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我慢したら障害者に(11)精神科病棟

私は、2020年12月1日にODをしました。薬物過剰摂取です。

そして 落ち着いてきた私は 精神科の一般病棟に移されました。精神科?他の人もいるの?少し怖いと思いました。でも 違ったんです。

私は、精神科一般病棟に移り、暗いイメージで恐る恐る移動したのですが、予想もしなかった 笑顔溢れる病棟だったのです。

でも 私の心はどん底まで落ちていたので 何故皆が 笑っているのか それに違和感を感じたくらいです。ずっと一人で泣いていました。

50代くらいかな?と思われる女性と20代だろうなと思われる男性の二人の入院患者さんに 泣けばいいんだよ!私もそうだった!と話しかけられました。優しい言葉に凄く泣きました。二人共 精神科にいなくてはいけないような人には見えませんでした。 
50代の女性は 地元の人ではなく、少しなまりが関西ぽい感じでした。旦那さんとの旅行中 宿に取り残され 荷物は全てなくなっていて、チェックアウトしていたというのです。
彼女は海に入り、入水自殺をしようとしたところ 見つけられて この病院に来たそうです。
20代の男性は 何故か 服脱いでしまうんです!と聞かされ 私の頭では 理解できなかたのですが、コンビニで服を脱いて そこから バンツのみで 川へ向かい 匍匐前進していた所を捕まったらしく、もはや 何度かやらかしているので 次やると本当に警察のお世話になってしまうらしく それはなんの病気なんだろうと思いました。

そして 他の入院患者さんも皆 優しいのです。
下は10代から 上は90歳近いのかな?という患者さんまで幅広い年代の人がいました。

10代の子は、気が強そうなのに リストカットの傷の跡が ふとした時に見えて そうなのか…と思って 
20代で とても綺麗な女性は躁鬱病 、橋の上に立つらしく
大人しそうで 入浴のときに話しかけてくれた20代の女性は 統合失調症 。常に頭の中にひとの声がするそう。
30代女性は、育児ノイローゼからの鬱病。
他にも色々な病を持った人と話ができました。 この病棟で皆さん 明るいのは、自分を隠さなくて良くて 助け合って 生活してるから 明るいのかと理解しました。

私がとても 可愛いと思ったのは 一番高齢のカートを押して歩いている おばあちゃんでした。少し 亡くなった 私の祖母に似ていました。いつもナースステーションのそばにいて 御飯の時間を待っているんです。
さっき食べたよ!と話しかけても 「おかしい私食べてないわ」と話してたかと思うと 「あんた どこから来たの?部屋行こうか?」と言うので 私の病室まで向かうと 必ず 途中で 「遠いねぇ。帰ろっか?」と言うのです。 また 逆戻り。これを何度したかな。そう言い出す場所がいつも同じ場所なので 私は笑いながら 「そうだね!遠いから帰ろうね!」とおばあちゃんの部屋の前まで送りました。
おばあちゃんは、一本道の廊下で よく迷子になるらしく、おばあちゃんのお部屋には、看護士さんの手造りの看板で大きく おばあちゃんの名前が書いてありました。[○○子さんのお部屋] ほのぼのしました。 

皆に可愛がってもらえるおばあちゃんもいれば、若い子に意地悪をする おばあちゃんもいて 公衆電話に気に入らない若い子が入ると車椅子でやってきて ドアの前に止め 折戸なので前を塞がれると出られなくなるのを分かっていて毎回やるんです。何とか外に若い子が出られたと思うと、おばあちゃんが「私しゃ、あんたが嫌いや!」と言い 若い娘も 「私も 〇〇さんの事、嫌い!良かったわ!」って後で笑い話になってたりしました。その若い子は中国出身の子で、おばあちゃんの中で偏見もあるのかなと思います。

みんな それぞれ抱えてるものがあり、それを受け止めて ここにいるんだなと思いました。

全く話さない人もいました。拒食症なのかなと思われる 20歳前後の女性は 延々と廊下を行ったりきたりしていました。話かけても反応はないし 個室の人だったので 結構重い症状なのかな?と思いました。 

基本的には みんな よく歩きます。運動ができないので みんなで 廊下の端から端までいったりきたり、自分に合わせたウォーキングをしています。

でも運動量が圧倒的に足りないので お腹が空くわけではないのに 3食きっちりでてくるし、痩せて来ていた私は どれだけ食べたがチェックされるので、男性看護師さんの鋭いチェックが怖くて、途中から実は部屋に隠してたりしてました。

あと、困ったのが 仕切りのカーテンがとてつもなく 加齢臭がするので 看護師さんにいいましたが うんうん OKと笑顔でしたので分かってくれたのかと思ったら スルーされてました…
精神科ならではの対応…
仕方なく 凄く石鹸を刷り込んだ タオルを枕元に置いて寝ていました。

基本 何もすることがないし、携帯はないし、TVも部屋にはないし、公衆電話でしか外部とは話せないことは、一日がこんなに長かったっけ?と思うほど 辛くなりました。

退院が決まった時は、嬉しくて 周りから、どうやって退院許可貰えたのか聞かれました。
精神科病棟は、一度入ると 簡単には退院できないのだそうです。短くても、2〜3か月は強制入院になります。

私には受験生の子供がいたし、家事ができる人がいないということで 特例の退院でした。

ただ 問題が 家に旦那がいるので、辛くなったら保護入院させます。だからODはしちゃダメ!娘さんも凄く泣いてたんだからねと看護師長さんに言われました。私はうんうんと頷きました。
離婚も入院中に勧められ、人にお願いしてするのよと言ってくれました。

仲良くなった入院患者さんに退院の日挨拶に行くと みんな「またね!」と言ってきます。
またね??「ODは、繰り返すから また帰ってくるよ 結華さんは(笑)」と言われてしまいました。

不都合は多くても みんな 何度も戻るらしく、それは ここでは、自分を隠さなくていいからだろうなと思います。

生きづらさを感じている人が集まっているだけの病棟で 自分が思っているような暗いイメージの精神科病棟は、間違っていたと気が付きました。退院する頃には 暖かい場所に変わっていました。

家について ホッとしていると いつも無表情話もしない 旦那が 異様に高いテンションで帰って来て驚きました。子供たちからは 彼が母さん入院中 嬉しそうだし 偉そうなんだけどと聞いてはいましたが…私の退院する日を知らなかった彼は、そのままの姿をみせてくれて この人は、悪魔だと思いました。
私の顔を見た途端 体調を気遣う言葉もなく
[帰ってきてたんだ…」とがっかりした顔をして また何も喋らない旦那に戻りました。
入院するときの迫真の演技お疲れさまです…と思いました。心拍が落ちて 私の命が危ない時に彼は、何を思っていたのかなと考えるとゾッとしました。


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