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教育は不幸な人がすべきかもしれない
「教育」という分野は恐ろしい。ましてや受験生を見るなんて。
幸い人数は増えたが、その分抱える責任が多くなっただけかもしれない。
自分の人生さえままならない私が、人の人生の分岐点で重要な役割を果たさなければならないのは全くもっておかしな話である。
ではそんなフラフラした私が、人生を睨む受験生に何を伝えられるのか。
多分それは、フラフラしてていいということかもしれない。
大学受験で人生は決まらないし、ましてや大企業に入ったら幸せが約束されるわけではない。
分かってはいるけど、それをストンと自分の腑に落とすことがいかに難しいか、私は知っているつもりだ。
そんな私が毎度初回の授業1、2回で行うのは「今君にとっての幸せってなんだい?」という問いに対して仮説を設けることである。その上で、大学が必要ないとなれば、私は退塾手続きを進めてもよいという考えだ。
しかし、この教育の指針を持つ私に降りかかる課題は、私のことを棚に上げていることである。
残念ながら私は問いに答えることはできていない。
そんな私が教育業界にいるのはおかしな話かもしれない。
まだ私の幸せを探す旅は始まったばかりだ。