物流妨害防止法(2023.12.17〜12.23)

時間に追われ、ピリピリした視線が飛び交う荷下ろし作業を終え、竹田は数時間ぶりの休憩時間のお供に缶コーヒーを買った。
普段は利用しない自動販売機がキャッシュレス対応になっている事に驚きながら取り上げた缶は焼ける様に熱く感じられ、動かし続けていたにも関わらず体が芯から冷えていることを思い知らされる。
「まだ半分あるのか」
竹田は自分が罰せられ、課せられた労働時間が残り12時間あることを思い出してため息をつく。
休憩を除いて1日8時間。合計3日の24時間の勤務を国から命じられている。
地域の最低賃金から罰則云々の手数料という名目が引かれ、およそ600円程度が竹田の1時間の労働への対価だった。
この国は物流に甘え過ぎ、物流を甘く見過ぎてきた。
本当に必要な存在に対して過度なクオリティーを求め、かと言って報酬を渋る国民性が行き過ぎた結果、運送業の成り手はどんどんいなくなり、物流は麻痺していた。
そこで国はマイナンバーカードを配達記録に紐付け、受け取りや宅配ボックスの開閉に利用する事にした。再配達を繰り返す客や宅配ボックスを24時間以上放置する人間を管理し、数回繰り返したところで竹田の様に真っ赤な封筒で労働奉仕の督促、通称「赤紙」が届く仕組みになっている。
開始前は4つに1つの荷物が受け取られずに配達員の負担となり、倉庫を圧迫していた荷物も強制労働をちらつかせることで10個に1つにまで改善されたらしい。自分に何か起こると知った途端に荷物を積極的に受け取る努力をする様になったのだから人間というのはどこまでも自分に甘いのだなと竹田は思う。
「金貰えるだけありがたいけど、いきなりの力仕事はキツイわ」
休憩所のストーブにあたっていると、隣に大坂がやってくる。
自分と同じように赤紙を受け取り、この倉庫に労働にやってきた50代くらいの男だ。
「大坂さんは今日で終わりですよね」
「そうよ、これで娑婆に戻れる。竹田くんが荷物の持ち方教えてくれるまで本当地獄だったから、途中からでもいてくれて助かったよ」
普段は経理の仕事をしているという大坂は腰や肩に負担がかかる荷物の持ち方をしており、いつ故障してもおかしくなかった。見かねた竹田が膝をついて箱の角を持ち、足の力で持ち上げるなどの方法を教えてやってからは負担も軽減されたようで文句を言いながらも順調に働いていた。
「役に立てて良かったです」
「竹田くん、詳しいけど何かやってたの?」
荷物を持った状態での移動についても色々教えていたことで大坂は気になっていたらしい。
大坂の様にこの状況においても朗らかな相手になら話してもいいだろうと思い、竹田はストーブの火を眺めながら答えた。
「俺、実は運送業の配達員なんですよ。クリスマス商戦ってやつで家に帰れない日が続いて、実家から荷物が届いてるの受け取れなくって、赤紙もらっちゃったんですよね」
大坂は自分たちの様な人間のせいで運送業に従事している人にまで赤紙を受け取らせているのかと思い至った様で、申し訳なさそうな顔をする。
「あ、大丈夫ですよ。俺正社員だし、会社も慣れてるんで有給扱いで副業って事にしてくれるし、ここなら残業もなく毎日8時間で帰れますから」
皮肉でもなく、実際そう思うが、そもそもそんな世の中でない方が良いのは明白だろう。
大坂が決意した様に言う。
「僕も宅配ボックス家につけるよ!国が補助金くれるって言うし」
亡くなった両親の古い一軒家に住んでいた大坂は出張中に荷物が受け取れず、スマホを紛失したために再配達の処理も出来ず、赤紙が届いてしまったらしい。
国は宅配ボックスの設置を推進するために補助金制度を設け、設置料金の20%をポイント還元する事業を半年前にスタートしている。
「それがいいですね。僕らも助かるし、大坂さんもここに来ないで済みますから」
2人で皮肉を込めて微笑みあって、コーヒーを飲み干す。
「体はキツいかも知れないけど、配達部門に行かされなくて良かったかも知れないな。自分みたいに荷物受け取らない客ばかりだと罪悪感でいっぱいになっちゃうかも」
「配達部門は初犯では行かされないらしいですよ。流石に素人にはキツイんで」
配達部門は自家用車もしくは配達用の車両でランダムにあてがわれたエリアでの配達業務に従事する事になるが、ナビで管理されるとは言え、素人にはタスクが膨大で機転も求められる為、何度も繰り返さない限りは充てがわれないと噂されている。
実際、仕事が見つからない人間がわざと繰り返し、度々その対象者が配達部門に配属されている事例を竹田は所属会社で見かけている。
配達員として雇ってはどうかと思うものの、国から雇用創出が主目的ではないとのことで禁止されているらしい。3年無犯で初めて雇用が可能と聞いたことがある。
需要と供給の難しさを物流以外からも感じさせられる。
ゴミ箱に缶を捨てようとした時、大坂が自分も分も受け取って一緒に捨ててくれる。
「ありがとうございます」
「仕事ってそんなに感謝されないし嫌になるけど、でも人の仕事に感謝ってそんな出来てないんだなって痛感したよ」
大坂の言葉に竹田にも意味を持って聞こえた。
「確かに、俺も会社の経理に経費削減言われる度にお前が配達してみろとか思っちゃってました。感謝しなきゃな」
「ひどい!けど、経理の宿命だね」
大きな声で笑いながら防寒用のジャケットを着込む大坂に竹田は小さく呟いた。
「ありがとうございました」

この短編はこの日記から連想して書きました。
https://oka-p.hatenablog.com/entry/2023/12/24/114553

またー。

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