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食す相転移「かき揚げそば」④〜それはやがて崩れてしまうから〜

できれば極力厚いかき揚げを選んで欲しい。今は仮に新宿思い出横丁のかめやの天玉そばとしよう。五十嵐さんにあれを初めて教えてもらった時は衝撃的だったから。

白みがかって厚みがあるのは小麦粉の分量が多いのかもしれない。しっかりしていて汁気を吸っても身持ちがいい。反対に薄手でカリカリとキツネ色のもの、少し焦げ目があるくらいのものはつゆを早く吸う。きっと衣のの中の水分が、よく揚げられていてカラカラになっているのだろう。

好みがあるからどちらを選んでもいい。でも今日はかめやでいこうと思う。というのも、つゆを吸ってふやけていく時間、それ自体がかき揚げそばを食べる要素のひとつだからだ。

大将がかき揚げを乗せて、たまごを割ってカウンターを越えて丼をこちらに。ぽってりとしたかき揚げを見た瞬間、「須弥山」という言葉が脳裏を走る。その後も「バベル」「龍の巣」「超伝導」などさまざまな言葉が。

これはおそらく、この厚み、硬みのある物体が、つゆという液体の上に鎮座している様への、素直な驚きだ。大昔の人はこの大陸が、巨大な亀の甲羅の上に四頭の象が支える平盤と思っていたらしい。湯気の籠るつゆの上に浮かぶかき揚げをみたら、現代の我々もその考えを否定はできないだろう。

また、黒々としたつゆの下に潜む、灰色がかったそばの絡み合う様は、冷静にみれば異様である。これは見ようによっては、かき揚げを脳、そばを触手、つゆを闇、湯気を煙、と捉えた時に、一つのクトゥルフ神話的な何かがこの丼の中に込められている、とも見える。

何はともあれ、この、かき揚げ、つゆ、そば、湯気という、それぞれの物体がその形を留め、その境をしっかりと分離し、接しながらもそれそのものとして存在しているビジュアル、瞬間をまずは楽しみたい。この時も短く、やがては崩れていくのだから。

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