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マイペースに未知のマンガと遭遇できる「試読シドク」

先日、「試読シドク」というイベントに参加した。

隔月で行われているこのイベントの5月回の会場は、「R crazy」という六本木のキャバクラ。天井にはミラーが張られ、きらびやかなボトルや照明が並ぶ、この空間で行われるのは、なんと「マンガ」を取り扱ったイベントなのだという。

▲キャバクラに続々と集まる参加者の方たち

試読シドクとは、その名の通り、面白いマンガをリアルな場で共有し、試し読みをするコミュニティ型イベントのこと。

書店やコンビニで立ち読みが規制される一方で、マンガの刊行件数が年を追うごとに増え続け、「面白いマンガに気軽に触れる機会が減っているのではないか」という問題意識から、書評家の永田希Book News)さんが2017年2月に立ち上げたイベントだ。

▲持ち寄ったマンガを並べてスマホで撮影する様子

開始時間の16時を回ると参加者が続々と集まり、持ち寄ったマンガを机に並べて撮影をし始める。持ち寄ったマンガの書影を撮影し、ハッシュタグ「#試読シドク」を付けてTwitterでシェアするためだ。

イベントの存在を周知することはもちろん、「イベントに参加できなかった方も面白いマンガとの出会いを広げる機会になれば」と始まった流れなのだという。どんなマンガが集まっているのか、気になった方はこちらから検索してみていただきたい。

この記事では、そんな「試読シドク」のレポートをしていく。決して騒がしくはない、しかし熱量の詰まった、このイベントの温度感が少しでも伝わるとうれしい。


玄人たちによるオススメで手に取るマンガをハズさない

▲話題の新作から見たことのないマンガまでがズラリ

開始時間からしばらくすると、テーブルの上には来場者が持ち寄ったマンガがビッシリと敷き詰められる。見たこともないマンガばかりで、どれを読もうか目移りしているわたしに、主催の永田さんや運営の横見さんが好きな小説や映画などを聞いてくれ、そこからわたしが好きであろうマンガをオススメしてくれた。

ご紹介いただいたマンガたちはドンピシャに面白く、夢中になって読んでしまった。断っておくけれど、わたしはこだわりが強いので人に勧められたものを読んで面白いと思えたことはそう多くない。

見当違いなものを勧められると腹が立つけれど、わたしが好きだろうと思って誰かが勧めてくれたものを好きと思えたときに、恋が実ったような気持ちの高ぶりを覚える。久しぶりの感覚を、このイベントで思い出すことができた。

▲主催者の横見さんによるプレゼン

「コンシェルジュのいるマンガ喫茶」と言えば、このイベントをうまく説明したことになるだろうかと考えていたけれど、しばらくしてそれが適切でないことがわかった。試読シドクの特徴は、近からず、しかし遠からずの独特の距離感にもある。

20時頃に始まった「プレゼンタイム」では、各自が持ち寄った推しのマンガを1人3分の持ち時間内で紹介する。端のほうで聴き入っていたが、さすがはマンガ好きの集まる会。マンガの創作秘話や、当時の時代背景など、専門的な知識を交えながら熱量を持って推しのマンガを紹介していく。

紹介というよりは、もはや解説に近いかもしれない。中には、単行本化されていないマンガの週刊誌をファイリングして持ってきた強者もいた。

好きなものについて語る人の顔を見ると、こちらまで幸せな気持ちになってくる。マンガの知識を得ることはもちろんだが、プレゼンをしている人を観察しているだけでも面白い。

説明の仕方も主観が全開、ユーモアに溢れている。いくつか例をあげれば「陰キャの集団自殺を陽キャの女子高生が止める話」、「歴史の節目には必ずエロ漫画があったという歴史観に基づいて展開されていく話」、「数学版ヒカルの碁」などだ。

制限時間を過ぎるとプレゼンは強制終了となるため、時間が迫ってくると作品の良さを何とか説明しようとひねり出した言葉が思わぬパワーワードになることも多々ある。そのたびに会場がドッと笑いに包まれ、さほど交流もしていないのに、だんだんとコミュニティ感が出てくるから不思議だ。

▲プレゼンを聴く中で少しずつ親交も深められる

もちろん、プレゼンしないこともできる。また、プレゼンタイム以外は基本的に黙々とマンガを読めるので、特に交流を求めていない人も安心して参加できる。

かくいうわたしもできるだけ人と話さないで帰ろうと思っていたのだけれど、プレゼンが終わって打ち解けた空気のあとにはどういうわけか、自分からプレゼンの面白かった人につい話しかけてしまった。

▲マンガを黙々と読む参加者の方々

普段はお酒が並んでいるテーブルの周りでホステスさんによる華やかな接客が行われる空間で、マンガを黙々と読む人たちの光景は、何だかとても不思議なものだった。


焙煎珈琲やお酒、本格バインミーサンドで休み休み読める

▲「Lottie(ロティエ)」のrumiさんによるバインミーサンド(800円)

ドリンクやフードが充実しているのも、試読シドクのオススメポイントの1つ。ドリンクは毎回コーヒーショップから買い付けてくる豆を使用したコーヒーのほか、ソフトドリンク、ハイボールなどのアルコールも用意されている(1杯500円 ※1000円で飲み放題)。

今回のコーヒー豆は、世田谷代田にある「グラウベルコーヒー」のエチオピア。中深煎りと深煎りの2種類が提供されていた。

周りに人はいるが、皆さん黙々とマンガを読んでいるので、まさに個室にいるような感覚でリラックスしながらマンガの世界に浸ることができた。

フードも本格的で、最近では「Lottie(ロティエ)」のrumiさんがベトナムのサンドイッチ「バインミー」(800円)を提供してくれる。

▲中身はこんな感じ

1/3本分のバゲットに、キュウリと大根と人参とムラサキキャベツ、パクチーがぎっしり詰まったバインミーは野菜がたっぷり摂れる。味付けのベースは「ヌクマム」と呼ばれるベトナムの魚醤。個人的にはナンプラーよりも酸味があり、さっぱりとしている印象だった。

▲甘い冷製ポタージュもバインミーサンドとセットで提供

また、今回から「じゃがいものポタージュ」もセットになった。男爵よりも糖度の高い「インカのめざめ」を使用している冷製ポタージュは、ほどよくお腹にたまる。昼食と夕食の間にまたがる時間をブリッジするのにピッタリのフードだ。


試読シドクで読んだマンガたち

ここまでは「試読シドク」のイベントの様子をお届けしてきたが、最後に、試読シドクで出会ったマンガたちの中から面白かったものをいくつかご紹介したい。

ちょっとエッチな“やりかた”で退屈な日常をサバイブする『彼女のやりかた』

オムニバス形式で1冊完結の短編集。各話に登場する主人公の女性たちが憂鬱な仕事に向き合うためにそれぞれ工夫を凝らすのだけれど、その方法が独特かつ微エロ。

誰よりも早く出勤する女性は自分のパンチラ画像をデスクトップ画面に設定したまま退社し、日常に飽きてきた女性は刺激を取り入れるためにノーパンのまま野良猫を撫でるふりをしてしゃがむなど、エキセントリックな方法で各々の毎日を乗り切る。

若干のエロ要素はありつつも、女性の方が読んでも共感できる部分も多い。ストーリーも泣いたり驚いたりすることがない展開なので、疲れたときにぜひ読んでほしい。


潔癖症でコミュ障の天才デザイナーと人脈おばけの凡才が織りなす青春マンガ『星明りグラフィックス』

アートでは凡才だが、非凡なまでのコミュ力を持つ美大生・園部明里と、デザインの天才だが潔癖症でコミュ障な美大生・吉持星の2人が織りなす青春マンガ。

芸術を学びながらキャンバスライフを謳歌することにほのかな憧れを持っていたわたしとしては学生生活を追体験できるようで単純に面白かった。

後日、このマンガを読んだ人に感想を聞いてみたところ、「美大版・エレンとミカサ(進撃の巨人)みたいだよね」と言われ、ストーリーが一気にものものしく感じられたけれど、それよりはやや(というか圧倒的に)爽やかな青春が綴られていますのでぜひ。


年齢も性格も違う2人の女性の同居生活を描く「違国日記」

突如として始まった少女小説家の高代槙生(35歳)と、朝(15歳)の同居生活を描いたもの。姉夫婦の葬式で遺児の朝が、親戚間でたらい回しにされているのを放っておけず、勢いで引き取ることにした槙生。

しかし、翌朝には槙生の人見知りが発動し、人懐っこい朝との間で化学反応が繰り広げられていく。不器用な槙生に感情移入し、朝の愛らしさに萌え、槙生と朝とを取り巻く周囲の人間たちに心温められた。

試読シドクでは1巻しか読めなかったが、槙生や朝の過去にまつわる伏線があちこちに散りばめられていて、続きが気になる。昨晩Amazonの注文ボタンを押したばかりだ。


まとめ「試読シドクはマイペースに未知のマンガと遭遇できる場」

長々と書き連ねてきてしまったけれど、試読シドクの特徴は「マイペースに自分にフィットする未知のマンガと遭遇できる」点にあると感じた。

読書会のようなコミュニティだと、読んでくることが必須なので多少の気張りはあるし、ただマンガを並べられているだけだったらどれを手にしていいかわからずに、読み始めるのを投げ出してしまうかもしれない。時間は決まってはいるが、途中入室・退室できる気軽さもいい。

面白いマンガに出会いたいけれど、何のレビューを見たら良いかわからない方は、ひとまずは身一つで試読シドクに参加してみてはいかがだろうか。運営側も「手ぶら参加も大歓迎!」と、気楽な参加を呼び掛けている。

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