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[苦行]しりしりしりしりしりしりしりしりしりしりしりしりしりしりしりしりしりしりしりしり尻[苦行]

さっき!!!!!にんじんしりしりを大量に作りました!!!!!!!!!!太ぇにんじん2本を全てしりしり状態にするのはもはや修行です。すごい時間がかかります。切れ味の悪い包丁で力づくで大量のにんじんに鉄槌を下すので指の包丁に触れている部分が赤くなります。

にんじん2本なんてヨユーだしwwwwっておもうでしょう?バカ!にんじんの体積ってものを思い浮かべてください。しりしり状態=薄めの細切りというものは、乱切りや短冊切りとは違い、そのにんじんの体積分全てに自分自身の手で関与しなければならないのです。にんじんの外側だけでなく、内部すみずみにまで関わる…円柱形のにんじんの外側の皮に近い部分に手を入れたら、内側の部分にも手を入れ、それを360°分やり、それを円柱の高さ分行う必要があるのです。にんじんしりしりのにんじんは、他のどの料理で使われるにんじんよりもにんじんの立体感が強調されるものなのです。とにかく、料理というより修行というか、工場に任せるべき仕事です。私は自分が一人暮らしで食っていくためのにんじんを切りながら、にんじん切り工場のパートとして10年間くらい勤務していたのだと思います。もはや達観していました。こういう無の作業は別に嫌いではありません。指は痛かったです。長時間下を向いての作業で腰も痛くなりました。切れ味の良い包丁かそういうふうにしてくれるスライサー的なものがあると私はにんじん工場により一層近づけるというものです。

あと、しりしりして火を入れてやわらかくしたにんじんに混ぜた卵を入れてレンチンして卵をかためるってレシピに書いてあったのですがにんじんの量が多すぎてレンチンきたときににんじんの水分が大量に出てきて卵が全然かたまらなくてクソ卵水が爆誕してしまい、最初に投じた2個の卵を無駄にしたときは本当に泣きそうになりました。卵とにんじ水(にんじすい)が混ざったクソ卵水を他の料理に使おうかと考えましたが、考えてるだけで辛すぎたし脳の容量を食いすぎて思考停止してしまったので捨てました。高価な卵を失ったというところも私にとっては充分につらかったですが、「大量の食材を使う時はその食材の性質が変化することがあるので、その場合を学び見極めていく必要がある」ということを学びそれは今思えば重要な教訓だと思うのですが、この当時はこれくらいしか学ぶことがなくこの失敗はあまり身にならないものだったと考えたので、この「学びの薄さの感覚」が私が辛い思いをした最も大きな原因だったと思います。でも私はドMを目指しているので、苦しみと同時に、苦しみと共に生まれる快楽というものが湧き出る感覚を覚えました。

この苦しみと喪失、多くの時間と過集中などと引き換えに、私は数多くの冷蔵して近々食べるにんじんしりしりと、冷凍して後々食べるにんじんしりしりを得ました。しばらく野菜にはあまり困らないでしょう。この21~23時という時間帯は学校が空いていないので卒制の作業もできなかったので、にんじんしりしりを前もって作っておくことを自分に課したのでした。もっと簡単で大量に作れる野菜の料理がたくさん存在します。この行為は無駄だったのでしょうか。人参が手に入ったのは後にひじきの煮物を作って食べたかったのでそのついでだったのですが、その「ついで」にここまで自分のエナジーを費やすとは。でもこういう無駄とも思えることが大切だと私は思っています。明日は卒制の作業をします。

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