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『情熱の壁~LA PASSION DU MUR~』

【情熱とは衝動である】

今回紹介するのは、webで読むことが出来る漫画の一種である。
漫画とは一種の連続性を持ったイラストであるが、かつて人は一枚の絵に様々な物語を込めた。それを指して無数のページを要するコミックを安く見る趣はあったが、それとて21世紀ともなった現在においてはコミックを単なる安い消耗品とだけ見る趣は減ってきたとも言えるだろう。

人がその手から放ち、情熱という衝動のままに描いたその存在は、個々人によってそれぞれ無数の経緯を持ったアートなのである。

ベル・エポック美しき時世

そう証された時代を舞台に描かれるのは、ある一人の情熱を持った画家を主人公とした話である。彼はパリにおいて、壁画を描くために様々な現場を歩くが、彼の描くスタイルはどこからも相手にされなかった。

それは、この時代に限らないが、絵とはすなわち格式と調律によって齎される作品であったからだ。それらは安定した供給を約束し、見るものに知識があればどういった存在であるかを理解させるのに容易い。
だがその容易さは、芸術品として見た時に一歩引き下がった存在であることも意味している。誰もが理解できる存在。それは芸術品としてはレディメイドとでも呼ぶべき、ある意味では作者の評価を薄れさせてしまう作品でもあるのだ。

無論、レディメイドを侮辱するわけではない。だが同時に、人々はそれらの利便性や分かりやすさにこそ注目すれど、誰が作ったかなど気にも留めないだろう。
日常で使う何気ない消耗品を作る担い手を、殆どの人間が気にしないのと同じように。

そしてこの物語の主人公は、それらの要素からかけ離れた衝動を持っていた。そして同時に、それを見せつける舞台を得るには、やる気や熱意だけでなく彼自身が持つ能力を第三者から見た時に理解してもらうという一種の基準が必要であることを理解し、屈折していた。

そんな彼に、声をかける人物が現れる。壁画を愛し、その衝動のままにパリへと訪れた青年ウジェン。その青年を導く、壁画という一大アートを監督するセザー。

二人の男を軸として描かれる、狂おしいほどの時代への訴えを描いた物語である。

【燃焼される命と衝動】

『人に評価されるということ』とは、すなわち
『人に理解されるということ』ではない。

何故ならば、理解というものはあくまで各種要素を分解した一種の方程式に過ぎないからだ。しかし芸術という存在には共通点がある。美しい方程式を有しながら、そこに入力される値は同時に千変万化し続けるということだ。

ある者は「さながら落書きのようだ」と、数億円の絵を何も知らずに見れば嘲るだろう。

ある者は「一生の宝物だよ」と、親しき存在から手渡された一枚の絵を大切に保管するだろう。

芸術とはそのどちらの要素をも持つ、いわばそれを描いた人物の“個”が凝縮された我儘である。そこに至る道は様々だ。無論これまでに提示した要素を最初から求めて描く者も多いだろう。自分ではない誰かから評価されるという事は、自分という存在を補填する、補完するということでもあるからだ。

当然、その数は多ければ多いほどに増していく。

しかしそこに完成はない。延々と続く0.9999999....のようなものだ。

芸術を描こうとするものは、その先にある1へと至るナニカを追い求めて突き進む。

【この作品を読んだ時に伝わってほしいもの】

今回、わたしがこの記事を書いたのは紛れもなく衝動的な行為だ。
これを芸術と呼ぶほどわたしは自尊心に満ちていない。あくまで、この目にした芸術と呼べる作品をほんの少しわかりやすく解そうとしているに過ぎない。

この作品で見て欲しいのは、登場人物の顔である。

特に主人公であるウジェン。そして彼を導いたセザー。

この二人が魅せる、その星空のような表情をこそ、この作品最大の魅力だ。

彼らは作中でぶつかり合う。それは彼らがどちらも芸術を通して我儘を展覧する存在であり、同時にそれを昇華するのに命と情熱を燃料とすることを躊躇わなかった存在だからでもある。

片方は肯定し、もう片方は否定する。シンプルでいて、辛辣で、心苦しくも、その先にある“1”を追い求める。

終盤、拝金主義者めいたセザーは────目の前に拡がるウジェンの描き出した我儘を見つめた時、彼はそこにある情熱を目にした。口にすべき言葉。取るべき態度。それら全てが消し飛んでしまう瞬間。

芸術とは、ある意味でそれを見つめる者を強烈に見つめてくる。だがそこにあるのは深淵ではない。むしろ太陽のような、月とも星とも言えるような、眩いほどにその存在をありありと示してくるものである。

目を向けさせる。このたった一つの単純な行為を無意識に取らせてしまう。

そんな、人の根源を揺さぶる芸術の一種。ウジェンが求めた壁画という芸術の種類。その果てにある賭け。

是非とも、この作品を読んでいただきたい。どういう感想を抱くかは自由である。例えどのような評価が下されたとしても、この芸術はアナタを見ているのだから。



https://daysneo.com/works/9a7b6a18fdf540dafd13645f973520aa/episode/8e8edc4930951f0e5693db8eba9dbd6a.html


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