の難しさから導入されたルールです。
そのルールに注目すると、レッドブルグループが新たなメーカーを探し出し、ホンダの協力を得てパワーユニットを開発、参戦するという可能性も残されています。コストがかなりかかるため、今から参戦するサプライヤーが現れるかは疑問ですが、可能性のひとつとして挙げておきます。
(難しいでしょうが、無限ホンダの復活、とかも面白いですね)

※レッドブルホンダ久々の勝利となった、2020年 F170周年記念グランプリのダイジェスト(F1公式より)

新たな才能 角田裕毅の未来

ホンダのモータースポーツ活動は、技術供与だけではありません。
未来のF1ドライバーを育てるべく、「ホンダドリームプロジェクト」というヤングドライバーズプログラムも運営し、若手の育成に力を入れています。

レッドブルやフェラーリをはじめとするF1のいくつかのチームもジュニアチームを運営しており、幼少の頃からサポートしてF1にステップアップさせるのは、近年当たり前になってきている動きなのです。
日本ではホンダの他に、トヨタも同様のプログラムを運営しています。

F1を頂点とするフォーミュラーカーレースのカテゴリーは、ピラミッド式になっています。
F1ドライバーを目指す若者は、幼少の頃からレーシングカートレースで腕を磨き、FIA-F4、F3、F2、F1とステップアップしていきます。
F1ドライバーになるには、主催者であるFIAが認めた「スーパーライセンス」を保持すること、そして各チームとの契約が必要です。
スーパーライセンスを獲得するには、定められた各カテゴリーの年間ランキングごとに付与される「ライセンスポイント」を、3年間で40ポイント獲得しなければなりません。
F1のサポートレースとして開催される直下のカテゴリー「F2」では、年間上位3人にその40ポイントが付与されます。
つまり、F2でトップ3に入れば、1年でスーパーライセンスを得ることができるのです。

ホンダドリームプロジェクトでは、毎年才能のある日本人ドライバーを海外へ送り込み、ヨーロッパの舞台で戦う機会を与えてきました。多くの若手ドライバーがF1へのステップアップを夢見て挑戦してきましたが、毎年悔し涙をのむ結果に終わってきたのです。しかし今年、近い将来F1へステップアップできる実力を持った若者が現れました。

角田裕毅(つのだ ゆうき)。
日本のF4でチャンピオンを獲得した勢いそのままに、舞台をヨーロッパへ。2019年にベッテルやフェルスタッペンを輩出したレッドブルジュニアチームにも抜擢され、今年からF2に参戦を開始しました。
予選の抜群の速さから、トップへ食らいつく強いレース運びで、10月現在2勝、ランキングは3位です。
このままいけば、スーパーライセンスを獲得できる年間3位に手が届く位置。2014年の小林可夢偉以降現れなかった、日本人F1ドライバー誕生も夢ではありません。

毎年、最終戦のアブダビGPの後、若手ドライバー中心のテスト走行が行われますが、レッドブルグループは角田を今年のテストに参加させることを表明。そこでいい結果を残せば、来年アルファタウリからのデビューも現実味を帯びてきます。

しかし、そんな中のホンダ撤退。
ホンダの息がかかる角田へのチャンスは、今よりも少なくなってしまう可能性があります。
せっかくここまで来たのに…日本人F1ドライバーの夢も遠のき、角田の今後のレースにも影響が出てしまわないか心配です。

幸い、ホンダドリームプロジェクトのサポートが終了したとしても、彼はレッドブルジュニアチームの一員です。レッドブルが実力を認めれば、ホンダのパワーユニットは搭載されませんが、アルファタウリと契約できるチャンスは残されています。あとは、彼の実力次第。

前出の小林可夢偉も、トヨタのヤングドライバーとして2009年にトヨタチームから最終戦にスポット参戦。そこで6位入賞という実力を発揮します。
そんな中、その年限りでトヨタがF1から撤退。
しかしその実力を買われ、2010年からザウバーチームの一員としてF1にフル参戦しました。
母体である企業が撤退しても、チャンスはゼロではありません。
新たな日本人ドライバーとしてF1を舞台に活躍する角田の姿が見たい!
日本のモータースポーツファン全員の願いです。

※角田が劇的な勝利を挙げた、2020年F2ベルギー大会レース1のダイジェスト。(F1公式より)

モータースポーツ文化 日本とヨーロッパの壁

ホンダのF1撤退は今回が初めてではありません。
1960年代に参戦していた「第1期」は1964~1968年。市販車の低公害型エンジンの開発を理由に撤退。この決定が、ホンダを世界ブランドに押し上げた「CVCCエンジン」の開発につながります。
日本国内にF1ブームをもたらした「第2期」は1983~1992年。いわゆる「平成不況」の影響で新車販売台数が伸び悩んだことが影響して撤退。
「第3期」は2000~2008年。この時はマシン制作を行うコンストラクターとしても参戦しましたが、リーマンショックの影響による経営悪化で撤退。
そして「第4期」が2015~2021年となります。

それぞれに時代の流れや経済的な変化が影響していますが、必ずホンダはF1に戻ってきました。それはF1への参戦が、ホンダの活動において重要な位置づけであることを意味します。
しかし、ホンダが撤退を発表する度に議論の的になるのは、「日本とヨーロッパのモータースポーツ熱の差」です。

かつて参戦していたトヨタも同じでしたが、日本の企業はまず会社全体の経営状況を考え、その時その時で必要なセクションにコストを振り分けようとします。その影響を受けてしまうのがモータースポーツ。会社の宣伝や技術の研鑽より、市販車をより多く売るためにコストをかけようとします。
つまり、お金のかかるモータースポーツは二の次、ということです。

ヨーロッパの企業も経営が苦しくなったときは同じことをしますが、モータースポーツには参戦し続けます。(その時の状況によりますが)
これは、ヨーロッパの人々が持つモータースポーツへの取り組み方の違いだと、私は思っています。

戦前から100年近く続くモータースポーツの歴史。
そこに参戦し続けるスピリットと人気の高さ。モータースポーツを楽しむ姿勢が「文化」として確立しているからだと私は思います。

日本のモータースポーツも歴史は古く、アジアの国々に比べれば「モータースポーツ先進国」と言えます。数々の名レースがファンの間で語り草になるほど。
しかし、モータースポーツの一般認知度はヨーロッパに比べてまだまだ低く、一定数のファンは必ず獲得しますが、野球やサッカーのように、一般的な人気が定着しているとは言えないのが現状です。

モータースポーツファンとして、もっと人気が定着してくれれば、日本企業ももっとレース活動に重きを置いてくれるはず。
そうすれば、4度にわたるホンダのF1撤退も阻止できたかもしれません。

「もっとF1を見て!」「モータースポーツをもっと盛り上げよう!」と口で言うのは簡単ですが、ヨーロッパのような「文化」に押し上げるまでにはまだまだ難しい。そんな大きな「壁」が、ヨーロッパと日本の間にあるように思います。(微力ながら、モータースポーツを盛り上げるべくこの記事を書いているのですが…)

しかし、2度ならずとも3度、4度とホンダはF1に帰ってきました。
自動車産業が新しい時代を迎えた時、新しいホンダパワーが世界の舞台に戻ってくることを、1ファンとして願っています。

※トップ画像はF1公式サイトより。



この記事が参加している募集

#F1を語ろう

229件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?